紫の爆弾

高黄森哉

[四月]


 それは四月のこと。春の陽気に誘われてか、常識はずれが町はずれに降臨した。それも、町はずれの俺の家のお庭のど真ん中にである。それは縦三メートル、横三メートルの、正方形をした紫色の檻だった。赤と青を混ぜて出来た中間の紫。その檻には、六人、人間が入っていた。檻の内側の人間は紫色をしている。俺は警察を呼んだ。


[五月]


 檻が現れてから一か月。俺は、それの研究のために家を政府に開け渡さなければならなかった。金は手に入ったが、例えばお気に入りのカメラとか、例えば家自体に持っている愛着などは、置いていかざるを得なかった。


[六月]


 遂に檻の存在がマスコミにバレた。俺の住む町はたちまち観光客でごった返し、紫饅頭やら、紫蕎麦やら、流行に乗っかった商品であふれた。インターネットを見てみると、様々な憶測が飛び交っており、芸術作品だとか、宇宙人のペットとか、はたまた超常現象とか、そんなのが多かった。そのなかでとりわけ目立ったのは、檻の出来た家の家主である俺が、卑しくも利益を生み出そうと自演している、という説であり………… 、俺はあの檻を憎んだ。


[七月]


 とても気温が高い日だったので、暑さにやられた野次馬の一人が、檻の中に飛び込んでしまったようだ。檻の柵は、もちろん柵なので隙間があり、人ひとりが辛うじて通り抜けられるようになっていたのだ。すると、その青年の肌はたちまち青くなり、そして紫になった。女、その青年の彼女だろうが、そんな姿に変わってしまった彼を見て半狂乱になり、次いで檻へ突入した。すると肌は赤くなり、次に紫に変色した。


[八月]


 あの事件は大々的に報道され、世界も関心を持っているようである。因みにあの二人は、あの中で過ごすことを選んだ。紫肌のまま世間に出ればどうなるか分かったものでないと考えたらしい。白黒黄色でこのありさまであるから、その憂慮は至極真っ当だと思える。その頃の俺はというと、仮の住まいの安アパートから、永久に脱出出来ないのでは、という疑念に駆られていた。しかし、ちゃんとした家を借りれば、明日帰れる、となった時に損だし、だからといってホテル暮らしは落ち着かない。親戚に、留めてもらえるような間柄を持つものもいない。

 

[九月]


 紫人の人権が叫ばれるようになった。あの男女は大学生だったそうだが、大学での知り合いがしゃしゃり出てきたらしい。するとソーシャルメディアを通しフォロワーが現れ、俺の家が燃やされそうになったりした。この運動は広く受け入れられ、紫人の人権回復のためなら、どんな蛮行も道徳として正当化された。不思議なことに檻は、制度上に幅を感知してか拡大を始めた。


[十月]


 膨らみ始めた檻。その巨大化は指数関数的であった。近畿地方を覆う檻の高さは成層圏を越えそうなところで成長を止めた。人工衛星が破壊されなくて良かった、と全世界はほっとした。関西の人は寝ている間に紫になっていたので、たいそう驚いたそうだ。俺はあらかじめ避難していたので無事である。俺は今、北海道にいる。


[十一月]


 俺は日常的に紫人の差別を口にしていた。新しい仕事場でも、家に帰れど猫に、遊

びにいってもそうだった。なんせ俺は俺の住む家を乗っ取られたのだ。その上、政府による保証も打ち切られた。俺のように紫になることを嫌い、関西から離れた人間がかなりいたから、とても保証金を払いきれないとのこと。嘘をつけ、払えるくせに。ケチな政府だ。


[十二月]


 十二月、今日は俺の誕生日であった。それでも心が晴れないのは、紫人を差別する人間が、差別される側に回ったからである。俺はおかしいと叫んだ。檻が出来たときは見世物小屋のように、みんなで囲んで笑ったじゃないか。笑ってネットで共有したじゃないか。肌が紫になるなんて気味が悪い。その本能的な感情を抑圧すつなんてやせ我慢だ。絶対に美徳じゃない。それとも美徳はやせ我慢なのだろうか。


[四月]


 はて檻が現れたのは去年の四月だったか。俺は狭い檻の中でそう回想する。檻の中には六人、俺を始めとする、極端な紫人差別主義者である。爆発のように広がった紫の檻は、地球を一周し、あべこべに俺達を閉じ込めたのだった。そうだ、ここは厳密には檻の外なのである。俺達の周りで、紫人たちがやりたい放題。差別者を差別するような看板がならび、内側から肌の色を侮辱する。自分の意見がない日和見主義者めが。結局、差別したいだけ。俺は、彼らの心に紫を見出すことは出来なかった。



 赤と青を混ぜた中間の紫。


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紫の爆弾 高黄森哉 @kamikawa2001

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