一周目、花曇りの、女王

 「結局分からずじまいだったな」「な」「まあでもおしゃべりしながら通学路を進むのもいいね!ありがとう!」「会長はいつも一人なのか?」「うん、というより、皆イヤホンしてるから、話しかけ辛いんだ」「もう三年だし、なおさらか」「で、どうする」「俺は次の電車乗るよ、また明日ね」「おっけい」「じゃあ見送って帰るか」


 結局俺たちは三人で駄弁りながら駅まで行った。駅員曰く信号設備がおかしくなって確認作業に忙殺されていたらしい。やっぱり、どうってことなかった。でも遅延したのは申し訳ないと、悲しそうな顔をしていた。別にあなたは悪くないのにと感じた。しばらく線路沿いをふらふらして線路の方を見やったが、本当にただの線路しかなくて、電車も問題なく通っていた。ダイヤは、元に戻ったらしい。


 「じゃ、また明日」「じゃあねー」「じゃあ………あ!?」俺は見た。


 「おうおうどうしたコウタ」「あ、あああ、あ、さ、サキじゃね?あれ」「だれだい、サキって」「あー、似てるな」「似てるっておい!本人だろあれどう見ても」

 会長より先に、女性が改札をくぐった。その姿、顔は、まさしくサキだった。


 「会長、ちょっとあの女子高生見える?あの、ほら今階段上ろうとしてる」「あ、ああ、見たことない制服だけど」「ちょっとどこの駅で降りたか伝えてくれ!俺に」「え、どうしたの急に、なに、恋?」「恋でも何でもいいから早く!見失うから急いで」「えーなに顔赤くして、どうしちゃったのさ、ねーダイキ、コウタどうしちゃったんだよ」「あーまあ、しばらくこんなだからごめん、よろしく」「早く!」「分かった分かった今行くから」


 ピッ 会長は改札をくぐり、速足で目の前にある階段を上った。


 「なあコウタ、あれ、人違いって可能性あるだろ」「いーやない!絶対ない!節穴か?お前の目は、ありゃどう見てもサキだよ」「ちょちょちょ興奮すんな自転車をもっと丁重に扱え」「あ、ああわるいわるい」「とりあえず改札前恥ずかしいからいったん帰るよ」「あ、ああ」


 それから駅を離れ、二人で自転車を押して帰った。


 「てかさ、今更サキって急にどうしたんだよ」「どうしたもこうしたもサキだぞ!」「まあね、君がそんなになるのは分からないでもないけどさ、あいつ行っちゃったじゃん、福岡に」「いや、そりゃあね、そうなんだよ。わざわざこんな首都圏の大都会に住んでたのにね、そうなんだよね」


 俺たちは首都圏の南部に住んでいた。浜っ子って呼ばれたり呼ばれなかったりする。サキは、簡潔に言うと俺の幼馴染だ。この説明で十分だ。


 「だからさ、確率的に見間違いの可能性がね」「いーやない、絶対」「その根拠ない自信はどこから生まれてるんだよ」


 ダイキもサキのことは知っている。中学が一緒だったからだ。中学の頃はよく遊んでいた。とりわけ俺とサキは、幼馴染だからよく遊んでいた。そこにダイキが加わってつるんでいたのを覚えている。


 「いやーどうしよ、サキ、俺のこと覚えてるかな」「知らね、覚えてないんじゃね?」「なんかお前、変だぞ、なんでそんな否定ばっかしてくるんだ」「いやいやいやどう考えてもコウタ、あんたが狂ってるぞ、おちつけ」


