元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~/沢村治太郎


  <いざ不在>



「招待状?」


 ある日、シルビア宛に一通の招待状が届いた。

 差出人の名前は「ブトス・ロゼ」となっている。


「知り合いか?」

「うむ。昔、父上と交流のあった騎士爵の御仁だ。私と一つ違いのソフィアという娘さんがいてな、かれこれ六年ほど会っていないが、今度十七になるそうだ」

「なるほど、お誕生パーティのお誘いってわけだ」

「そのようだ。ブトス卿は、私たちがここのところ暫くプロリンダンジョンを周回していると何処かで耳にされて、わざわざ宿に手紙を送ってくれたらしい」

「へぇ。律儀な人だな」


 まあ、来る日も来る日も周回で、飽きが来ている頃だろう。気分転換にはちょうどいい。


「いいぜ、行ってきな」

「セカンド殿、それが、是非チーム・ファーステストの皆様もご一緒にと書かれている」


おお、そりゃまた。


「エコ、ユカリ。知らん人の誕生会だが、一緒に来るか?」

「それ、おいしい?」

「多分、それなりに美味しい料理は出てくる」

「じゃあいく!」


 エコは乗り気なようだ。ユカリは「仕方がないので同行します」と相変わらず冷淡な顔で頷いた。

 今はプロリンダンジョンを周回してひたすら経験値とミスリルを集めるくらいしかやることのない俺たちだ、一日くらい息抜きしてもバチは当たらないだろう。


「そしたら、いっちょ遊びに行くか」




 十日後の夕方、俺たちはブトス・ロゼ騎士爵の家を訪れた。

 予定の時間より少し早く着いてしまったためか、まだ他のパーティ参加者の姿は見えない。


「なあ、なんだか……随分と風情のある家だな?」

「う、うむ」


 ブトスさんの家は、なんと言えばいいか、全体的に古ぼけた感じだった。洋風お化け屋敷というと失礼かもしれないが、でも見た目的にはそんな感じなのだ。


「ご主人様、あれは一体……?」


 ふと、ユカリが空を見上げて口にした。俺も一緒になって空を見上げると、そこにはトンボのような姿をした魔物がひらひらと飛んでいた。


「ジゴクカゲロウという魔物だな。ヒトジゴクという魔物の成体で、実は幼体の方が強いという面白い魔物だ。オオジゴクカゲロウやオオヒトジゴクなどの巨大種も存在する」

「……いつ聞いても凄まじいですね、ご主人様の魔物知識は」


 へへっ、よせやい。


「あ、そうだ」


 俺はふと思い立ち、インベントリから弓を取り出して《角行弓術》を発動、すぐさま矢を射ると、即座に弓をインベントリへと仕舞った。

 命中して絶命したジゴクカゲロウが、ぽとりと地面に落ちる。俺はその死体からドロップした“ウスバフライ”というアイテムを拾うと、ユカリに見せて説明した。


「ちなみにジゴクカゲロウの落とすコレは、フライフィッシングの餌にメッチャ適している」

「そ、そうですか」


 あれ、思ったより反応がよくない。さっきのように褒めてくれると思ったんだけど、ユカリは若干引いているようだ。ちぇっ、なんでぃ。


「……せかんど、こここわい。こわくない?」

「ん?」


 俺が一人で落ち込んでいると、エコが俺の服の裾を引っ張ってそう口にした。


「まあ外観は雰囲気あるよなあ」

「おばけでる?」

「出るかもな」

「……それはこまる」

「冗談だよ、出ない出ない……あ?」

「え?」


 なんか、今……。


「二階の窓に、白いワンピースを着た少女の霊が」

「!?!?!?」

「ウッソ~」

「せかんど! やめて! おこるよ!」

「ごめんなさい!」


 ぽこぽこ叩かれてしまった。からかいすぎたかな?


「セカンド殿、ぼちぼち集まり始めたようだ。私たちも中へ入ろう」

「ん、そうだな」


 ……でも、見間違いではないと思うんだよなあ。元・世界一位のプレイヤーの動体視力は伊達じゃない。





「――本日はソフィアの誕生会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。早いもので、娘はもう十七となります。皆様のお力添えもあり、きっとよい年を過ごせたと思います。これからの一年もまた、娘にとってよい年になるようにと願いを込めて、ご挨拶にかえさせていただきます」


 大勢の来賓が飲み物を片手に佇む中、ブトスさんの挨拶によって誕生会が始まったのだが……俺たちは途轍もない違和感に襲われていた。


 肝心のソフィアさんが、何処にもいないのである。


 周囲を見渡すが、十七歳くらいの女の子は一人も見当たらない。いざ誕生会という時に、どうして主役が不在なのか。

 そして、違和感を更に助長させているのが、参加者の誰もがそれを疑問に思っていないような平然とした顔をしているのである。


 一体どういうことなんだこれは? 体調不良で不参加か? だとしたら一言くらい説明があってもいいだろう。

 まあ、気にしていても仕方がないので、俺たちはタダメシを食らうだけなのだが……。




「……ん?」


 シルビアは挨拶回りへ、ユカリはエコと一緒にバイキングへ料理を取りに行っている間、俺は一人で飲み食いしていたのだが――ふと、二階へと続く階段に、小さな女の子の後ろ姿が見えた。


