散りばめた言葉達


 その日、美月は実家に残った。僕が仕事だからそのまま美月の面倒は両親が見ることになった。


確かにご両親が美月の面倒を見てくれるのは少し気が楽になる

かと言って美月も別に目が離せないわけではない


しっかりとメモを取り行動しているし

部屋だって綺麗に片付けたりもする


それに美月が行動を起こすのに助けすぎてしまえば認知症もさらに悪化してしまいそうな気もしていた。


僕は家に着き玄関ドアを開けたその瞬間だった


色んな場所にちらほらと付箋が貼ってある

その光景に一気に孤独感に襲われた


そうか…付箋を意識して生活なんかしてなかったけどいつもこの光景を美月は見ていたんだ…


どれだけ不安だっただろうか…そしてその

付箋を見て行動する美月が頭に浮かんだ


いつもならこの付箋を見ながら美月は

『あっ、鍵!』と言いながら鍵を閉めて

『そこまでボケてないし!』とか一人で怒ったりしていた


玄関入ってすぐ目に着くところ貼ってある

付箋には『鍵は閉める!』と書いてあった


そうか…美月はいつも家に帰るとまずはこの付箋から確認するのか…


あれ…手洗いの付箋が無い…


美月はいつも家に着くと真っ先に洗面所へ行き手を洗う


恐らくこれは癖なのだろう認知症を患っても手は絶対に洗いたい美月の几帳面な性格がまだしっかり残っている


リビングにはほとんど付箋は貼られていなかった

キッチンには

『大翔の嫌いな食べ物』『トマト』『ナス』

などいう僕が嫌いな食べ物好きな食べ物が

書いてある付箋を見つけた


『火は消しましたかー?』と書かれた付箋が

4箇所くらいに貼られていた


確かに美月は火の消し忘れは無くなった。

この付箋のおかげだろう。


そしてキッチンの棚の目立たないところに


『1日の終わりは寝室のベッドの下』

とだけ書かれた付箋があった


寝室に行きベッドの下を見ると美月の眠っていたベットの近くに一冊のノートが落ちていた


毎日、日記をつけていたようだ病気のせいなのかあまり漢字が書けていないようにも見える


そこまで長い文ではないが職場での出来事や

僕と美月の事についてその日にあった出来事が書いてある



『今日は大翔がお寝坊さん。でも職場には間に合ったみたいで一安心!今日も夜に大翔の頬っぺたをプニプニして寝ようと思う。大翔は子供みたいだなぁ寝てる時は可愛いのに…』



