尽くす

水科あき

尽くす

 ――頭が痛い。

 遮光カーテンの透き間から洩れた朝日が、一筋、額を横切って、わたしは舌打ちをした。布団を頭から被り光から逃げる。眩しい。頭が痛い。昨夜、しっかりと閉めたはずのカーテンが、夜のあいだわずかに透き間をつくっていたことに苛立ちをおぼえた。自分以外誰もいないはずなのに、どうして透き間などできるのか。意味がわからない。意味がわからないことは腹立たしい。光を遮断するために起き上がり、カーテンを閉めなおすのも億劫で、わたしは布団の中に深く潜りこんだ。薄っぺらい布団は、それでもわたしをしっかりと守ってくれた。光という、容赦のない現実の重みから。

 光を浴びると体調が崩れる、なんて、どこの国のドラキュラだ? 通っている精神科の医者に相談しても、苦笑されるばかりで、なにも解決はしなかった。鎮痛剤のカロナールが出ただけ。診察は毎回五分とかからずに終わる。十年以上通っているから、いまさら話すことなどないのだろう。わたしの体調は良い状態と悪い状態を不定期的にくりかえし、いまは悪い状態に入って三か月が経つ。

 ドラキュラと化したわたしに、朝はただ苦痛なだけだ。新しい朝、うつくしい朝。みんな元気にラジオ体操!――ふざけんな、バーカ。

 布団の中で鼻をすする。目尻に熱い水の感触があって、それは静かに頬に垂れ、滑り落ちてゆく。いやだ。嘘だ。起きたい。起き上がりたい。起き上がって朝日を浴びたい。トーストと目玉焼きの朝食を食べて、淹れたばかりのコーヒーを飲みたい。わたしはドラキュラなんかじゃない。わたしは、人間なのに。

 情けなくて涙が出てくるのには慣れているのに、いつも心がぐしゃぐしゃになっていっそうこのまま消えてなくなりたいと思う。いつからわたしはこんなふうになってしまったのだろう。

 布団の中で体を丸め、胎児のかたちになるように膝を抱えた。たすけてほしい、だれか、だれでもいい、たすけて、たすけて、――殺して。

 ベランダに置いているミニバラの鉢は、水やりができていないせいでとっくに枯れてしまっただろう。光はミニバラを殺す。そしてわたしの体をも焼きつくす。

 枕に顔を押しつけて、涙を吸わせながら、大きく呼吸をした。頭が痛い。心臓が痛い。わたしは光を憎む。朝日を憎む。でもほんとうは、思いきり全身に光を浴びたい。


 いつか光が救済となる日まで、わたしは布団に守られながら息を殺すのだ。

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尽くす 水科あき @miz_aki

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