第3話 僕のガソリン

おつかれさま会が終わってから1時間後・・・


男子勢はカラオケへ向かう道中、田舎ならではの広すぎるコンビニの駐車場にたむろっていた。親指でホームボタンを押す。

大分旅行の思い出が僕を照らす。

地球からはひとりに見える月もみんなを照らしている。

22時30分。

大型トラックが2台だけ止まっている。

おそらく寝ているのだろう。隣の家のおじちゃんが長距離運転手で大変だとよく聞く。

侑大が勢いよくきりだした。


「誰が買いに行く?」

「20歳に見えるヤツやろ笑」

「それは前提としてじゃ!!!」


ツッコミが鼓動に突き刺さりそれを貫通するかのように響き渡る。

トラックの運ちゃんが起きないか心配だ。


「伊吹と鼓動やろ!」

「そうよね笑」

「よし決定!行ってらっしゃい!」


誰も文句はいわない。


「みんななん呑む?」

「俺スミノフ」

「俺はサッポロで」

「じゃー俺はチャミスル」

「女子かよ笑」

「2本目は適当でいいね」


空気中に酒の名前が二酸化炭素として飛び交った。

鼓動が携帯のメモ機能に打ち込む。


「勇人は?」

「うーん」


酒をほとんど口にしたことがなかった僕は

知識もないし自分がどれぐらい飲めるかも勿論知らなかった。九州男児は違うのか?

いやこの歳ではそれが普通だろう。

お酒は20歳になってからだから。

酸素を吸い「氷結のグレープフルーツでいいよ」と母が飲んでいた酎ハイの名前を告げた。


家族はみんな酒飲みだった。依存まではいかない。休肝日も週2である。母は日本酒、父と祖父は焼酎。みんな最初は発泡酒から入る。コップには注がない。お歳暮を貰う時期だけビールに変わる。瓶ビールも沢山あったため軽トラの後ろに乗って回る廃品回収の時は大変だった。祖母は自家製の梅酒を呑んでいたがその姿を見るのは稀。そんな家族でも僕に酒を進めることはしなかったし、酔っ払った父のだらしない姿を見て育ったこともあり自分から飲もうともしなかった。

吐くのが何よりも嫌いだった。

ビールと生ビールの違いは何度も聞いた事があるが「呑まんとわからんねぇ。水みたいにスイスイ入ってくるかんじ?」と毎回同じ返答。それでも酒への興味はわかなかった。



財布を持った伊吹と両手に20本強の酒をぶら下げた鼓動がべんべんと音を立てながら満面の笑みで帰ってきた。


「身分証確認されんやった?!」

「全然大丈夫やったよ」

「流石じじいやな笑」

「おいって笑笑」


侑大の冗談が鼓動の柔らかい表情を引き出す。

それぞれのカバンに酒を隠し、1歩1歩踏みしめるように黒色の螺旋階段をあがって行く。

受付を済ませ8人は他人の籠った歌声を聴きながら少し窮屈な部屋に入る。

朝までコースだ。それぞれの鞄から酒を取り出しメニューの乗った黒い机に広げる。


「プシュッ」

「みんなもった?!もったね?!」

「いいよ〜」

「3年間ありがとう!まじで楽しかった!これからはそれぞれの道に進むけど、みんななら大丈夫!絶対大丈夫!俺が保証する!」

「なんでや笑」

「こうやって集まれるのも本当に本当に最後かもしれんけん、今日は思いっきり楽しもうね!かんぱーーーーい!!」


おつかれさま会よりもましな挨拶で二次会が幕を開けた。

「べんべんべんべん」と全員と乾杯を交わす。

500の氷結が僕の唇を濡らした。喉が潤う。

「これが酒か」とグレープフルーツを見ながら1人でつぶやく。美味しくもない。不味くもない。砂糖の入っていないジュースのようなものだろうか。ビールも1口だけ貰った。

僕にはまだ早いようだ。小学一年生の時、お茶と間違えてコップ一杯のビールを一気飲みしたはるか昔の記憶が蘇った。


机にはくの字に曲がった空き缶が散らかっている。

踊ってる奴もいれば勿論歌ってる奴もいる。LINE、Twitter、インスタをずっとループしてる奴もいれば何故か号泣してる奴もいる。

気づけばカオスな状況が生まれていた。



鼓動が季節外れのback numberのクリスマスソングを歌っている中周囲はSNSをチェックする。この現象は必ず誰にでも起きるだろう。これに名前はないのだろうか。そんなどうでもいいことを考えてると侑大が横に座った。


「勇人は兵庫やったっけ?」

「そうそう」

「いつ行くと?」

「23日やったかな。侑大は?」

「俺は27とか」

「あー福岡やったらそのくらいでもいいか」


なんの根拠もない「福岡やったら」。

鼓動が気持ちよさそうに歌う中少しだけ声を大にして話す。2人とも顔色ひとつ変わっていない。

ここで自分はお酒に弱くはないと気づいた。


僕は兵庫の大学に進学する。正直家を出れるなら何処でもよかったが、どうせならと思い関西に行くことにした。家の居心地が悪かった訳では無いがとにかく1人暮しをしてみたかった。ただそれだけだ。昔から「大学は出といたがいいよ」と高卒の母に言われてきた僕は特にやりたいことがある訳でもない。

