太陽の集まる場所

 

 そして1週間後

あらかじめ僕は仕事の休みを取り美月の実家に行くのに手見上げなど買っておいて準備などはしていたが朝からドタバタしていた


美月がこの部屋からいなくなってしばらく経った。あの日から何にもやる気が起きず

部屋が散らかっている。

元々部屋が汚いのが嫌なタイプだったのに


しかも今日は生憎の雨だ。たまに止むが曇っている。


だから部屋が電気を着けないと暗くてどんよりしている。電気をつければいいがそんな気も起きない


ふと目を向けた先のテーブルに置かれている僕と美月が映った写真が倒れている事に気づいたのでまた立て直した


この暗い部屋に僕と美月が映った写真を置くだけで部屋が少しだけ明るく感じた


初めて出会った日、あどけなさを含んだあの笑顔に恋をしたあの日にかかった魔法はもう一生解けないだろう。


でも、これでもうさよならだ…



僕は準備をして美月の実家へ向かった


『こんにちはーいらっしゃい大翔さん』


出迎えてくれたのは幸子さんだった。


『こんにちは…今日、美月さんの荷物を届けにきました…』

そう伝えると少しだけ暗い様子の僕に気づいたのか幸子さんは少し僕に合わせるように


『ありがとうございます…どうぞ中へ』

そう言ってくれた。



これで最後だ

そう思い部屋へ上がり手見上げを渡した


『あのー…これ…お口合えばと思い買ってきました…どうぞ召し上がってください…』


幸子さんは少し無理に明るく

『あら!ありがとうございます!大翔さんね!さ、あちらでゆっくりしてて!』

そう言って指定された場所に座った


10畳分ほどの広さの低いテーブルが置いてある部屋だ


少し座って待っていると違う部屋から

美月がやってきた


幸子さんはキッチンで洗い物をしている

父親の慶次さんは急用で2時間ほど家から離れるようだ。


美月は認知症から不眠症を発症しているようで

昼夜逆転しているという話を前に美月から聞いていた。


今は昼間だ何だか眠そうだし少し顔つきも変わった気がする


『美月!久しぶりだね元気だった?』


『んー元気だったよ!少し久しぶり?だね?』


『そうだね!…今日さ…美月の荷物持ってきたよ…』


『あ…うん……』


『ノート、たまたま見つけて全部読んだよ

謎解きみたいな感じでさ大変だったよ…

婚姻届もちゃんと受け取った。』


『そう…ごめんね…』


『あと…荷物の前に…』


僕は指輪の箱を手に持った。それを見た美月は目を開いたまま固まっていた


『これ、なんだか分かる?』


『うん…分かる…分かるんだけど…どうして持ってきたの…?』


『持ってきたじゃない。返しにきたんだよ

これは美月の為に買ったものだから』


『返す……?』


『そうだよ。結婚しようとしていた事は覚えている?』


『……うん…』


『それでこの買った指輪を一度、指にはめてみた事は覚えてる?』


『うん…』


『良かった…プロポーズの時に渡すはずだった指輪だからさ…返す人は美月しかいないなって思ってさ』


『……なんでそれを私に返すの…?いつか

出会う他の相手には渡せない……か…』



『渡せないじゃないよ…渡さないが正解かな……もう2度と誰にも言うことは無いだろうって言葉を美月に言おうと決めていたからだよ』


『何を言おうとしてたの…?』


『結婚しようって言おうと決めてたんだ』


『……もう2度と誰にも言わないって…結婚しようって事を?』


『そうだね…美月以外の人に言うことは

今後、無いよ…』


『うん……』


『指輪…つけてみてよ!』


