第2話 最後のカフェオレ


夕方の情報番組がお天気コーナーに差しかかる頃、昼寝を終えた僕は2段ベッドが2つに分かれた柵付きのベッドから起き上がった。

ユニクロの黒のTシャツと灰色のスリムパンツに体を通し台所でカレー用の人参を切っていた今年で45歳になる母に「今日は帰らんけん」とだけ伝え築50年になる二階建ての家を財布と携帯を片手に出る。


「どこに行くとね」

「打ち上げ!」

「気をつけて行ってきんしゃいよ」

「うん。いってきま〜す」

「はーい。行ってらっしゃい。」


畑から戻り収穫した野菜を洗っていた祖母はいつも優しくしてくれる。

家族での卒業祝いは明日、近所の焼鳥屋さんから取り寄せてやってくれるらしい。

小さい頃からお世話になってる赤提灯が目印のこの店はいつも豚足をサービスしてくれる。ポン酢をつけてかぶりつくのが最高だ。

焼鳥はここのが1番美味い。特に肝が好きだ。


梅雨のリハーサルのような雨はすっかりやんでオレンジ色の空には飛行機雲が顔を覗かせていた。雨の匂いがかすかに残っている。

カエルの合唱コンクールが行われている田んぼ沿いを歩きながらセカオワのRPGを口ずさむ。僕が目指しているのは海ではなく最寄り駅だ。土の香りの乗った風が心地よく肌を包み込む。雑草も音を立てなびいている。

1台の白い軽自動車が隣に止まった。


「勇人くん今日卒業式やったとやろ?」

「うん!」

「おめでとう!」

「ありがとう!」


よくおはぎをくれる隣の家のおばちゃん。

田舎はご近所さんも家族みたいなものだ。

そこから1曲分くらい歩き切符すら売っていない最寄りの無人駅についた。定期券を持っているためあまり関係ない。ホームから見える緑いっぱいの見慣れた景色を眺めていると、全ての音をかき消すように赤い音が耳に届き

2色の遮断機がおりるのを横目で確認する。

トンネルから顔を出した銀の車体に青い線が1本だけ入った列車がスピードを落とし目の前に停車する。日本の運転手は寸分の狂いもなく定位置に停車させるからいつも感心する。

電車が僕を連れ去っていく。

車窓に微かに写る自分と睨めっこしながら揺られること30分。


「まもなく大村、大村に止まります。お忘れ物のございませんようお気をつけください。大村を出ますと次は肥前古賀に止まります。」


鉄道マニアが真似するあの声のアナウンスが僕の降車駅を知らせ紛失してしまいそうな白いワイヤレスイヤホンをケースにしまう。

充電は満タンだ。

電車を降りると夕日が長崎での仕事を終えようとしていた。

ギュルギュルギュルっとお腹がなる。

駅前の横断歩道を渡り徒歩5分程の僕が手配したおつかれさま会の会場へむかう。


そこには白いパーカに黒のカジュアルパンツを合わせた金髪になった侑大が首をコクリと曲げ髪をなびかせYouTubeを見ていた。


「何みよるとー」

「東海オンエア」


あえて髪には触れないでみた。

しかし我慢できず、直ぐに突っ込んだ。


「めちゃくちゃ違和感あるわ笑」

「えー似合っとるやろ?笑」


屈託のない笑顔をみせる。


「それでいくらやった?」

「諭吉さん出して少しお釣りくるくらいかな」


女子はよく諭吉さんと言うが侑大は女子ではない。誰がどう見ても男子だ。

別に染める予定もないのに値段を聞く。

心の中の僕が「もったいね〜」と呟く。

この3年間、周りの友達は皆ブランド物の服やバッグを買って、ワックスで髪をセットして、指輪をはめたりしてお洒落を楽しんでいたが、僕は少しも興味がなかった。

みんな承認欲が強かったのだろうか。

この年頃はそれが普通なのだろうか。

それとも僕が変わっているのだろうか。

自分自身に興味がないのは自覚していた。

洋服はユニクロで十分だし、髪も元から程よい天パだったこともありワックスなど必要ないと感じていた。それよりわざわざセットするのが面倒くさいと言うのが一番の理由だ。

アクセサリー類にお金を使うのは真っ平御免だった。

着飾るのは疲れそうな気がした。


逆に何にお金を使っていたかと言うと好きなアーティストのCDやグッズ、ライブのチケット代にすべてを費やしてきた。

推すという行為だ。

中学2年生の時体育祭の入場曲で流れた

SEKAI NO OWARIの炎と森のカーニバルを聴いて衝撃を受けた。

そこからすっかりSEKAI NO OWARI通称セカオワのファンになった。ゲオに全てのCDを借りに行きウォークマンに入れては毎朝毎晩聴き漁った。今でも通学中は常に耳元でセカオワの音楽が僕に勇気を与えてくれている。

