第320話 中辻 1

 なるほど。考えてみれば確かにゆいの言っている通りだ。


 だが、あお本人を前に失礼極まりない言い回しでのうのうと言ってのけるこのゆいも相当なものだろうと思うと真也しんやは苦い笑いを返すしかない。


 気づけば船は華辻の喧騒を離れ、巨大な建物へ向かい真っすぐ走っていた。


 「まるで城だな」


 巨大な地下の岸壁に半ば埋まるようにそびえたつ建物。

 その静かな重厚感に圧倒されながら真也しんやが思わず口にする。


 城を囲う壁は先が見えないほど長く、中央には黒々とした大きな穴が口を開けている。


 近くに寄ると、それは穴ではなくどうやら黒々とした巨大な門扉であることが分かった。


 漆黒の扉は船が近づくと共にきしむ音一つ聴かせることなくゆるゆると開いていく。


 壁の内側へ船を飲み込むと再び扉は口を閉じ、船は薄闇に包まれた。


 真也しんやは傍らの都古みやこをそっと自分の方へ引き寄せる。


 そのすぐ前で、あおが同じように海神わだつみを腕の中に抱き寄せていた。


 「大丈夫。緊張しないで。・・・見て、凄くきれいだ」


 言いながらあおは、水面に海神わだつみの視線を誘う。


 都古みやこをそっと支え、同じように水面を覗けば、青白い光を柔らかくなびかせながら、小さな魚の群れが船を囲うようにして泳いでいる。


 時折ぽつぽつと、光のいくつかが消えていく。


 あおは楽し気にくすりと笑った。


 「オロシの連中に食われちゃってるね」


 なるほど、だから光が消えるのか・・・と危うく聞き流してしまいそうになり、真也しんやと都古はごくりと息を飲んであおを見た。


 振り返ると、同じようにしょうもぎょっとして目を見開いている。


 わずかに眉を寄せ、光弘みつひろはとても悲し気だ。


 すかさずその変化にきづいたゆいが、光弘みつひろの肩の上で短く息を吐いた。


 「オロシは大きな獲物を好む連中なんだ。本来ならこんな小魚には見向きもしないが、これだけ集まれば目障りにも思うのだろうね。目につくものがいくらか餌食になるのは仕方がないことだよ」


 ゆいの言葉にしょうは首をかしげ問いかける。


 「それなら集団でオロシにまとわりつくことないじゃないか。食われちゃうのにさ。・・・なぜそんな危険なことをするんだ」


 「奴らも生きている。子孫を残したいと思うのは当然のことだ。それに、できるならば我が子に安全な場所をと望むのはいたって自然だろう。大物を好んで襲うオロシの船へ卵を託すことができれば、おいそれと子供が襲われることは無い」


 「つまり、この船に卵を産みつけに来ているっていうこと?」


 真也しんやの言葉にゆいは生意気そうに顎をつんと上向け小さくうなずいた。


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