僕は美月の指にハマる婚約指輪を最後に一目でもいいから見たかった。


すると美月は指輪の箱を開けて指輪を僕に渡した


『指輪、つけてよダイちゃん…』

美月はそう言って左手の薬指を差し出して

僕の名前を呼んでそう言ってくれた。


『じゃあつけるね…』


美月の指は指輪購入時より少し細くなっただろうスルッと少しだけ緩くなってしまったけど指輪は入った。とても良く似合う



『わぁ…綺麗』

美月はあの時と同じように感動していた。


そしてあの時のように指輪に刻まれた

『anoi』の文字を見て『アノイ…?』と

美月は不思議そうな顔をして読み上げていた


全ての時が戻ったような気がした。

その瞬間に僕は不思議と涙を流していた


そんな時にキッチンから幸子さんは戻ってきた。驚いた目をして僕と美月を見ていた


『あら…お邪魔しちゃったわね…』

と言い放ち幸子さんはその場を離れようとしたが


『いいえ、そんなことありませんよ…僕は

美月さんの物を返しに来ただけなので…』


そう言うと幸子さんは僕の近くに静かに座った

『そう…とても綺麗ね…』幸子さんはそう言うと


美月も『うん!』と満足げな笑みを見せてくれた


『この指輪…返しちゃっていいの…?』

幸子さんは僕にそう聞いてきた。


『はい…美月さんのために買ったものなので…返さなくちゃ…』


そう僕が言うと幸子さんは黙り込んでしまった。



美月は指輪を見ながら

『anoi…エー…エヌ…オー…アイ……』小声でそう言い始めた


幸子さんは不思議そうな目で美月を見る

『どうしたの…?』


すると美月は『そうだ…そういえば大ちゃんが刻印してくれたんだ…アノイって』


『そうだったよね。あとアノイじゃないんだ

エーエヌオーアイだよ。さっきの読み方が正解だよ』



『エーエヌオーアイ…』美月は一生懸命になって考えている。そんな姿を見て幸子さんは穏やかな表情で美月を見守る


『エーエヌオーアイ…エーエヌオーアイ…』


『いいよ…恥ずかしいから…』

考える美月を見ていると僕も恥ずかしくなり考えさせるのを中断させた


『ねぇ!何でよーなんなの?教えてよ!』


美月は我慢できず僕にそう聞いてきた。

美月は一度気になったらずっと気になってしまうタイプだしこれが原因で不眠が悪化したら可哀想なので僕は教える事にした。


『エーエヌオーアイ…えーえんのーあい…

永遠の愛って聞こえるんだよ言葉遊びだよ』


『エーエヌオーアイで永遠の愛…か…へえ…』


そう言って美月は指輪を眺めていた


『読み間違えてた……?』

僕はそう聞いた


『うん…読み間違えてた…』

美月は恥ずかしそうにそう言った。



『美月は覚えてる?確か出会った頃も

"みずき"と"ひろと"って読み間違えてたよね』



『うん…』


『名前をよく読み間違えられる2人だからさ…

この指輪に刻印したanoiも誰もが読み間違えるかもしれないけど

僕らしか読めないanoiを美月に受け取って欲しかったんだ…』


僕はそう言うと美月は俯きながら少し笑って

『…綺麗な言葉だね…』そう言ってくれた


僕は顔をあげて見たら美月の目から涙が流れていた


『素敵ねぇ…』

そう言う母親の幸子さんも近くで見て今にも泣いてしまいそうだったので僕は少し場を和ませようと『あ、惚れ直した…?』と


そう笑いながら美月に聞くと



『惚れ直すじゃないよ…出会った日から今日までずっと惚れていますよ…たくさんの事を言われないと思い出せないし言われても思い出せない事もあるけど…ずっと…毎日、大翔の事を考えてますよ…』