 ピロン!! メッセージの着信音が響く 


 「うっさお前どんだけ通知の音量でかいんだよ」「会長からだ!」


 『ごめーん見失っちゃった。でも降りた駅は分かったよ』

 『まじかまじかまじか!OKOK、で、どこ』

 『ここ』地図アプリで説明してくれた

 『ありがと助かる』

 『でさ、誰なんだい?サキって』

 『明日!話す!』 


 そのあと会長からスタンプが送られてきて、会話が終わった。


 顔を上げると俺と同じようにダイキがスマホをいじっていた。慌てて話しかける。


 「なんか、興奮してたな、おれ」「あー、落ち着いた?」「うん」「まあ、サキだもんな、お前、もし本物だったら、あるんじゃない?ワンチャン」「あるかな」


 俺はサキのことが当時、大好きだった。それは100%恋愛の意味で、好きだった。


 でもその好きという気持ちを伝える前に、サキは旅立ってしまった。中学の卒業式以来、彼女を見ていない。


 「おれ、好きなのかな、今でも、許して、くれるかな」「自分の胸に聞け、じゃあ、もう帰るぞ、勉強しないと」「ああごめん、じゃあな、また明日。」


 俺は特に用事もないが、立ちこぎで家に帰った。着いた時には、汗だくだった。

 


 「ただいまー」「おかえりー今日そばねー」「夜そばなの」「いいじゃん、あったかいやつ」「うまそう」「あ!兄ちゃんおかえりーまにあった?」「まにあったよ」


 家に着くと、汗ばんだ制服を洗濯機に入れて、部屋着に着替えた。部屋着と呼んでいるそれは実は中学時代のジャージで、今日はより一層目に入った。


 懐かしいな、とだけつぶやいた。


 「おかあさん」「なに」「あのさ、サキさん。覚えてる?」「ああ、サキちゃんね、どうしたの急に」「いや、やっぱり、何でもない」「どうしたのよ、なんか、久しぶりにその名前聞いたね」「サキちゃん懐かしい、私覚えてるよ」「あれ、一緒に遊んだんだっけ」「そう、お兄ちゃんと一緒の時もあったし、二人で遊んだ時もあったね」「え」「何?知らなかったの、家近いし、いいじゃん」「いや別に悪いって言ってないけど」「で、どうしたの急に、もしかしてさっき会ってきた?」「そ、そんなわけないだろ、サキは福岡行ったんだし」「フーン」


 それから、俺は自分の部屋に戻った。ゴロゴロしながら、サキがいた中学生の頃を思い出そうとしていた。

 


 「ハイそこパス!おせえよ!」「いいよードリブル低く!そうそう…あ!…ったく今のは取られんだろ!集中しろ!」「はい!」


 「よーし行くよ、ほらほらほら決めろよここは!!おい!ったく」


 中学のバスケはきつかった。先生が怖かった、でも、反抗するなんて俺の脳内にそんなことは湧かなかった。当然のことだと思っていた。我慢しなきゃと、思っていた。まあ実際バスケは好きだった。集中を極めると、雑音が耳に入らなくなる。後で顧問に怒られるけど、試合中は楽しかった。そして


 「がんばれ!コウタ!いけるいける!やったーー!!」


サキは、いつも試合を見に来てくれていた。バスケ部じゃないけど、たくさん足を運んでくれた。俺は嬉しかった。いつもそばにいてくれて、支えになっていた。サキの声は、聞き逃さなかった。学校生活の中で、彼女を意識しない日はなかった。そんな俺を、ダイキは良くからかっていた。いつもの笑顔で、いや、あの時はもっと、楽しそうだった。あの時は三人とも、楽しかったと思う。


 「おい、リア充、帰ろうぜ」「俺はそんなんじゃねえよ」「何ー二人とも、帰るの?私も帰る」「いや、サキとコウタで、お二人でどうぞ!俺はそうだな、公園で自主練でもしてこよっかな………」「ま、まあそういうなら」「えーだめだよお三人で帰ろうよおせっかく仲良くなったんだし!」「わ、分かったよ」


 俺はバスケで、ダイキはサッカーで、サキは陸上をしていたから、三人とも運動部だった。帰る時間は、いつも最終下校ギリギリ、だからこそ、良く三人で一緒に帰っていた。あの時は、将来何になりたいだとか、好きな芸能人やドラマだとか、ゲームの話だとか、くだらない中にも、楽しさが混じる会話をしていた。俺は楽しかった。毎日が、充実していたと思う。だから高校生になっても、それは当たり前のように約束されているもんだと、勝手に思っていた。


