Apple pie for him
アップルパイを焼こう。
彼のために。
――――――――――――――――――――
「それでね、私が……」
「ぐぅ〜……」
あれ、寝ちゃってる。
私がまだお話ししてるのに。
私のこと、嫌いになったの?
ううん、そんなことない……はず。
それじゃあ……。
「疲れてる?」
たしかに、最近帰りが遅い。
前みたいな元気がないし。
よく見ると、目にくまができている。
「うぅ〜……シャロール〜……」
うなされてる。
苦しそう。
「大丈夫、私はここにいるよ」
優しく頭をなでてあげる。
すると、安らかな顔になった。
「おやすみ」
さて、佐藤を元気にするにはどうしたらいいのかな。
好きなものでも、プレゼントしようかな。
「え〜と……」
思いつかない。
佐藤って、あんまり好きなもの言わないんだよね〜。
こうなったら、私の好きなものを作ろうかな。
例えば……。
――――――――――――――――――――
「いらっしゃいませー」
「おや、今日はお一人なんですね」
いつもの果樹園。
だけど、今日は一人。
なぜなら。
「佐藤には秘密ですから」
「秘密……いいですね」
「秘密のアップルパイを作るんです」
――――――――――――――――――――
料理に必要なのは、愛情。
どこかの誰かがそう言っていた。
でも、なにも料理だけじゃない。
愛情は、いつだって必要。
もちろん私はいつも佐藤に愛情を注いでいる。
今回は、さらに特別多くの愛情を。
「おいしくな〜れ♪」
鍋のリンゴを見つめながら、つぶやく。
さっき採ったリンゴがコトコト揺れている。
「おいしくな〜れ♬」
砂糖なんかより、もっと甘いんだから。
私の佐藤への愛は。
――――――――――――――――――――
「お母さんー!」
「緊急事態ー!!」
このままじゃ、完成しない!
「どうしたんだい、シャロール?」
「今、アップルパイ作ってたんだけど……」
「オーブンがないんだね」
お母さんは即答した。
「え!」
「な、なんでわかったの?」
「前に、同じ理由で来た奴を知ってるからよ」
「ふーん」
そんなおっちょこちょいな人、いるんだ。
――――――――――――――――――――
今日も疲れた。
ここ最近、残業続きだからな。
今日は定時で帰れたが。
疲れが溜まってる。
昨夜なんて、話してる途中で寝てしまった。
それが原因なのかな。
今日の朝、シャロールの様子がおかしかったのは。
僕のことなんか、興味ないみたいだった。
怒ってるのかな。
それとも、嫌われた?
僕は不安な気持ちで、ドアを開ける。
「ただいま〜」
「おかえり、佐藤!」
びっくりだ。
出迎えたシャロールは、朝とは打って変わって元気いっぱい。
「な、なんかあったの?」
こんなに機嫌がいいんだから、なにかいいことがあったんだろう。
「ふふふ〜、なんでしょう?」
シャロールは意地悪く微笑んだ。
なんだろう。
「ん?」
背後から嗅いだことのある匂いが。
これって……。
「アップルパイ?」
「正解!」
「佐藤、早く食べよう!」
シャロールは、素早く椅子に座った。
テーブルには、大きなアップルパイがある。
ちょうどこの前僕が作ったものと同じくらいの。
「これ、シャロールが作ったの?」
「当たり前じゃん!」
「どうして?」
今までシャロールがアップルパイを作ったことなんか一度もない。
なにか理由があるんじゃ。
「言わなきゃいけない?」
「……」
まただ。
う〜ん、僕はこの顔に弱い。
「わかった、食べよう」
理由なんかなくてもいいのさ。
彼女が作ってくれただけで、僕は嬉しい。
「「いただきます」」
挨拶をすると、彼女は切り分けてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
小皿を受け取る。
彼女は、満面の笑みだ。
そして、僕は……。
なんだか、ドキドキしてきた。
彼女の笑顔を見ていると。
例えるなら、初めて彼女の手料理を食べたときのような。
僕の心に忘れていた感情が蘇る。
「僕、君のことが好きみたいだよ」
「え?」
シャロールは、困惑しながら照れている。
そんな顔もかわいい。
「こっち向いて」
僕は立ち上がり、彼女のあごに手を添えた。
それから、身を乗り出す。
テーブルに置かれているアップルパイの湯気が熱い。
だが、それよりも熱い口づけを交わす。
シャロールは驚きで目を見開き、静かに閉じた。
彼女の口も、アップルパイのように甘酸っぱい。
けれど、それとは比べ物にならないくらい濃厚で、甘美。
このまま一生離れたくないような。
「……」
シャロールが、ゆっくりと離れる。
なにも言わずに。
そして、じっと僕を見つめる。
「……ごめん」
衝動的に体が動いた。
シャロール、嫌だったのかも。
「あ~ん」
僕が謝罪の言葉を考えていると、彼女が口を大きく開けた。
「あ~ん?」
「佐藤もやって!」
「あ、あぁ、わかった」
「あ~ん」
どういうつもりかわからな……。
「はい」
アップルパイが僕の口に入る。
「食べて」
言われるままに、噛みしめる。
サクサクの生地に、甘いリンゴ。
「おいしいでしょ?」
「うん、おいしいよ」
最高だ。
アップルパイとしてはね。
でも。
「よかっ……」
「君の唇ほどじゃないけどね」
(完)
僕と彼女とアップルパイ 砂漠の使徒 @461kuma
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