と言ってくれた


『そんなに考えてくれているなら…

結婚しようよ。僕も毎日、美月のことを考えているんだよ。』


僕は母親の幸子さんの了承を得ずにしかもわざわざ幸子さんがいる前で美月に結婚しようと伝えた。なんて失礼な事だろう…


だけどもう2度とこんな言葉は誰にも言わない僕はそう心に決めていた。どうせ幸子さんも慶次さんも反対するに違いない


すると驚きのあまり黙り込んでいる美月を見ながら幸子さんが口を開いた。


『美月?あなたが決めなさい。私はね…

今、大翔さんの決意を強く感じました。

今時こんなにも逞しい男性いないんじゃないかしら』


幸子さんはそうやって笑って言ってくれた


すると美月は泣きながら頷いて

『お願いします…』そう言ってくれた


泣きすぎて美月は手で顔を隠していた

部屋に差し込む陽だまりが照らした空気中の埃がキラキラ光って見えた瞬間に再び時間が動き出した気がした。

感じたことのないほど綺麗な時間だ


まさか僕は僕で今日で会うのは最後だと思っていたせいか頭の中は真っ白になってしまった。


『大翔さん、美月をよろしくね。私と慶次さんも全力でサポートするからねあと慶次さんが帰ってきたら大翔さん。一言言ってあげてね…きっと喜ぶに違いないわ…』


幸子さんはそう言ってくれたその数十分後

慶次さんも帰ってきた。



婚約指輪をもうすでに買ってしまっていて

美月にプレゼントをした事


しかも幸子さんが見ている前で美月にプロポーズし了承を得てしまった事

幸子さんと慶次さんに挨拶をする前に順番を誤った事に謝罪をし改めて慶次さんに了承を得ようとした一連の流れを慶次さんに説明をすると



『実は私たちも考えてたんだ…私たちにも出来ることがまだたくさんある。美月の父親である以上は美月を守る理由がある。困った時はいつでも助けてと言ってくるんだよ?

いいね?大翔さん…美月を頼むよ』



そう言われて初めて僕はこんなにも人前で泣いただろう

ここまで言葉を失くしたのも初めてかもしれない


一瞬だけでも美月を幸せに出来る自信を失っていた事に悔しさと申し訳なさを感じた。


それからしばらくして今後の事を美月と美月の両親、僕の4人で話し合い


僕の両親にも美月を紹介するという話もしてあった。以前に紹介していたが今回は結婚の挨拶をするつもりでいた。きっと上手く行くだろう。


若年性認知症を患った話も事前にしてある

大翔が思うままにしなさい。と両親から言われている


僕の両親と美月の両親も仲良くやっていってほしいし多分仲良くやっていける気がしている。


 その日、僕は慶次さんと遅くまでお酒を飲んでいた。

僕も酔っていたが慶次さんも酔っていたし


飲むと喋らなくなるタイプなのは僕も慶次さんも同じだった。黙っている時間は長いが


たまに目が合うと『大翔くんも酒が入ると

静かになるタイプか!?はっはっはー』なんて言って笑われるし僕もそれに釣られて笑っていた。


気づかないうちに慶次さんも僕も眠ってしまい慶次さんがどこかの部屋に運ばれている姿が見える


僕は『重いよー…何?飲み過ぎでしょ馬鹿じゃないの?』なんて言われている

この声は美月の声だ美月に運ばれているが僕は手も足も力が入らないし案外と美月の力が強くて安心していた。


慶次さんも幸子さんに『あらあらあら何時だと思ってるの?23時にこんなクタクタになって…もう』なんて言われて引きづられながらどこかへ運ばれている。


僕は恐らく美月の部屋に運ばれた。僕は明日は休みだ何も心配なく深く眠りにつけそうだ


それから何時間かしたのだろうか?正確には分からない。


僕が眠りにつくと美月は

『おーいねたー?』『寝たのー?』と小さな声で確認してくる。


懐かしい…感覚だ…久しぶりに僕は眠ったふりをした


そして僕が寝た事を確認した美月は僕を起こさないように優しく頬をツンツンしたり指で頬をぎゅーっと挟んだりする。美月はよく伸びる僕の頬が大好きな事は変わらなかった。


そして僕の顔で遊び終わった美月は最後に頬にキスをしてくれて眠っている僕を静かに抱きしめながら小声で『好きだよ』と囁いて

その後に美月も眠る。


僕はそんな美月がたまらなく愛おしく

いつものように寝たフリをした。


日々、無くなってしまう記憶の中でこれだけは変わらずにいた。


この先にあるこの幸せが何年続くか分からない。

もしかしたら明日、突然無くなる可能性もあるし

この先に必ず訪れる事が約束されている苦しみさえも愛せるように


僕は美月の全てを一つ残らず守っていくと心に決めた。

この陽だまりの中の思い出達を抱きしめながら

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陽だまりの中の思い出達 九嶋晃生 @kousei_0224

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