第39話

 放課後、あたしは部室で一人、ゲームをしていた。

焔君は本当に帰ってしまっていた。

だって下駄箱には上履きがあった。

ライーンをしても既読はつかないし、返信もない。

狭い部室はいつもいる焔君がいないとより狭く感じる。


「……どうしよっかな」


「──どうしよって、俺の事?」


 その声の主、万里君が部室の入口に立っていた。

暑いから開けっ放しにしていた扉に手をついている。


「何回もノックしたんだよ?」


 その手にはパックのストレートティーが二本、どうやら差し入れのようだ。


「あ、ありがと。考え事してたから聞こえなかった」


 どうぞ、と手で案内すると、万里君は机を挟んであたしの対面に座った。


「お邪魔します。それで、どうしようって?」


 繰り返し聞き返されてしまった、まぁ気になるか、とあたしは携帯ゲーム機を机に置く。


「万里君の事じゃないよ」


「あ、それ傷つくなー」


「あー、えっと──」


「──なんてね。ちょっとは俺の事だといいのになって思っただけだよ。意識して欲しいなぁみたいな」


 それはなかなか反応に困る。

それに気恥ずかしいものを感じた。

万里君も軽く俯いて指で頬を掻いている。

あたしも何となく俯いて、ストレートティーを静かに飲んだ。


「困らせたりするつもりはないんだけれどね」


「……今、ちょっと困ってるよ?」


「ははっ、そうじゃなくてさ……もし俺だったら、って想像するんだよ」


 どんな話をして、どんな遊びをして、どんな事をどんな風に。

あたしが万里君の彼女だった場合の話。


「……なんてね」


「……あたしじゃなくても万里君なら──」


 ──他にもっといい子に出会えるはず、と言おうとしたら、万里君があたしの小指に触れた、握ってきた。

指の端っこ、第一関節の指先だけ、つまむみたいに──それだけなのに、照れ臭そうに頬を薄く染めている。

こっちまで、移りそうだ。


「……あたしのどこが、好きなの?」


 聞いてみると、万里君は少し考えてから言った。


「可愛いとこ」


 そう、言った。

あたしは自分を可愛いだとか思った事はないし、むしろ地味系だと自覚している。

万里君はそんなあたしとは真逆の人だ。

人当たりも良くて、かっこいい子だ。

もっとお似合いの子が、いい子と出会えると思うのに、と言おうとしたら、万里君が続けて言った。


「……黒崎にはもったいないよ、ほんと」


 もったいない?


「それってどういう意味──」


「──黒崎のどこがいいの?」


 手を、手首を掴まれた。

あたしが知っている男の手──焔君の手とは違う強さがあって、離して、とすぐに思った。


「ば、万里君?」


「俺じゃ不足?」


「手、痛い──」


 手を引っ込めようと思ったけれど力が強くて、机が、がたっ、と大きめに鳴っても離してくれない。


「──何であいつなの? ごめんね、待つって言ったけど、無理だ。引けそうにない」


 あたしは気づいた。

これが本当の万里君だ、と思った。

きっと彼は自分であたしに告白したと広めた。

周りから固めようと策を動かした。

気づかなかったあたしが答えなかったせいだ。

そして誰も見ていないところで、今、それを見せてきている。


「俺ね、結構自分に自信あるんだ。あとは釣り合う彼女だけが足りない。どうでもいい子ばかりに好きになられたって、ねぇ? その点、巴さんは俺に普通だよね。あ、巴さんの事可愛いって言ったのは嘘じゃないよ。でも派手でもないし、ちょうどいいんだよ。俺の彼女としている事にさ」


 ぞっ、とした。

この人はあたしを好きでも何でもないんだと分かった。

まるで自分に似合うアクセサリーのように、あたしを選んだだけだと分かった。


「それと鈍感だよね。結構アピールしてたのにちゃんと告白するまで気づかないんだもん。ってからも全然変わらないしさぁ」


 ……いい加減に──。


「──離して。痛い」


 声を落として言ったからか、万里君はすぐに手を離してくれた。


「……ごめん」


「謝らないでいい。けれどあたしは言うね、ごめんなさい」


「それは……告白の返事?」


「うん」


 万里君は理解出来ないといった顔をしている。

納得も出来ないようだ。

けれどもう、ゲームオーバー。

コンテニューコインもあげるつもりはない。


「焔君のどこがいいか聞いたよね。答えてあげる」


 あたしは万里君を真っ直ぐに見て、言った。



 その一言だけ。

それだけで十分じゅうぶん

はたから見ればあたしと焔君は不思議に見えると思う。

似合わない、釣り合わない、どうしてって。


「……きっつい返事」


「万里君もあたしを知らなかったみたいだね」


 あたしが焔君をどう想っているか、彼は知らなかった。

そうみたい、と万里君は長く息を吐く。


「……俺、羨ましかったんだ、二人の事」


 ここで初めて、万里君の本心が聞けた。

彼は気が許せる相手が欲しかったそうだ。

周りの評判通りに動くのは疲れるとも言った。

その反対側にいる焔君は何を言われてもものともしないで、自由で、そしてあたしもいていいな、と思ったそうだ。

何か一つでも、手に入れたいと思って、あたしを選んだ。


「自分でもヤバいなって思ってる。でも後に引けなくて……引っ搔き回すみたいな事して、ごめん」


「いーよ。何ともないし、へーき」


「ふっ、すっごい自信だね」


「ん? 万里君ほどじゃないよ?」


 さっきの事をいじってやると、万里君はストレートティーのストローを離して、天井を見上げた。


「さっきの事は忘れてくれると有難い……」


 笑っちゃったあたしもストレートティーを飲んだ。

冷たくて、すっきりする。

万里君にちゃんと言えて、答えを言えて、すっきりした。


「今日の事は誰にも言わないよ」


「……ありがと」


「こっちこそありがとう。変な理由だったけれど、告白は嬉しかったよ」


 眉を下げて微笑む万里君がそこにいた。

大嫌いにならなくて済みそうで、安心した。


 その時、こんこん、とノック音がして、二人して部室の扉に振り向いた。

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