第40話

「──話終わったー?」


「焔君」


 あたしも万里君も驚いて、いつの間に来たのか、というよりも、帰ってないじゃん、と思った。

そして焔君は当然のようにあたしの隣に座った。


「ざーんねんだったなぁ、マーリちゃぁん」


 その言い方は完全に煽りを含んでいる。


「……全部聞いてたとか?」


「最後の方だけー」


 焔君は買ってきたお菓子の袋をばりっ、と開けて広げた。

ポテトチップスをパーティー開封だ。

マリちゃんも食えよ、と言う焔君は機嫌が良さそうに笑っている。


「さんきゅ……っていうか、ごめん」


「後の方いらね」


 あたしと同じ事言ってる、と少しふきそうになった。

そんなあたし達を見て、万里君はポテトチップスに手を伸ばす。

あたしも食べよう。


「……なんかもう、敵わないなぁ」


「あ? 何が?」


「黒崎の自信に」


「はー? 自信なんかあるわけねーじゃん」


 あたしもない。


「マリちゃんとの事は、巴ちゃんが決める事だろ。俺があーだこーだ言う事じゃねぇし。そんだけ」


 うん、あたしも逆だったら同じようにしたと思う。


 ね、と焔君は首を傾げるように見て来たので微笑み返した。


「ま──


 突然、焔君は声のトーンを落として言った。

万里君にではなくて、あたしに言っていた。


「……降参。腹いっぱい」


 万里君は両手を上げて、立ち上がった。


「そうそう、マリちゃーん」


「何?」


「今度巴ちゃんに触ったらぶっとばーす。覚えといてねー?」


 あ、やっぱり気づいてたんだ。

だって右利きなのに左手でポテトチップス取ったし。

まだちょっと、痛いし。


 わかった、と言った万里君は手を振って部室を後にした。


 ※


 何だか距離があるように感じる。

いつもは腕と腕が引っ付いていて暑いくらいなのに、ばりっ、とポテトチップスを食べる音だけがしている。

居たたまれなくなったあたしは、ゲームの音量を少し上げた。


 ……うーん、視線が痛い。


「巴ちゃーん」


 焔君があたしの三つ編みの毛先をつまんで揺らしてきた。

頬杖をついたままさっきからずっと見つめていて、そんな焔君をあたしは横目で見る。


「……はーあーいー?」


「頑張ったねー」


 ……へ?


「手首、へーき?」


 する、と焔君はあたしの手を撫でた。


「……うん、へーき。けれど──」


 ──本当は少し、怖かった。

気丈に振舞ったけれど力では到底敵わないし、余計にあおる事になったらどうしよう、って思っていた。

それでも止まらなかったし、止めなかったけれど。


 へーきなふりしてるのも、焔君にはバレちゃうんだもんなぁ……。


 すると焔君はあたしの両頬を手で挟んで顔を向かせた。

むにゅっ、と少し唇が尖った。


「ははっ、なんて顔してんの」


 それは面白い顔? それとも、泣きそうな顔?


「……俺が手放すとでも思った?」


「…………うん」


 昼休み帰った時、寂しかった。

一緒にいてくれないんだって、思った。


「有り得ないね」


 こうやって戻ってきてくれたのが、何よりの証拠だ。

何もなかったような顔をして、いつも通りの焔君がここにいる。


「……あたしだって、譲られる気なんかさらさらないのっ!」


 あたしは焔君の両頬を軽くつねってやる。


「俺もだってば」


 何よ、紛らわしいのよ。

言ってくんなきゃ、あたしだって不安になるの。


「あたしね、焔君がいいの。焔君だから好きなの」


 あたしから告白する。

初めて、言った気がする。


「知ってるよ」


 何その自信。


「俺はいつでも巴ちゃんの手の中にいるよ。今更過ぎ」


 何その言い方、まるであたしが決めた事みたいに言うじゃない。


「……焔君ってたまにむかつくよね」


「え、それを言うなら巴ちゃんもでしょ」


 何だとぉ?


「俺が何のために何回怒られても金髪にしてると思ってんのさ」


 へ?


 焔君はまたあたしの三つ編みの毛先をつまんだ。


「巴ちゃんが金髪好きだって言うから染めたのに」


 …………言ったっけ? っていうかそれを言うなら──。


「──あたしも焔君が好きだって言うからいつも三つ編みにしてるんだけれど」


 …………あれれ。

お互いきょとん顔になっちゃった。


 あはっ、と笑ったのは二人同時で、何やってんだろ、って止まらなかった。


「はーあ、もう巴ちゃんが可愛過ぎだから色々目立つんだと思いまーす」


「そんなわけないじゃん。焔君の素行のせいでとばっちり的に目立ってしまうだけでーす」


「……なーんで可愛い自覚ないかなー」


 もう一度、そんなのあるわけないじゃん、と言ったあたしは焔君の頬から手を離してストレートティーを飲んだ。

焔君もポテトチップスと一緒にミルクティーを買ってきていたようで、ストローを挿している。


「焔君はさ、見た目で損してるよね」


「ん? 俺は巴ちゃんだけ見てくれたらそれでいーから、別にいーの」


 まったく、どうして恥ずかし気もなく言うかなー。

こっちは火が出るほど照れるというのに。


「あ、照れてる」


「もうっ! 言わないで!」


 悪戯に笑う焔君はゲームを起動して画面を見せてきた。


「見て見て。巴ちゃんと同じレベルまで上がったんだぜー」


「……もしかして午後サボったのってこのため?」


 ぎく、とした焔君は目を逸らして下手な口笛を吹いている。

まったく、子供なのか男なのか、わからない。

けれど、好き。


 困ったなー、ほんと。

ほだされちゃってるのかな。

惚れた弱味よわみ? ……惚れた強味つよみ


「……巴ちゃん怒ってる?」


「うん」


 あたしは、にっこり、と最大の笑みを見せる。

こういう時は怒った顔よりも笑顔の方が怖いから。


「ちょっと自由過ぎ。あたしが何でも許すと思ったら大間違いだよ」


「でも、俺の事好きだもんね」


 話をすり替えるんじゃない! ──ん? そういえば狼先生が言ってたっけ。


「……調教ってどうやってするんだっけ」


「えっ」


 あ、怯んだ。

びくびくしている仔猫みたいに、あたしを見つめている。


 ……面白い、かも?

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