 「受験、ドキドキだな」「まあでも、大丈夫だろ」「ここなら、三人ともいけるよね!」同じ高校に出願した。同じ問題集を解いた。同じように、頑張った。

 「だからつづり違うってそれじゃあ違う意味になっちゃうよ」「なんだよコウタ細かいなー」「細かいとかじゃないだろこれ点数下がっちゃうよ」「うるせえよお前図形の問題溶けるようになったのかよ」「あれは宇宙人が解く問題で俺がやるやつじゃねえよ」「現実から目をそらすのはやめにしようぜおい」「ほら喧嘩しないの!ダイキもコウタも頭いいんだから、私が一番やばいよ」「……」「……そうだな」「ちょっとはフォローせんかい!」


 そんなこんなで受験をして、一生懸命勉強をして、三人とも受かったんだ。


 「よっしゃー!!きた!」「いやまあ、そうだな、数学のおかげだ」「あ、危なかったあーーーよかったー!」「お、点数俺一番!」「はい数学俺に負けてるー!」「もうまたやってるよ」あははははははは あははははははは


 本当に楽しかったって言えるような、そんな三年間だった。


 「卒業生、起立」卒業式のその瞬間まで、俺の中学校生活は充実していた。まあ過去の記憶は美化されがちだから、苦しいこともいっぱいあったと思う。けれど今からすれば、ものすごい楽しい三年間だった。そう、胸を張って言える。


 卒業式が終わるまでは。


 「ねえコウタ、話があるんだ、私。だからさ、卒業式終わったらちょっと裏門の方来てくれる?」「OK!」

 

 何ともない返事だった。一ミリだけ、告白かなって思った。けれどその時にはもう俺はサキのことを兄弟のように感じていたので、また違う何かだと思っていた。けっして、マイナスの言葉を伝えられるとは、微塵にも思っていなかった。


 「コウタ、あのさ、話があるんだけどさ」「んー何?」

 

 浮かれている俺の顔に、彼女は冷や水をかけるかの如く、言葉を吐いた。

 「私、高校一緒に行けなくなっちゃった。」「………え?」

 「私、高校一緒に行けない。親のね、仕事 の関係で、引っ越すことになったの」「引っ越すったって、急じゃないか、どこへ」「福岡」「……福岡?」「そう、福岡」


 神奈川から福岡は、中学生の俺にしてみれば、異世界のような遠さだった。


 「高校は」「福岡のとこに通う」「一緒に行こうって言ったのは」「ごめん、三月に決まったんだ。だからあの時は」「あの時は?」「一緒にね、行こうとね、思ったんだ」「いや、一緒に行くんじゃないの」「いけないんだよ!」「な、なんでだよ!」「…………ダイキには言ったの?」「言ってない」「言わないのかよ」「言えない」「でも言わなきゃ」

 

 「分かってるよそんなの!でも私は、コウタに言うだけでもう……」「俺のことは良いんだよ!いや、良くねえけど!絶対言えよ、あいつ。お前のこと好きだったんだから」「………………」

 

 サキはそのまま、下を向いて黙ってしまった。俺は頭の中が混乱していた。絶対に約束されていたはずの未来が、消えてしまった。中学生の小さな脳みそには、到底冷静に処理することはできなかった。


 「いつ」「え?」「いつ行くんだよ」「3日後」「え………そんなに早いのかよ」「うん。ごめん」「カラオケは、ボーリングは?旅行は?全部、行くんじゃなかったの」「ごめん」「ダイキとずっと、三人で遊ぶって、決めたよね」「ごめん」

 

 「…裏切るの?俺のこと」「え……」「あんなに遊ぼうって言ったじゃないか!でも、裏切るの?」「だから、そう、ごめん」「なんで」「え?」「なんで、もっと早く言わなかったんだよ!だって、一週間以上も時間あっただろ?」「だって学校が」


 「学校なんていいだろ!卒業式の練習とか、どうでもいいよどうでもよかったよ!あの時間、もっと遊べたじゃねえか、学校飛び出して、離れ離れになるギリギリまで、なんで、今更なんだよ」「だって、コウタ悲しむから、卒業までは言い出せなくて、毎日、楽しそうだったから、ごめん」「なんなんだよ!」

 

 俺は胸についていたおめでとうの花を引きちぎって捨てた。

 

