08、地底の宝箱
エム=ビィが言っていたことは本当だった。コダンパスⅦは水中トンネルのある北地極へ行くため北へと進み続け、翌朝には氷がちらほらと浮かぶ北の海が見えた。
船は惑星ブユの最北端にある北地極ターミナルに停泊した。やがて巨大な室内ホールへ移され、しばらく停止したままだった。エシルバは立ち寄ったターミナル休憩所でお土産コーナーを見てまわった。豆のお菓子、口の中でビリビリ光るあめ、アマクでは買えないような物をたんまりと買い込み船内に戻った。
それから一時間後、船長のルゼナンがワクワクした顔で部屋にやってきた。
「展望室に来いよ」
そう言われてエシルバはガラス張りの展望室まで行った。
「もうじきトンネルの中間地点に到達する」
「え! もう進んでいるの?」エシルバはあっけにとられた。
「あぁ。船はマンホベータによって保護されながらトンネルをくぐるから、乗っている分には何の苦労もない」
エシルバは天井に頭をぶつけないか心配していたが、そんなことはなかった。途中体がフワッとなるような気味悪い感覚があったが、変化と言えばそのくらいのものだった。
「トロレルに着いたぞ!」
ルゼナンはニッと笑った。
エシルバは急いでガラスに手を張り付け、マンホベータ内の壁を見つめた。壁はゆっくりと下がっていき、目の前には絵に描いたような美しい地底世界が広がっていた。
空はないが、太陽は見えた。岩肌にあるのは、異国情緒あふれる街並み。どんなに暗い世界なのかと想像していたが、実際は違った。
「うわぁ! なんてきれいなんだろう。太陽があるよ、信じられない!」
「この景色を見た人間はみんな心を奪われちまう」
「どうしてこんなに明るいの?」
「光ゴケって、知っているか? 地底の太陽光でしか育たないコケでな、内部北半球では三種類しかないんだ。とにかく、そいつがすごく明るく光るんだ。だから、トロレルはこんなに明るい」
「ルゼナン! ルゼナン! 見て! あんなにキノコがでかいよ」
エシルバは話そっちのけで興奮して外に自生する巨大キノコ群を指差した。そのすぐ横を、超巨大な蜂がブンブン音を鳴らしながら通り過ぎて行った。ここの虫のでかさときたら、ただの蚊でさえも人間の小さな子どもくらいはあるではないか! つまり、その他の虫だってもれなくでかいということになる。
「虫には気をつけろ。見ての通り、ここの昆虫はものすごく巨大なんだ。賢く人間に懐く虫もいるそうだが、中には凶暴なのもいる。そのためにここでは昆虫協会ってのが人間の安全を守るために日々パトロールしている。ほら、みろ。あの制服を着ている連中がそうだ」
ルゼナンは【昆虫協会~ギナンシャン~】と書かれた巨大な施設を指差し、そこで働いている人々を示した。
まるで別世界だった。アマクから持ってきた虫よけスプレーはちっとも役に立たないだろう。トロレルでのんびり散歩でも楽しもうと思っていたのに、これではいつ虫に食われるか分かったものじゃない。
エシルバはついにトロレルの地を踏んだ。ターミナルからは車輪のついた車で使節団の別荘ターゴイノまで向かった。アマクでは空を浮遊機ロラッチャーが飛び交っていたのだが、トロレルでは地面を車が走っていた。その理由を聞くと、ルゼナンが「地底の空は危なくて飛べやしない」ということだった。地面を走る車に初めて乗ったエシルバは、地面とタイヤの振動を感じながら【昆虫飛び出し注意!】の道路標識を見ていた。
使節団の別荘は大きな湖の畔にあった。入り口で【地底の宿~湖畔~】という看板が一行を出迎えた。湖畔に沿って行くかと思いきや、なんと車は湖の中に突進して水をかき分けるように進んで行った。
水陸両用の車は水なんてものともせず目的の宿に到着した。こんな陸の孤島みたいな場所で過ごすなんて、やっぱりトロレルというのは未知の世界だ。
宿に入ると、中はやわらかい木のぬくもりであふれていた。自分だけの個室をのぞいてみると、ロケーション抜群の両開き窓に、面白い形のベッド、統一されたインテリアがあった。細々としたものは、人数分きちんと用意されている。
「ルゼナン! すごいや」
エシルバは階段を勢いよく下って叫んだ。
「はしゃぎ過ぎて転ぶなよ。あ、そうそう。外出する時はアムレイたちと行動するようにな。外にはこわーい虫たちがいるからな」
「昆虫のプロではない」アムレイが言った。
「アムレイ! これ見てよ、面白い」
アムレイの部下であるジオノワーセンは分厚い昆虫図鑑を広げた。
「どうやら人食い虫ってやつもいるみたいだ」
ジオノワーセンは冗談めかして言ったが誰も笑わなかった。
そもそも、トロレルはアマクやブルワスタックの常識が通じないのだ。テレビの「昆虫被害速報」で今日は何人が昆虫に襲われたとかを今日のお天気情報感覚で流していたし、ニュース番組に至っては「海中糖度」や「キノコ警報」、「山火事情報」が報道されている。
星物語 銀のつるぎ<上> @akinagayutaka
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