第41話

 あたしは立ち上がって、焔君にこっちに向いて座るように指示した。


「と、巴ちゃん?」


 つけこんでやるわ──惚れられた弱味に。


 こつん、とおでことおでこをぶつける。

本当は頭突きしようと思ったけれど、痛いのは嫌。

焔君が痛がるのも嫌。

だから少しだけ痛くしてやる──意地悪してやつ。


「あたしに惚れたら気を付けた方がいいよ?」


「なに、それ」


「うふふー」


 あたしがこんな風に言うのを初めて見る焔君は狙い通り、戸惑っている。

目があっちこっちに行っていて、照れている。

あたしばっかりなんて嫌。

同じがいい、同じように、好きを見せてほしい。


「そろそろちゅーしたいなー、とか思ってたけれどオアズケです」


「はっ!?」


 あ、顔真っ赤っか。


「だって困らせてばっかなんだもーん。しょーがないよねー?」


「うっ、えー……それとこれとは──」


「──一緒にしまーす。って事で今日サボった分のプリント、預かってるから今からやろっか」


 げっ、という顔をした焔君は瞬間、きっ、と軽く睨みつけてきた。


 お?


「やだ。今する」


 そう言ってあたしを抱っこしたまま立ち上がった。

なんて力持ち、っていうか密着、逃げられない。


「ちょっ、話が違う──」


「──駄目?」


 くっ……真っ赤な顔してるくせに、ずるい。


「そしたら俺、頑張る。授業もちゃんと出るよ?」


 何その交換! これじゃ調教にならないじゃん!


「もうっ! 焔君嫌い!」


「嘘つけ」


「嫌いったら嫌い!」


 もう、なんでそんな嬉しそうな顔なのっ。


「じゃ、じゃあ終わったら──」


「──待てません」


 むっ。


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。

軽く触れて、ちゅの音もないような、そんなあたしの初ちゅー。

ふいをつかれて、されちゃった。


「……よしっ! 超頑張る!」


 焔君はあたしを下ろして背伸びをすると、椅子に座って筆箱やらを用意し始めた。


 ……初ちゅーだったのに、そんな慣れてるみたいな。

っていうか勝手に、と思ったら──。


「……あはっ、焔君、耳とか首まで真っ赤じゃん」


 ばっ、と手で隠した焔君は机に突っ伏す。

そんな焔君の背中にのしかかるようにあたしは抱きついた。

嬉しいから、恥ずかしいから。

これならあたしの赤い顔も見られずに済むから。


「焔君は可愛いなー」


「男に可愛いとか言うなっつーの……」


「焔君限定だよ?」


「格好つかねーじゃん」


「格好つけないなら、今度のテストで満点取ってよ」


 そりゃ無理だ!! と机に頬をつけたまま焔君はあたしの手を握ってきた。

その顔を覗き込んだあたしは、金髪を掻き上げる。


「さ、まずはプリントしよっか」


「えー……もうちょい余韻を楽しむとかねーの?」


「先に離れたの焔君じゃん。あたしは兼部の書道部の事もやんなきゃなの」


 副部長の久良木クラキさんにお願いしまくりなのも、焔君のせいって事にしちゃうよ?


「……じゃあ、満点取ったら次のちゅーあるかも? とか──」


 と言うと、焔君は勢いよく起き上がった。

ついでにあたしも一緒に起き上がらされた。


「──マジ?」


 あ、この顔は、しまった。


「と、取れたら、ね?」


「よっしゃ! はい、巴ちゃんも座ってめっちゃ教えてください! 部活の事しながらでいいから! はい!」


 ……えっと……一応、調教成功、なのかな?


 ※


 そしてテストの返却日。


「どやぁ」


 焔君は本当に満点取りました。

あたしはもちろん、クラスメイト達も狼先生も驚いています。


「黒崎お前ー、やれば出来る子やらないだけだったかー」


「確かにやってなかったでっす。っていうか、ご褒美あるんすもん」


 最大級の笑顔な焔君はあたしを見る。


「鳳の調教成果かー。よくやったー。ついでに鳳も満点です」


 狼先生、そうじゃなくてですね、とあたしがため息をついていると、焔君は爆弾を落とした。


「百点取ったらちゅーしてくれるって言うんで頑張ったんでーす」


 瞬間、あたしは焔君の頭を思いっきり叩いた。


「焔君の馬鹿! 嫌い!」


 皆の前で何て事言ってんの!


「巴ちゃんが嫌いでも俺は好きだし」


 また焔君は当然のように言い逃げるのだった。


「とりあえず黒崎と鳳、部室で変な事しないようにー」


 しませんってば! とあたしはそれでも、この猛獣に恋をする。

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童話のような恋がしたい 雨玉すもも @amesnow

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