「エコ? 勝手に上がったらダメだぞ」


 ちょうどエコくらいの背丈だったので、多分エコだろうと思い、追いかける。


 一階の喧騒から離れて、二階へ上がると……廊下の奥に女の子が立っていた。


「ああ、すまん、間違った。エコじゃなかったか」


 ふわふわの栗色の長髪の、白いワンピースを着た幼い女の子だ。

 俺が謝ると、彼女はちょいちょいと手招きする。そして、廊下の奥の部屋へと入っていった。


「なんだ? 暇なのか?」


 まあ、ああいう立食パーティみたいなもんは、子供にとっては退屈だろう。俺は暇つぶしに付き合ってやろうと思い、女の子の入った部屋のドアを開けた。



「――っ!!」


 ほとんど反射だった。ドアを開けた瞬間、間合いを詰められ即頭部に攻撃が来ると予感し、俺はインベントリから剣を取り出しつつ《歩兵剣術》を準備しながらすり足で半歩後退した。


 剣の先には、目を丸くして硬直する女の子の顔。しまった、俺を驚かそうとしたのか!


「ごめん。ごめんて。ほら、冗談。冗談です。はい、仕舞いました! もう何もしません!」


 俺は慌ててスキルをキャンセルし、剣を仕舞い、両手を挙げて女の子にアピールした。すると、女の子は暫しの沈黙の後……くすりと笑った。


 よかった、泣き出すかと思った。俺はほっと胸を撫でおろす。



「お兄さん、強いんだね。窓から見てた」


 女の子が、初めて口を開く。窓から見てた? ああ、ジゴクカゲロウを撃ち落とした時か。


「まあ世界一位だからな」

「そうなの? 凄い!」


 純粋だなあ。年端もいかない少女を騙しているようでなんとも言えない気持ちになったが、しかし事実は事実なのだから仕方がない。そう、他の誰でもない、この俺こそが、元・世界一位。転生前に人生オールインしてプレイしていたゲーム「メヴィウス・オンライン」において誰もが認めざるを得ない世界ランキングぶっちぎり一位の男であり、この世界でもいずれは一位となる予定の男なのだ。


「ね、ね、お兄さんは、弓と剣を使うの?」

「んー? それだけじゃないぞ。魔術も精霊も使うし、行く行くは槍も棒も糸も刀も使うし、魔物も使役するし、なんだってできるようになる予定だ」

「本当!? じゃあ、空を飛んだりもできる!?」

「ああ。空を飛ぶ魔物の背中に乗ったりしてな」

「凄い! じゃあ、じゃあ、穴を掘ったり、潜ったりもできるの!?」

「もちろん。陸・海・空と隙はない」

「凄ぉ―い!」


 女の子は天蓋付きのベッドに腰掛けて足をぷらぷらとさせながら、俺を質問攻めにして、手をぱちぱちと叩き楽しそうに笑う。

 よく見ると、ここは女の子の部屋のようだった。十歳くらいだろうか、年相応に思えるファンシーな装飾が施された、少しほこりっぽい部屋だ。


 それから、女の子はぴょんとベッドから飛び降りると、手を後ろで組んで、笑顔でこう言った。


「鬼ごっこしよ!」


 出た出た子供特有のアレ。


「いいぜ、じゃあお前が鬼な」

「なんで!? やだ! お兄さんが鬼! はい、よーいドン!」

「ちっ、世界一位舐めんなよガキがッ」


 一瞬で捕まえてやらあ!


