六話 またきてくれ(さいごの冬)

 冬の名物と言えば、大雪まつりなのである。


 大雪まつりとは、1月下旬に開催される、塗材高校の文化祭である。

 卒業生である私にとって、大雪まつりは思い出深い行事だ。


 色とりどりに飾られたお手製の門をくぐれば、賑やかな少年少女が思いおもいに練り歩く。誰にとっても特別な時間が広がっている。


「たこ焼きー。たこ焼き200円でーす」

「焼き鳥1本100円でーす。1本いかァっすかー」


 大雪まつりと言うが、塗材は雪とほとんど無縁の地である。積雪などもう何年もなかったかもしれない。

 現に今日も、空は澄んだ澄んだ青一色であって、肌を刺す北風もどこか穏やかだった。

 気持ちのいい朝だった。


 毎年、この季節になると私は塗材に来る。ここを離れてしばらく経つけれど、帰ってくるたびに、街並みも、人も大層変わってしまったと思わされる。

 このお祭りの出店たちも、はじめのころに比べれば、ずいぶん今風になったものだ。

 それでも、楽しそうに談笑し食べ物を口に運ぶ彼ら学生の姿は、変わらずきらきらとしていた。


「祐五郎」

「ああ、滝助」

「しばらくだな。いやあ、気分のいい日だ」

「そうだな。今年も晴れてよかった」

「ああ。どうだ、最近は」

「順調とは言い難い。しかしまあ、まずまずだよ。おかげさまでね」


 私は滝助と歩き出した。

 この髪をつんつんとたたせた男は、私の旧友の帯野滝助という。高校1年生の時に出会い、以来長く続く仲である。


 滝助はずっとこの街で仕事をしている。左官屋をしていると聞いた。

 彼は道中、焼きそばや箸巻きを買っては食い、私にも食べるように勧めた。

 彼のお節介な好奇心には、しばしば困らされたことももう懐かしい。


 この男とは今日、出し物をするために集まった。他にも何人か、同窓のものと落ち合う予定である。

 それぞれ古い絵や彫刻を飾って、最後には舞台で校歌を歌うのだとか。


 年の離れた卒業生が集まって、いったい誰が見に来るのかと疑心でもあったが、果たして展示の教室には何人かの学生が訪れていた。


 教室の壁には、銀世界になった街を歩く人の絵があった。

 この街ではなかなか見られない、夢のように真っ白な街の絵は、廊下を通り過ぎる学生の幾人かの目を奪っていた。塗材高校の学生として、最初に県の美術コンクールで賞を獲った作品だから、さもありなんと思った。


「お久しぶりですね、三田さん」

「ああ喜代子さん。お久しぶりです。何度見ても、立派な絵ですね」


 彼女こそ、雪の街を描いた大箕喜代子であった。ベージュのコートをかけて歩み寄る姿は実に優雅だ。もうすっかり大人になってしまったが、その小さな所作は私に当時の教室を鮮やかに想起させた。

 喜代子さんは苦笑して言った。


「お世辞は結構ですよ。三田さんに言われると、なんだか恥ずかしいわ」

「いやいや。喜代子さんの絵をまた見ることが出来て、嬉しく思います」

「ふふ、ありがとうございます」

 喜代子さんは微笑んだ。


「盛況ですね」

「ええ。もう十人はいらっしゃっていますよ」

「学生は、あの頃と同じくらいでしょうか」

「ええ。少し減っているようですけれど、たくさんいますね。……この校舎も、ずいぶん使っているようですけれど。建て替えたりはしないんでしょうかね」


 見回せば、いつか付けた壁や廊下の傷が残っているし、がたつく机の脚に物を差し込んであったり、床に白いペンキの汚れがあった。名前や日付が落書きされているところもある。


「確かに、古くなってしまいましたね」


 私には同級生たちが付けた傷ばかり目に入って、古い馬鹿な話たちが想い浮かんだ。改めて見れば、もう汚れたりひび割れたり、悪くなっているところも目立つ。そろそろ年季が入って味がある、とは言い難くなってきたかもしれない。

 彼女の目に映るそれがどれだけ色褪せてしまったものなのかを、私は聞いてよいものか、悪いものか、逡巡した。


 喜代子さんが企画したそうだ、今回の企画は。特段この学校に思い入れがあるようには見えなかったが、彼女もまた塗材に残って働いていた。意外にも、地元愛があるのかもしれない。おそらく私より何倍も、この校舎を外から見ただろう。

 才ある彼女の呼びかけには、何人もの旧友が賛同し集まった。みな楽しそうに自慢の品を並べては、昔話に花を咲かせた。


 別の同窓生が喜代子さんに声をかける。私はその顔に見覚えがなかったが、目が合ったので小さく会釈をしてから、そっとその場を離れた。


 また、二人組の学生が展示を見に入って来た。

 二人は壁に掛けてあるいくつかの写真や絵を眺めながら、彫刻の前で足を止めてみたり、紹介されているお手玉や花札を触ってみたりした。もう彼女らは花札の遊び方も知らないかもしれない。

 私は不意に口元を綻ばせ、教室を出た。


 ゆっくりと廊下を歩きながら私は、教室でやっている劇を覗き見たり、子供たちと手作りのおもちゃで遊ぶ様子をぼんやりと眺めた。


 私は目についたベビーカステラを少し買って、それをつまみながらまた歩いた。

 あと30分ほどで店番が回ってくるから、それまで私は校内を巡ることにした。

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秋水は刀魚の揺らめきに満ち @3ma

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