宵闇機関車 【幻想掌編 1400字未満】
蒹垂 篤梓
宵闇機関車
真夜中の駅は、人影もなく、蒼白い外灯が寂しげに照らすばかりで、ここが現実の世界なのか、本当に汽車が来るのか不安になる。
真っ暗な空に宝石のような星がちりばめられ瞬いている下、僕はぽつんと一人、駅舎から少し離れた明かりの下で本を読んでいる。時間はまだ少しある。物語は中盤。きっと汽車の中で読み切ってしまうだろう。
暫くすると、足の裏に感じる地響き。それから、遠くで汽笛の甲高い音が聞こえ、ぼっぼっという蒸汽の音。真っ暗な中に、一条の光が差し、眩く目に刺さる。時計を見れば、ちょうど刻限のようだった。
煙を吐いて、がたごとがたごとと駅を揺らして、力強い真っ黒な鉄の塊がやってくる。目の前で巨大な車輪が回るのに圧倒されて、ちょっと後退ってしまう。ぼぉぅと一際大きく蒸汽を吐いて、そして停車する。
夜遅いせいか、客車に乗客の姿はなかった。
よく見ると、反対側の座席の陰に一人。多分、同じ年頃の男の子。さて、どうしたものかと思案していると、
「退屈していたんだ、よかったら隣にどう」
と声を掛けられた。
正直を言うと本の続きを読みたい気持ちもあった。かど、道中ずっとそれだけというのも、やっぱり退屈なような気もしていた。
「どこまで行くの」
隣に座った僕に、彼が尋ねた。
「遠くにいるお母さんの所へ」
「そっか」
彼はなぜだか複雑な
「君は」と今度は僕が尋ねた。
「僕はね、実は行く先の当てがないんだ」
僕は驚いて彼を見た。行く当てもなく汽車に乗る人がいるとは思っていなかったから。
「まあ、ちょっと事情があってね」
と笑っているか、それについて尋ねていいのか分からなかったから、それ以上聞かないことにした。
汽車は駅を出てどんそんスピードを上げて、ごとごと揺れる車内、窓の外に夜の星と月と、真っ暗な山と田畑が流れていく。
それから僕はたわいのないお喋りをした。珍しく僕の方がよく話しをして、彼は、僕の特別代わり映えもしない日常のこと、友達と公園の裏側冒険したこととか、母親に怒られたこととか、だいたい皆誰でも経験しているようなことばかりの話を、随分と喜んで聞いてくれた。
そうしている内に段々眠気に見舞われてきて、瞼が重く、気を抜くとすぐに閉じようとしてしまう。僕はもう少し起きていようと頑張ったけど、
「いいんだ、先に寝てくれて。辛いだろう、起きているの」と彼が優しい声音で言ってくれるのに甘えたい気持ちになって、
「ごめんね。起きたらまた話そうよ」
そう言って、僕は眠りの誘惑に逆らえず、瞼を閉じた。その時、彼の目に光るものが見えて、泣いてるのかなと思ったけど、どうせすぐに目醒めるのに変だな、その間、彼も一緒に眠ればいいのにと思って、くすりと笑った。
「おやすみ、君はきっとお母さんの元へ行けるよ。ああ、君が羨ましいよ。ちゃんと行き先があって、君を待っていてくれる人がいる。僕はずっとこのままだ。どこにもいけない。ずっとこのまま、眠ることも目醒めることもできず、ずっとここに縛り付けられたまま、いつまで続くか分からない時間を過ごす。もし僕がいつか眠りに就けたら、その時はまた話を聞かせてくれるかい」
彼の言葉は途中までしか聞き取れなかった。
夜の星々の中を、汽車はどこまでも走っていく。
宵闇機関車 【幻想掌編 1400字未満】 蒹垂 篤梓 @nicho
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