別にそれを気にしてもいない。人生なんとかなる。それくらいだ。

それに比べ侑大はフレンチの料理人になるという夢を持っている。

華やかで見た目も美しいフレンチだがあまり食べたいとは思わない。申し訳ない。


カラオケが終わり外に出た頃には微かに明るくなり雲が空を閉じ込めていた。朝日はネクストバッターサークルで出番を待っている。鼓動だけが呑みすぎて気持ち悪そうにしている。まだ僕にはない経験だ。


「ラーメン行くか」

「めっちゃ食べたい」

「政やろ?」

「あたりまえ」


行きつけの駅前にあるラーメン政へ行った。

この時間の家系ラーメンは犯罪レベルだ。

疲れているのか、向かう道中みんな口数が少なかった。そりゃそうだ。朝の8時過ぎには登校して泣きじゃくってさっきまで騒いでいたのだから元気な方がおかしい。朝6時まで営業してるラーメン屋も珍しいだろう。5時までの所はたまに聞くが6時は滅多にない。逆に何故1時間増しの6時までやるのだろう。ラーメンを食べ終わってまた替え玉をする感覚だろうか。どうでもいい妄想をする。


500の酎ハイ(7%)3本分のアルコールを体内に取り込み眠気に襲われていた僕は豚骨の匂いで入店してすぐ右手にある食券機の前に立っていることに気がついた。ラーメン屋は絶対に食券制の方がいいと思う。根拠はない。英世さんを吸い込ませ写真付きの特製ラーメンのボタンを人差し指で押す。ご飯とキャべチャーも迷わず押す。

飲んでばかりでかなり空腹だった。

100円という英世さんと食券機の子供がチャリンと音を立てる。

カウンター11席の店内に8人で入店した未成年飲酒軍団は閉店前だったこともありすぐ席に着けた。他のお客さんはいなかった。「固め濃いめ多め」と歌うように告げ青色のコップに注がれた水で喉を潤す。

瞼は鉛のように重く今にも潰れてしまいそうだ。目の前のティッシュを眺めながら頭を搔く。少しだけベタついた髪が気持ち悪い。



ラーメンを食べる上で決めているルールが一つだけある。それは1度食べ始めたら一切水を飲まないようにすることだ。

これには分かってくれる友達もいたが、完食した後に冷た〜い水を一気に流し込むのが最高に美味いのだ。給食の最後に牛乳を一気飲みするのと同じだ。イマイチなラーメン屋だと最後の水の方が美味しいかもしれない。

それだけ爽快なのだ。そこからは水を飲んではスープを飲みそしてまた水を飲んではスープに戻るという無限ループが始まる。

調子がいい日はスープまで飲み干す。

これが唯一のルールだ。



ちなみによくピッチャーの中に輪切りのレモンの入ったレモン水たるものがあるがあれはダメだ。飲み物が2種類も置いてある店なんてそうそうないからしょうがなく口にするが正直嫌いだ。断然水かお茶の方が良い。

お茶もラーメン店なら麦茶が良い。



「固め濃いめ多めのお客様〜!」とこの時間帯には聞きなれない少し太った男性の野太い声と共にラーメンが到着する。この瞬間目の上の鉛ははずれ眠気とはさよならする。少し遅れてご飯とキャべチャーもやってきた。相変わらず豚骨の素晴らしい匂いを放っていて美味そうだ。臭いではなく匂いだ。

手を合わせ「いただきます」と挨拶をすませ右手で割り箸を取る。割り箸を取るのが先ではない。「いただきます」が先だ。その後割り箸を取り扇子を開くように割る。

そして麺を少しかき分け黒色のレンゲで罪深い悪魔のガソリンをすくい身体に補充する。勿論静電気シートなどない。

ガソリンが口いっぱいに染み渡ると両手を上げ大優勝する。隣に連鎖していく。

間違いなく世界一美味い。

全身に染み渡り息を吹き返していく。

食べる時はみんな映画を見る時のように無言でひたすら食べる。


何度か麺を啜ったあとはキャべチャーとご飯を迎えに行く。まずは湯気がたった白米にスープを2週ほどかけ浸した海苔で巻いて食べる。家系ラーメンの海苔は白米の為だけについてるような気もする。次はキャべチャーを

オンザライスしスープを足しかきこむ。これがまた悪魔的な美味さなのだ。キャべチャーとはキャベツと角切りのチャーシューがタレで和えてあるおつまみのようなものだが白米と仲が良い。最後はスープを含んだご飯にニンニクと黒胡椒を入れ海苔で巻いて食べる。口が臭くなるのは気にしない。美味しいものを食べている時が1番幸せかもしれない。他にも多種多様な食べ方があるが、一応これが僕の白米ルーティンだ。


「ごちそうさまでした!」

「はやすぎ笑」


侑大はとにかく食べるのが早い。多分あまり咀嚼していない。もちろん猫舌でもない。

そういえば猫舌なんかないという話も聞く。先に舌先にあてるから熱く感じるらしく、舌の奥で一口目を迎えればマシになるらしい。

これ見よがしに完飲した器を絵文字のような笑顔で見せつけてくる。


「ごちそうさまでした〜」とお店の方に伝え重くなった腹を抱えながら狭い店内を出た。

気づけばこれが長崎を旅立つ前最後の

ラーメン政だった。


歩道橋を渡りそのまま駅に向かった。

次はいつ会うかも分からない。

10年後になる人もいるかもしれない。

仲が良かったけれど二度と会わない人もいるかもしれない。


そんな中いつもと同じように「じゃあね」と片手を肩の高さまで上げそれぞれの帰路にたった。





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デリュージョントレイン 早川あさ @shi_back_ngo

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