第66話 未来を変えてみた


 聖王が演壇から落ちて、民衆たちに呑み込まれたあと。

 俺は、痛そうに拳をふーふーしているラフリーゼの肩を叩いた。


「ナイスパンチ」


「や、やめてくださいよ……」


 ラフリーゼが恥じ入るように顔を火照らせる。


「しかし、まさか老人をグーで殴るとはな……ちょっと引いた」


「あ、あなただって、聖王を殴りたいとか言ってたじゃないですか! 私はあなたから悪い影響を受けたんです!」


「それはよかったな」


「よくありませんよ! うぅ~! やっぱり、私、あなたのこと嫌いです!」


「そうか。俺もお前が嫌いだ」


「知ってますよ!」


「で……どうだった? 聖王を殴った気分は?」


「……それは……ちょっと、すっきりしましたが」


 ラフリーゼが目をそらして、少しだけ苦笑した。

 それから。


「それより、これからどうしましょう……」


 ラフリーゼが民衆を見回しながら、困ったように眉尻を下げる。

 見れば、民衆は大混乱に陥っていた。

 盲目的に信じていた聖王が、小悪党だとわかったのだ。

 民衆はいきなり拠り所を失ってしまった。


 今はまだ、混乱が広場内だけに収まっているが。

 このままでは収拾のつかない事態になりかねないだろう。

 だが……。


「どうすればいいかなんて、簡単なことではないか」


「え?」


「お前がさんざん言っていたことだろ。勇者はみんなを導く希望の光だとかな。ならば……」


 ――どんっ、と。

 聖剣の刺さった台座を、ラフリーゼの前に置く。



「――――抜け」



「……え?」


「民衆を導く者がいなくなったのなら、お前が導けばいい」


「……わ、私が……?」


 ラフリーゼはその考えにいたっていなかったらしく、きょとんとする。

 いつの間にか、民衆たちの視線がラフリーゼと聖剣に集まっていた。

 正しい心の持ち主にしか抜くことができない聖剣。

 ゲームでは主人公が抜いていた聖剣。

 この剣を抜けば勇者になることができる。


 そして、この国において勇者とは特別な存在だ。最高権力者である聖王でさえも無下にできないほどに。

 この聖剣がちゃちな偽物ではないということも、戦場で暴れまわって印象づけてやった。

 だから、ラフリーゼがこの聖剣を抜くことさえできれば……。

 ここにいる誰もが、彼女についていくだろう。


「で、でも、私なんかが勇者になれるわけが……」


「なれる」


「……え?」


「俺の嫌いなお前が、勇者になれないわけないだろ」


「……っ!」


 元ラスボスから天敵として認められたのだ。これほどの名誉が他にあるか。

 それに、ただ小悪党をぶっ潰してゲームクリアなんて結末エンディング、俺は認めない。


 ――この世界は、俺の玩具ゲームだ。


 ゆえに、最高に面白くなければならない。

 だから――最後の仕上げだ。



「――さあ、この聖剣を抜き、お前の未来を創ってみせろ」



 ラフリーゼがごくりと喉を鳴らす。

 それから、深呼吸すると、意を決したように柄を握った。

 そして、ゆっくりと――引く。

 すると。


「…………あ……」


 拍子抜けするほど、あっさりと。

 俺が持っていたときからは考えられないほど、軽やかに。



 ――すぅぅぅ……と。



 台座に突き刺さっていた剣先が、抜けた。

 そして――かァァッ! と。

 聖剣全体が、小さな太陽のように光り輝く。

 まるで、新たな勇者誕生を祝福するかのように。


「…………これが、聖剣」


 ラフリーゼが声を漏らす。

 そのわずかな呟きでさえも、まるで神話の一場面のようで。

 人々はしゃべり方を忘れたかのように、静かにその光景に見入っていた。


「…………私は」


 ラフリーゼはしばらく目を閉じる。

 数秒間の沈黙。それで、覚悟が完了したのだろう。

 彼女はひとつ頷くとともに顔を上げて。

 光り輝く聖剣を、頭上に振りかざした。



「――私は、勇者ラフリーゼ・ミットライト! あなた方を導く希望の光になることを、ここに誓います!」



 その宣言に、民衆たちは静まり返ったあと。

 人々は互いに顔を見合わせ、そして――。



 ――わぁぁあああああッ!



