君はりんご僕は窓際 三十と一夜の短篇第65回

白川津 中々

 人事より「ワケアリ」の備考が添えられた人材を預かる運びとなった。

 なんだこれはと追求しても口を閉ざして語らず、梨の礫。何故そんな人間を採用したのだと聞いても同様で、羅生門に積み上がる屍に等しい。腹立つ事だ。


 はっきりといって気乗りしないどころのレベルではなく、できる事ならクーリングオフでよろしくご実家までお届けしたいところであったがそんなもの無理であるのは百も承知。しがない会社のパーツは規程と決定に沿って粛々と業務を遂行せねばならない。死。ともかくとして言っても仕方ない文句を吐く無益をするよりもさっさと事態の把握と処理を優先するのが得策であり俺の仕事なのだ。動かすのは口より手。さっさと準備を進めよう。PC設定、マニュアル良し。おあつらえ向きに出勤時間。見慣れぬ顔一つ。ははーん? あいつだな? どれ、まずは軽くコミュニケーションといこう。



「おはようございます。田中さんですね?」



「あ、どうも。田中りんごです。本日よりお世話になります。よろしくお願いします」




 なんだ普通に話せるじゃないか。いったい何がワケアリなのか。うぅむ分からん。様子を見よう。



 不安を他所に田中は一向に普通。並の人間。一日働いたが一点もおかしな点はない。妙な人間というのはだいたい第一印象から数時間の間で何かしらのシグナルを発するものだが、それがない。いったい何がワケアリなのだろう。人事は俺に何を伝えようとしたのか。謎だ。ただまぁ、問題ないようならいいか。さて定時。終わり終わり。



「あの」


「あ、はい。なんでございましょうか」



 なんだ業務の質問か? そんなものは営業時間内にしてほしかったな。だがまぁ、新人だし仕方ないか。



「おつかれさまでした。ゆっくり休んでください。さようなら」


「あ? えぇ、はい」



 なんだ急に無礼というかフランクになったな。まぁ最近の子はこんなもんか。とりあえず、返事を……



「貴方、もう、ここで働かなくていいんですよ?」


「え?」


「もうお休みになってください。長らくお疲れ様でした。本日の終業をもって、貴方は永遠の眠りにつくのです」



 毛色が変わってきた。なんだ永遠の眠りって。お前俺は死んで……たわ。思い出したわ。確か過労でショートしてそのままだったんだわ。なんてこった。だから人事黙ってたのか。そりゃ喋れないよな。ウケる。あれ? じゃあ準備とかどうやったんだ? しっかり設定したぞ俺。


「では、シャットダウンします」



 ブツリと切れた視界。意識が遠のく中、微かに聞こえる声。




「ありがとうございます田中さん。いやぁ、中古のPCも九十九になる時代ですか。テクノロジーですね」



 あぁ、そうか。俺はWindowsだったのか……ワケアリっつーか、ワクアリってね! 窓だけに! 



 強制終了。

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