 「なにがおめでとうだよ………もっと早く、言ってくれれば……」「ご、ごめん」「もういいよ」「え?」「もういいよ、他人なんだろ、どっか行ったら、もう他人なんだろ。じゃあいいよ、もう」「………そんな…」

 

 彼女の瞳がうるんでいるのを見て、何もできない俺の非力さを呪って、俺はむしゃくしゃした。

 

 「もういいよ、さよなら、俺帰る」「………ヒック……まってよ」「おいてかないでよ」「おいてかないでよ」「おいてったのはそっちだろう!」「もうやめろ!!」


 俺はあと一歩で、彼女に手を挙げるところだった。人として、終わるところだった。俺の右腕を折る勢いで止めたのは、ダイキだった。


 「もう、やめろよ」「ダイキ…………」サキはきっと、恐怖で、泣いていた。俺は、人生で一番大切にしなければならない人を、泣かせた。人として、終わった。


 「俺、聞いたよ。サキのお父さんとお母さんから、ここに二人がいるってのと、サキが遠くに行くってこと。なあ、俺全部聞いたよ」「うぅ………ごめん………ごめん」「サキのせいじゃないよ、謝るなよ。なあ、サキ、今日はもう帰ろう。」「ごめん……ごめん」


 サキはそう言って走って帰っていった。俺はその間。両手を取り押さえられていた。


 「………ダイキ」「一発殴らせろ、俺に」「………殴れ」


 ガツン 脳みそが震えた気がした。それでもよかった。ダイキは馬乗りになって俺を二三発殴り、それから、抱きしめた。


 「俺たちにゃ、どうしようもできない!俺たちには………俺たちみたいなガキには…………」「ダイキ…………」「俺たち、弱かったんだよ……………お前は、どこか行かないよな」その一言で、俺の涙腺は崩壊した。


 「何処へも、どこへも行かねえ。ダイキ………俺はどこにも、どこにもいかねえ」

 そんな、花曇りの三月だったのを覚えている。



 「風呂入れおらあ!」「わあびっくりした!口悪いよ母さん」「知るかあ!入れえ!何ベッドでボケっとしてるんだい」「分かった分かったから」


 急かされるように俺は風呂に入った。


 チャポン バシャ あったかい。少しまた、気分が落ち着いた。

 

「ぷはぁ、うまい」風呂上がりの牛乳を思いついた先人に感謝を述べたい。毎日そう思っている。


 「コウタなんで俺よりおやじやってるんだよ」「あ、父さんおかえり」「うん」

 父さんはもう俺より背が低くて、威圧感はどこかへ置いてきてしまったらしい。うちは母さんが何かとうるさいからちょうどいいのかもしれない。


 「父さん、サキさんって、覚えてる?」「あーサキちゃんね。覚えてるよ、懐かしい名前だね、どうしたの急に」「パパー兄ちゃんおかしくなっちゃったんだよ今日ずっとサキちゃんの話してる」「ずっとじゃねえよ」「どうしたんだよ、何だ、ひょっこり出くわしたんか」「いや、うーん」「まああの子は、そうそういない女の子だったよね、かわいいし、元気だし、いい子だったね」「父さんもそう思うの」「そりゃ、思うさ。あそこの親御さんとも仲良くしてもらって、楽しかったなあ」「……そうだよね」「なんだよ悲しそうにして、あれか、あれだろ。また受験期になったからメンタル落ち着かないんだな」「あーあーそうそうそういうこと」

 髪の毛を掻きながら柔く返す。


 「てか兄ちゃん茶髪止めたら?それじゃサキちゃんに会っても気づいてもらえないよ」「え!」

 俺は冷蔵庫の前から、早歩きでリビングに向かい大画面でゲームしている妹による。

 「え、やばい?俺」「うん。めっちゃ印象変ってる。チャラい」「あ、マジか」「いや私前々から言ってんじゃんどうしたの今日に限って」「いや、いいや。ありがとう」「アイカも早く風呂入って!」「はいはいはーい」「ほらお父さんも着替えて、いつまでスーツで座ってんの」「ん?ああ」

 皿洗い場から指令が我が家に響き渡る。俺は疲れたので、もう寝ることにした。明日、サキに会ってみようと思う。


 

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三つ葉のクローバー たかひら @sugariry839492

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