僕と彼女とアップルパイ

砂漠の使徒

Apple pie for her

 アップルパイを焼こう。

 彼女のために。


――――――――――――――――――――


「も〜! やってらんない〜!」


 晩ごはんのとき。

 シャロールは珍しく、愚痴を吐いた。


「いつもありがとうね」


 きっとかなり疲れているんだ。

 元気な彼女は、なかなか弱音を吐かない。

 僕に気をつかわせまいとしているのかも。

 そんな彼女が、ついこぼした言葉を見逃さない。

 僕は、疲れを癒してもらいたいと思った。

 そのために、彼女の好きなものを。


――――――――――――――――――――


 朝早くに焼き始めるのには、いくつか理由がある。

 一つは、起きてきた彼女を驚かせたいから。

 サプライズってだけで、楽しくなるだろ?


 他には、できるだけ負担はかけたくないから。

 今回は、日頃の感謝も込めて、僕一人で。


 材料は、仕事帰りにこっそり買ってきた。

 でも、リンゴだけは彼女と一緒にいつもの果樹園に。

 だって、あそこのリンゴが大好きだから。

 そこらに売ってあるのじゃ、怒られる。


「えっと……」


 レシピを見る。


「あ!」


「むにゃ?」


 おっと、危ない。

 彼女を起こすところだった。


 それにしても、誤算だったな。

 この家、オーブンがない。

 どうしよう。


――――――――――――――――――――


「あんた、今何時だと思ってんの?」


「すみません」


 こんな時間に起こすのが非常識なのはわかってる。

 本当に申し訳ない。


「でも、お母さんしか頼れる人がいなかったので……」


「ふん!」


 照れ隠しで、そっぽを向かれた。

 こういう仕草が、親子で似ている。


「本当に助かりました」


「寝起き早々、魔法を使わされるとは思わなかったわ」


「オーブンがなかったので……」


 そのレベルの火力を出せる人となると、やはりお母さんしかいない。


「オーブン無しでパイを焼こうなんて、とんだまぬけね」


「あはは」


 本当にそうだ。

 シャロールにバカにされちゃうな。


「ほら、焼けたわよ」

「早く届けてきなさい」


「ありがとうございました!」


――――――――――――――――――――


「んにゃ?」


 リンゴのいい香り。

 それも、香ばしい。

 焼きリンゴだ。

 きっと、昨日佐藤と採ってきたリンゴ。


「あれ?」


 だれが焼いてるんだろう。

 私は気になって、目を開ける。

 隣の部屋からは、お皿を置く音がする。

 急いで着替えて、ドアを開けた。


「わぁー!」


 テーブルの上には、大きなアップルパイ。


「おはよう、シャロール」


 佐藤が私に微笑んだ。


「おはよう、佐藤」

「ねぇ、これって……」


「見ればわかるだろう?」


「アップルパイ!?」


「正解」


 やっぱり!


「ねえ、食べていい?」


「もちろん」

「さ、座って」


 私はいつものように、佐藤の向かいの椅子に座る。


「「いただきます」」


 挨拶が終わると、佐藤は私の目の前で切り分けてくれた。

 小さくなった一切れのアップルパイに手を伸ばす。


「あちっ」


「焼きたてだからな、ごめん」

「言うのが遅かった……」


「ううん、いいの」


 そんなことより、早く食べたい。


「はむっ」


 やっぱり、熱い。

 そして、サクサク。

 サクサクすぎて、焦げてる。


「ちょーっと、焼きすぎたかも……」

「焦げてて、おいしくないかも……」


 佐藤が言い訳してる。

 ふふふ、この苦みは失敗の味。

 佐藤ががんばった証拠だ。


「リンゴは、昨日のやつだ」


 やっぱりそう。

 いつもの味。

 大好きな味。

 でも、今日はいつもより甘い。

 アップルパイだから。


「どうだ、シャロール?」


 佐藤がおそるおそる尋ねた。


「大好きだよ」


 私は口いっぱいに頬張りながら、答える。


「大好き……って?」


 そんなの決まってるじゃん。


「アップルパイを作ってくれた、佐藤のことが」


「そうか……ありがとう」


 ふふ、佐藤が照れてる。


「じゃあ、アップルパイは?」


「もっと好き!」


「アップルパイに……負けた……」


 佐藤が肩を落とす。


「あはははは!」


 ホントはどっちも同じくらい大好きだよ。


「おかわりもあるから、どんどん食べてくれ」

「……僕より好きなアップルパイを」


 あーあ、拗ねちゃった。

 でも、ちゃんと切ってくれる。


 ……やっぱり。


「佐藤の方が甘いから好き!」


(完)

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