白馬の王子様

もうきんるい

第1話

その小国に、それはそれは大層美しい姫君がおられたそうな。

豊かな銀糸を蓄え、やや細身ながらも見目は麗しく、他者の目を引き。

その声音はどこまでも澄み、聞く者の心を捕らえ。

心根は穏やかで篤く、誰からも好意的に受け止められ。

仕事をさせても、優れたる事この上なし。皆から慕われ、幸福を望まれる、絵に描いたようなお姫様。


その瑕疵は、小国の生まれである事のみ。





「おじい⋯⋯様」

「何も言うな。本来ならば光栄な事なのだから」


国の重鎮が集う場所で祖父と孫が苦悩している。

小国の悲哀か、彼らが治める国は既に大国の属国と成り果てて久しい。今現在も、小国ゆえの懊悩を抱えているのだ。

元々は自然と共に暮らすを良しとする一族。ただ、国民の多くが肉体的に優れ、戦争では手柄を挙げる事も多く、さらに美貌の持ち主が多かった。それ故に大国に併呑され、今では完全に吸収されている。

それでも、大国は気を遣っており、かつての小国には代官を送るのみに留め、賦役を若い者に求めるのみである。それだけで彼らは非常時には食料や住む場所を提供してくれるという厚遇ぶりだった。

ほぼ全ての国民は大国に悪い感情は抱いていなかった。元々が贅沢をせず、文化的な生活すら送っていない一族である。腹が減れば自然の恵みで飢えをしのぎ、木の下や洞窟で眠る日々だったのだ。

今、重鎮が集っている建物すら大国の人間が建てた物である。かの国から見れば馬小屋のような物ではあったが、小国の者からすれば、立派な建造物である。


「しかし、陛下。姫はまだ賦役の年齢に達してはおりませぬ。それに王太子殿下が王宮に詰めておりましょうに。わざわざ姫を求めるのは⋯⋯」

「息子はかの国の王太子殿下の専属として勤めておる。次期当主同士、気が合っているそうだ。今回、孫を所望してきたのはその弟君よ。この子の外見、内面共に気に入られたようでな。いわば、見初められた、という事だ」


姫君の祖父の言葉に納得の表情を浮かべる者、落胆する者、激昂する者と、反応はそれぞれだった。

皆が美しく、優秀な姫君に対して想うところがあるのだ。


「⋯⋯姫君には想いを寄せられる方が居りますぞ。それも、互いに想い合っております」

「知っている⋯⋯かの国でも、な。御説明申し上げは、した」


ここにきて初めて祖父の表情に苦しいものが混じる。彼とて、可能であれば可愛い孫娘には好き合った存在と幸せに、穏やかに暮らして欲しいという希望を抱いていた。

いくら栄誉ある事で、一族の立場を考えれば受けるべきと頭では理解出来ても、感情では納得し切れるものでは無かった。


「説明を受けてなお、若き、いや幼いと言っても良い二人を引き裂こうと⋯⋯!」

「ええい!なんたる傲慢か!他人の恋路を邪魔する奴は」

「静まれ!」


騒ぎ立てる重鎮たちを一喝したのは、やはり美しい銀糸の持ち主。彼は姫君の伯父であり、先日まで大国の貴族の元へ賦役に出ていた。戦場にも行っていたのだから、ぬくぬくと飼い殺されているような輩とは気迫が違う。


「仕方がありません。かの国では銀の御髪を持つ者がもてはやされております。それも、異国の者ならば、なお良いとの事です」

「それは、彼らの宗教的なものなのか?」

「いえ、創作物に端を発する流行にございます」

「そんな理由で姫君を!?」

「まあ、姫君を所望する要因の一つではありましょう。そこで、です陛下。陛下は姫君をかの国へ参らせたいのですかな?」

「むぅ⋯⋯本音を言えば断りたいものよ。が、力関係から言っても、これまでの恩義を顧みても受けざるを得ないであろうよ」

「ならば、時間稼ぎをなさいませ。とりあえず姫君が既定の年齢にまで達すれば、陛下の憂慮も多少は和らぐ事でありましょう」


ふむ、と唸り考え込む祖父。それを一同はじっと見つめる。彼らとて拒否権が無い事くらいは解っているのだ。ただ、認めたくはないし、誰からも愛される存在である姫君を手放したくないのだ。

姫君だけは、祖父から視線を外し、涙目で地面を睨み付けていた。彼女は行きたくない。無理だと悟ってはいる。ただ、口惜しい。せめて抵抗を見せようと、大国ではなく、甘やかしてくれる祖父に反発している。姫君の幼さが覗える行為でもあった。


「弟殿下は、その⋯⋯少々ふくよかな体型をなされております。正直、大人でなければ⋯⋯」

「上に乗られたら壊れてしまうか!」

「貴様!下品な物言いをするな!」

「事実ではないか!」

「まあ、ですので⋯⋯少々スリムになって頂けるか、さもなければ姫君が成長するまで御待ちください、と」

「成程。痩せるのとて、一朝一夕にはゆかぬからな」

「流石は我が国の知恵者!しかも実際に識っている方の言葉は違いますな!」



叔父の言葉に重鎮たちがまた騒ぎ出す。先程までとは違い、何処か弛緩した空気になっている。内容もそうだが、実際に時間稼ぎが出来そうだと感じているのも大きい。


しかし、行かなければならない事実に変わりは無い。

姫君の表情は曇ったままだった。




「ふーん、そうか。やっぱり彼らは君を引き渡すつもりなんだね」

「ごめんなさい⋯⋯。役目が終われば帰って来られるのだけれど」

「僕だって大人になれば賦役に出なければならない。二人とも王宮勤めになる、なんて現実的じゃないよね。どうしたって離れ離れにはなってしまうし⋯⋯戦争があれば僕等は真っ先に突っ込まなければいけない。死んじゃう可能性だってある」

「でも、どうしたら⋯⋯!」


姫君は深夜、最愛に男と逢瀬を重ねていた。まだ幼い彼等なので、寄り添って話し合うだけだが幸せな時間だった。

ただ、今日はどうしても沈んだ声になってしまう。話題も暗い。

二人を包む闇のようだった。自然に寄り添う暮らしをする小国には、ほぼ明かりが無い。彼女にとって王子様の髪の色すら隠されている。当たり前に訪れる夜に、恐怖した。


「逃げよう」

「え?」

「どうせ、弟殿下の我儘だ。僕等が居なくなってもお咎めがあるとは考えにくい。まあ、多少心証は悪くなってしまうだろうけどね。それでも、僕は君と一緒に居たいんだよ」

「ああ、嬉しい⋯⋯!私も、私も貴方と一緒に居たい!」

「なら善は急げだ。このままこの国から逃げてしまおう」

「え?」

「顔を合わせたら、きっと大人たちには勘付かれてしまう。だったら、兵は拙速を尊ぶ。今から、さ」

「で、でも⋯⋯」

「僕じゃ、頼りない?」

「いいえ!そんな事は無いわ!」


あまりにも甘い、幼稚な考え。

だが、二人にはそれが一番の名案としか思えなかった。どうせ自然と共に暮らす一族なのだ。いっそ大国に併呑されて管理されているのが不自然だとまで言える。

先程まで恐れていた夜の帳さえ、逃げる為の手助けに見えてきた。


そうして、二人は風のように走り出した。

全てを置き去って。



後日、放牧地の管理人から報告が上がった。

仔馬二頭脱走。

片方は弟殿下に与えられる予定だった。


それは珍しい、銀の体毛を持つ牝と、真っ白な体毛の牡。

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