 と、歓声が爆発するのだった。



   ◇



 聖女ラフリーゼの“”が、聖都中に衝撃を与えるのに、そう時間はかからなかった。

 信じていた聖王の裏切りと破滅によって、聖都市民は少し混乱もしかけたようが、ラフリーゼがまとめあげたことで、すでに落ち着きを取り戻していた。

 大規模な戦争が起こったというのに、というのも、ラフリーゼの信頼を高めるのに一躍買ったらしい。


 そんなわけで、今はラフリーゼが主役の勇者誕生パレードの最中だった。

 666年ぶりの勇者誕生に、俺のときよりもさらに都はお祭り騒ぎになっていた。


「ふむ、この国はなかなか遊べたな」


 俺たちはお土産を買うついでに、パレードの見物をしていた。


「やぁ、いいショーでしたねぇ。やはり、マスターの考えることは最高です」


 メルモがほくほく顔で言う。


「こんなたくさんの笑顔を見るのは、私でも初めてですよぅ。これは道化師の商売上がったりですかねぇ」


「くくく……俺の創り上げた結末エンディングが、最高でないわけがないからな」


「そんな遊び感覚で、国の歴史変えて回ってるわよね、あんた……」


「せっかくの観光なんだから、それぐらいしないとつまらないだろ」


「……ま、あんたはなんだかんだで優しいからね。悪いようにならないと思うけど」


 ミコりんに肩をすくめられた。


「それにしても……聖女様、すごい人気ですね」


 ふと、プリモがパレードを眺めながら呟く。


「そうね。このまま聖王になるのかしら……」


「なんだか、遠くに行っちゃったみたいですね」


「まあ、あたしは付き合い短すぎて、とくに寂しくなったりはしないけど……」


「あ、わたしもです」


「くくく……俺もだ」


「きひゃひゃ♪ 私なんて、ほぼ会話ゼロですからねぇ」


「こうしてみると、あいつが遠くに行こうが、わりかしどうでもいいな」


 まあ、ラフリーゼの扱いなんてこんなものだ。

 思えば、最初の自己紹介で、『お気軽にラフィーとお呼びください』とか言っていたが、誰もお気軽にラフィーと呼んでないし。


「さて、そんなことより、そろそろ帰るとするか。お土産の爆買いもしたし」


「はい。主様のポスターもたくさんゲットしました」


「それは指名手配書ね。でも……なんか、この国に数日しかいなかったとは思えないわ」


「なんだかんだで、いろいろあったからな」


「ちょっと名残惜しいです」


 そんな話をしながら、聖都の市門のほうへと向かっていたときだった。



「――ま、待ってください!」



 人波を押し分けて、ひとりの少女がやって来た。

 聖剣を腰に下げた少女――ラフリーゼだ。

 今一番ホットな人物だけあり、周囲が何事かとこちらに視線を向けてくる。

 というか……。


「今はパレードの最中なんじゃないのか?」


「さ、サボってきました。あなたたちが帰ろうとしているのが見えたので……」


「不良だ……不良がいるぞ……」


「あなたが先駆者ですからね!? 私はあなたから悪い影響を受けただけです!」


「ふむ」


 しかし、俺がパレード抜けたときは、あんなに非常識だとか言っていたやつが、こうなるとはな……。

 パレードのほうを見ると、ちょっとした騒ぎになっている。

 以前までのラフリーゼがこの光景を見たら、目を回しそうだ。

 未来なんて簡単に変えられると、ラスボスをやめた俺が誰よりも知っているつもりだったが。

 この変化だけは、少し予想外だったな。


「それより……もう行くんですか?」


 と、ラフリーゼがちょっとすねたように尋ねてきた。


「そうだが、なんだ? わざわざパレードを抜け出してまで見送りにきたのか?」


「ち、違います! 誰があなたの見送りなんか……って、これはダメな流れですね」


 ラフリーゼはしばし、頭を冷やすような間をあけてから。


「……私があなたのところに来たのは、伝えたいことがあったからです」


 そう改まったように告げてきた。

 それから、意を決したように目を閉じると。

 後ろ髪をかき上げて、抜き身の聖剣を当て――。


「……えっ!?」


 ミコりんが驚きの声を上げる。

 それもそのはず……ラフリーゼが長かった髪を、ばっさりと切ったのだ。

 透き通るような金色の髪が、さぁぁぁ……と風に舞う。

 突飛な行動に、周囲からどよめきが上がるが。

 ラフリーゼはなにひとつ意に介さぬ顔のまま、少しだけ首を揺すって肩についた髪の毛を払うと、生まれ変わったようなさっぱりした笑顔を浮かべた。

 そして――。




「――私は! あなたに負けないぐらい、立派な勇者になってみせますからね!」




 そう挑むように宣言してくる。


「……ほぅ?」


 予知、ではないようだな。

 今までのように未来を恐れている顔ではない。

 ラフリーゼは顔を上げて、まっすぐに前を見すえている。

 俺はそんな彼女の顔に、薄笑いを返してやった。


「それは楽しみだ」


 ……運命ストーリーは変わった。

 もはや、彼女は助けを求めるヒロインではない。



 ――勇者ラフリーゼ・ミットライト。



 それは、きっと……。

 これから始まる新たな神話の、主人公の名前だった。









―――――――――――――――――――――――――

……というわけで、聖女編終了です!

また、作品としてもこれで完結とさせていただきます……!

至らぬ点もあったかと思いますが、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!


とりあえず、書籍2巻書き下ろし小説「道化蝶の物語」、漫画4〜5巻書き下ろし小説「とあるスライムの物語」、漫画19話からの漫画版オリジナルストーリーを実質の続編&完結編と考えていただければなと……!


また、「マンガUP!」様にてマンガ版が基本無料で読めますので、ぜひ!



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ラスボス、やめてみた ~主人公に倒されたふりして自由に生きてみた〜(Web版) 坂木持丸 @ki-ti

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