そんな事を書いている日記があった

寝てる時は?『は』ってんなんだよ…大きなお世話だ…逆に起きてる時はカッコいいんだろうな


なんて日記を見ながらそんな事思ったりしていた


3日に1回くらいは僕の事について日記に書いていた後は日頃の生活について


たまに認知症との戦いに負けそうな弱音を吐いている日記もあった


そして1番最後の日記が4日ほど前で終わっている



『私には返したいものがある。ずっと一緒にいたかったけどもしかしたらそうも行かないかもしれない両親が反対するのも分かるんだ…私は大翔の足を引っ張り続けると思う

だから最後に返したい物があります

クローゼットの中、上から二番目』



返したい物?上から二番目?そう思いクローゼットの上から二番目を開くと


昔、僕が美月にあげた映画のDVDがあった

二人で初めて見た映画のDVDだった。あれはまだ付き合う前の頃だ…


はぁ…懐かしいな…何で急に返すんだよ…と思いDVDを手に取ったら紙がスルッと落ちてきたそこには『食器棚の真ん中』と書いてあった


何だよ…と思いキッチンに行き食器棚を開くと


お皿にコーンポタージュの粉末が入ったまま置かれていた


初めて美月が僕の家に来た時、僕が美月に出したコーンポタージュを思い出した


あれも付き合う前だった

こんなにも思い出を散りばめて少しお洒落な美月の演出に少しだけワクワクしてしまった。


まさか…そう思いその粉末の中に指を入れると


『テレビ台の棚の真ん中』と書かれた紙があった


僕はすぐにテレビ台の棚の真ん中の引き出しを開けると

二人で初めて出かけた公園で撮った写真が

封筒に入っていた


その公園は付き合って一番最初に出かけた所だ


その日は晴れていて美月は機嫌が良かった

だけど暑いから一気に不機嫌になっていた。


何この人、面倒くさっ!って思った事を覚えている。でもそんな単純な分かりやすい子供みたいな美月も面白かったし可愛らしかった



返したいものがあるって…こんなに色んな事を思い出させて…何考えているんだ…



まさか…返したいものって…思い出…とかいうんじゃないよな…まさかな…


そう思いその写真が入っていた封筒を覗くと


『テレビ台の下の隙間』そう書かれた紙の

指示通りテレビ台の下に目をやると


少し大きい封筒があった封筒の中を覗くと

中には僕が前に美月へサプライズで渡した

婚姻届が入っていた


『返したいものがあるって…婚姻届?何言ってるんだよ…ふざけんなって…』


そう独り言を言ってから言葉を失っていると

もう一枚、封筒の奥に紙があった


文字が少し多く透けて見える。これはきっと手紙だ…僕はその手紙を開いた。


『多分これを見つけたって事は返したいもの全部、受け取ってくれたって事かな?勝手でごめんなさい。若年性アルツハイマー型認知症という病を患っていても

出会ってから今までの事はしっかり覚えていますよ。所々抜けちゃってるだけだからね!


この病気を調べていくうちにわかった事は

発症からの寿命が短いってこと…

一生懸命に私の手を引っ張ってくれて一緒にやってこれたけど


これからは1人の道を歩んでほしい。

勝手なお願いかもしれませんがステキな相手を見つけて幸せになって欲しいと思ってるの

だから…大好きだからお別れだね…ありがとうね。楽しかった、幸せだったよ。』


と書かれていた

そこには大翔という僕の名前が書かれていなかった


そうだ…これは僕に宛てた手紙じゃないんだ

そうやって都合よく理解しても


きっと美月は僕の名前をスマホを使わずに自分の力だけで書きたかったのだろう…

けれども書けなかった…そもそも僕の名前が思い出せなかった可能性もある



婚姻届をサプライズで渡した日

美月はとても喜んでいた


あの日の光景が蘇った


あの時はまだ2人の未来は曇ることなくしっかりと見えていた。


婚姻届の書き方を一緒に勉強して書こうって約束した事


そうだね!って

わぁ…嬉しい…って言ってもらえた事


嬉しくて美月は手で口を押さえていた。

部屋に差し込む陽だまりが照らした空気中の埃がキラキラ光って見えた事も本当に全てが

綺麗な時間だった。


だから手紙を読んでから頭の中は真っ白になった。寝室に戻りベッドに身体を放った。


そして何故か美月の物を整理し始めていた

全てを返そう…美月もそれを望んでいる


僕も美月を幸せにする自信をなくしてしまっていた。


美月のパジャマ、歯ブラシからトリートメント美容液や雑誌、そしてノートなど 一つにまとめている時、異変に気づいた。


最後に美月の日記ノートをペラペラ読んで見ていたら

ノートが破られているページが一枚あった

一番最後のページだ。


破り方が汚く不自然というか怒りに任せて

思いっきり破ったような跡だ


気にしながらも引き続き美月の物を片していたら


ベッドの下の隙間のスペースには美月の体のマッサージ道具がいくつかあった


よくゴツゴツした岩みたいなものを床に置いてその上に仰向けで寝て背中をゴリゴリやってたよな…とそんな事を思い出した。


その近くにくしゃくしゃに丸められた紙が

コロッと落ちていた。


開くと何かが書かれていたが


『あれ…これ…』そう思い先程見たノートの一番最後のページと繋げると


ノートの切れ端と上手く繋がった。くしゃくしゃになって読みにくいが


手のひらで真っ直ぐ伸ばすと微かに文字が見える


『村石皐月』『村石晴人』


さつき?はると?その下にはその名前の由来が書いてあった


『皐月躑躅の花言葉が『幸福』や『協力を得れる』ここから取って名前は皐月。普通に字画が良いから気に入ってる


晴人は晴れた日って元気出るから!

晴れ渡った空のように明るく生きて欲しいから晴人。ちなみに読みは『はるひと』


大翔が『ひろと』って読み間違えられるから

読み間違いから私たちみたいに会話が盛り上がったり逆に覚えやすかったりするから

晴人と名付けます。』


そう書いてあった


その名前の前に『村石』という苗字がある。

恐らく僕と美月の間に生まれてきた子供の

名前を美月は決めていたのだろう


こんなにも素敵な名前を考えて

綺麗な未来を見ていた健気な美月の姿を想像するだけでも心は張り裂けそうになった。


僕はそのくしゃくしゃになったページを

まっすぐに伸ばしてテープで貼り付けて出来る限り元に戻した


『ダメならダメでいい』気づいたら心には

迷いは無くなっていた。


僕はまとめた美月の荷物をその場に置いて

美月の母、幸子さんに電話をした


美月の荷物など渡したいものがある事を伝えて1週間後に美月の実家に行くことになった。

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