 ……と思ったが、意外とすばしっこいな。いや、マジですばしっこい。


「鬼さんこちら~!」

「あ、おい! 待て!」


 マジかよと思いながら暫く追いかけ回していると、女の子は二階から一階へと階段を下り、外へと飛び出していった。


「おいおいおい、外もありかよ!」


 めんどくせぇと思いつつも、こうなったら追いかけて捕まえるしかない。


「待てコラァ!」


 森の奥へと逃げていく女の子を、俺は脇目も振らずに追いかけた。



   ◇ ◇ ◇



「……おかしい」


 シルビア・ヴァージニアの違和感は、たった今、最高潮に達そうとしていた。

 どうして主役のソフィアがいないのか、その疑問は喉まで出かかっている。だが、会場に知り合いがほとんどいないため、なかなか口にできずにいた。


「おや、貴女様はもしや、ノワール・ヴァージニア卿の」

「!」


 そんなところへ、シルビアの父親の知り合いが挨拶に訪れる。


「やはり! シルビア様ですね、私は商人のデュオと申します。お目にかかれて光栄です。普段からノワール卿には大変ご贔屓にしていただいておりまして」


 商人と聞いて渡りに船と考えたシルビアは、それからいくつか社交辞令を交わすと、もう我慢の限界だとばかりに本題を切り出す。


「デュオ殿、実はソフィアと私は幼馴染なのだが、ソフィアは来ていないのだろうか?」


 なるべく自然な話の流れで、そのように問いかけた。すると……。



「…………シルビア様、もしやご存知ないのですか?」


 デュオは明らかに顔色を変えて、小声でそう口にした。


「うむ。何か事情があるのだな? すまないが、教えてもらえるだろうか」

「こちらへ」


 シルビアが説明を頼むと、デュオはなるべく人気のないところへシルビアを連れて、それからできる限り小声で語りだした。


「六年前から、ソフィア嬢は行方不明でございます」

「な……!?」

「しっ。この誕生会に参加している方々は、ほとんどの方が承知の上で参加しております」

「ど、どういうことだ……?」

「……ブトス卿は、おかしくなってしまわれたのです。大切な一人娘を失ったことがどうしても受け入れられず、然も娘がこの家に暮らしているものとして、毎年誕生会を開くのです」

「そんな……」

「普段は誰よりも仕事熱心なお方です。おそらく仕事に没頭して、現実から目を背けておられるのでしょう。ゆえに付き合いのある方々も多く、誕生会に誘われてしまっては断れません。そして、誰も面と向かって指摘などできるはずもございません」

「…………」


 シルビアは絶句した。


 最後に会ったのは、六年前。朧気ながら、ソフィアの顔は思い出せた。いつも笑顔で天真爛漫な可愛らしい女の子だった。


 一人娘が突然行方不明となり、六年も戻らない。あまりにも過酷な現実。シルビアには、ブトスへとかける言葉が見つからなかった。



「!」


 シルビアがショックを受けていると、会場の一角が俄かにざわついた。


 直後、「待てコラァ!」という、誕生会にはおおよそ似つかわしくない声が響き渡る。


 そして、森の方へと駆けていくセカンドの姿。シルビアは、またいつもの奇行かと、深く考えずにいようとしたが……何故だか、途端に不思議な胸騒ぎを感じた。


「失礼、デュオ殿。教えていただき感謝する」

「は、はあ」


 ぽかんとするデュオを尻目に、シルビアはセカンドを追いかけた。



 セカンドの気配を頼りに森の中を十五分ほど進むと、突然、開けた場所に出る。


 月明かりが照らし出すのは、広場に佇むセカンドと――唯一匹の魔物だった。



「セカンド殿!」

「シルビアか。大丈夫だ」


 オオジゴクカゲロウ。オオヒトジゴクという魔物の成体で、トンボのように空を飛ぶ魔物である。


 セカンドはオオジゴクカゲロウに向かって弓を構えると、《飛車弓術》を準備して、そこへ《火属性・参ノ型》を複合させた。


「じゃあな」


 別れを告げると同時に、スキルが発動される。クリティカルヒットを受けたオオジゴクカゲロウは、ひとたまりもなく砕け散り、燃え尽きた。


 セカンドはその様子を暫しぼんやりと見つめた後、シルビアへと振り返り、沈黙を破る。



「……あのさ、栗色の髪の、白いワンピースを着た、十歳くらいの女の子、知ってるか?」


「!」


 問われたシルビアは、驚きに目を見開き、それから静かに首肯した。それは、シルビアの記憶の中にある、あの頃の彼女そのもの。


「暇だったからずっと話しててさ、暫く遊んでたんだよ、一緒に。それでさ、鬼ごっこだっていって、ここまで連れてこられてさあ。着いた瞬間さあ、あの子、振り返ってこう言ったんだ」



 ――「ありがとう」って。



「……で、消えちまったよ。なんなんだよ」


 白いワンピースの女の子は、セカンドの目の前で忽然と姿を消した。転移のアイテムや魔術を使ったわけでもない。すぅっと、まるで霧のように、消えてなくなった。


 本来ならば、俄かには信じられないような現象だ。だが……シルビアは、暫し考えた後、こう答えた。



「見つけてほしかったのではないか」


「…………ああ」



 自然と二人が見つめる先には、すり鉢状にへこんだ地面があった。その特徴的な形状から、それはオオヒトジゴクの巣穴だとわかる。


 二人は確信した。この土の下に、ソフィア・ロゼという十一歳の少女が眠っていると。


 六年前から、誰かが見つけてくれるのをずっとずっと待っていたのだと、何故だか確信できた。



「家に、還してやろう」


 躊躇なく穴を掘り始めたセカンドを見て、シルビアも一緒に穴を掘る。


 シルビアは、重く沈んでいた心が軽くなるのを感じた。これから、ソフィアの父ブトスへと、酷く悲しい現実を突きつけなければならない。たった今まではかける言葉の一つも思い浮かばず、どうしたものかと思い悩んでいたが……隣で、泥だらけになって必死に掘り起こそうとするセカンドを見て、この人と一緒ならきっと大丈夫だと安心できたのだ。


 どんなに辛い現実でも、この人と一緒なら、きっと。



「……久しぶり、ソフィア」

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