たまにドラゲナイドラゲナイと馬鹿にされたが、嬉しかった。Mではない。


侑大と出会ったのは入学前のグループLINEだった。第何期生光葉高校という恐らく陽キャが作ったであろうグループが春休み中に出来ており同じ中学の奴に誘われて入ることになった。そこで初めて出会ったのが侑大である。よく通話もして夜更かししていたため実際に会った時も特に違和感なく話せたが、肌の黒さにビックリした。後にテニス部だった事を聞いて深く納得したが部活は中3の夏に引退したはずだから元から地黒なんだろう。

まさか同じクラスになるとは思ってもいなかったし、3年間クラス替えがないことを知った時は驚愕した。変わった学校だ。


侑大と友達になれて特に良かったことが1つある。それはラーメン政という美味い家系ラーメンのお店を教えてもらったことだ。持つべき友はラーメン好きの友達かもしれない。

家系ラーメンは、チャーシュー、海苔、ほうれん草がスタンダードなスタイルで麺の硬さ、味の濃さ、油の量が自分好みにカスタマイズできる。そこが魅力だろうか。

学生は無料で大盛りに出来る。

またそこのキャべチャーとご飯をかきこむのが最高だった。僕はラーメンが好物だった。

福岡に行った際は昼ご飯だけで豚骨の臭いが凄まじいラーメン屋を3件程回ったりした。

洋服に染み付いた臭いが取れなかったのを今でも覚えている。

あえて臭いと言うが僕にとっては匂いだ。

正直、その時の胃は泣いていたと思う。



18時を少し過ぎた頃、イタリアンのお店に皆が揃った。「おしゃれ〜」という声が耳に入ると「俺が選んだとよ」と自慢したくなる。

野口英世さんを1人3枚ずつ集金する。たまに

樋口さんが加入し英世さんが2名程卒業する。

壁には各国のヴィンテージの入ったワインボトルが並び雰囲気を醸し出している。


鼓動の中身のない挨拶が終わり

「け〜ぴ〜〜」という陳腐な乾杯の音頭でおつかれさま会がスタートした。ほとんどの人が乾杯の瞬間をカメラに収めインスタのストーリーに投稿する。ドリンクは持ち込みでもちろんソフトドリンク。

紙コップに注がれたコーラで唇を濡らし皆で一気飲みする。紙コップがなんとも学生らしい。いくつものボトルがみるみる水位を下げていった。


カルパッチョやカプレーゼ、マルゲリータやペスカトーレといった、沢山のイタリア料理が並んだ。バイキング形式だったため取りすぎて残してる奴もいた。ふと世界各国にいる難民が頭をよぎる。勿体ないと心で呟く。

途中でサガリ肉のステーキも登場したがあっという間になくなり食べれなかった。

魚好きの友達も欲しいものだ。


抹茶色のハットを被ってお洒落した人や水玉模様の黒いワンピースを着たスタイルのいい子、胸元が大きく空いたキャバ嬢かよと思うくらいセクシーな赤い服を身にまとい胸を強調している女子もいた。

女子は全員着飾っていた。

案の定、年頃の男子勢はその子に釘付け。

おっぱいは誰だって大きい方が好きなのだ。

女子の中にも髪を染めてる人は何人かいたが

男子の中では侑大だけだった為1人頭が浮いていた。最初は髪の毛の話でもちきりだった。


「いやー3年間楽しかったなーーーーー」


「ーーーーー」に気持ちが乗る。


「鼓動はなんが1番楽しかった?」

「みんなで台風の中行った大分旅行かな」

「あ〜〜多分それ1番人気やね」

「よー伊吹のお父さん運転してくれたよね」

「本当に感謝やね」


淡々と話す。

台風であの日は高速バスが止まった。

思い出話に花が咲く。


おつかれさま会も終盤に差し掛かったところで突如照明が落ち1本の思い出ムービーがバラード曲に乗って流れる。

ここで涙は流れなかったが懐かしい想いになる素晴らしいムービーだった。

最後に「3年間ありがとう」というシンプルな文字が映し出されその言葉に重みを感じた。涙は流れなかった。

露骨に泣いている人もいた。


こうして3年間共にした40人の大切な仲間との時間が終わりを告げた。もう二度と会わない人もいると思うと言葉では表せない程の不思議な感覚に襲われた。


ブラック珈琲のように苦い中学時代を過ごした僕にとってこの3年間はカフェオレのように甘くて優しい日々だった。




みんながこれからどんな人生を歩むのか。




そんな僕には関係の無い妄想が頭に浮かんだ時、1粒の涙が頬をつたっていた。


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