第5話 宗教勧誘
「サンタには創造の奇跡を起こせます」
「創造ねぇ」
「はい。歴代のサンタはそれを使って贈り物を創っていました」
翌日。休日ともあって人の往来は平日のそれとは一線を画す。コンクリートジャングルな都市部の中、
店内で珈琲を楽しんでは無く、店の敷地内の外で丸いテーブルを囲んで楽しんでいた。
他の客や歩行者の視線は奇異なものと気にしていないものとで分れていた。
人ごみに紛れても目立たない服装の聖衣、蠱惑で挑発的な服装だが、現代の服装に染まっているルーシー。そして、藍を基にした黄金色の装飾が施されている貴族風の男、サミュエル。
余りにも異質な組み合わせのグループに、周りの人間は少し驚いていた。
男性はルーシーの妖艶な格好から通り過ぎるまで目が離せず、一部の女性ではあるが、甘いマスクのサミュエルに見惚れている。大半は絶望的な服のセンスにドン引きしている。
「……」
周りの視線が気になると縮こまる聖衣。ちびちびとブラックコーヒーを飲んでいる。
「あ、あの、サタンさ――」
「サミュエルと呼べ」
「サミュエルさん。あのですね、服装どうにかならないです?」
「?」
聖衣が申し訳なさそうに言うが、当のサミュエルは何故困った顔をしているのか分からない。
「ふむ。ングスゥトゥス家伝統の服に一石を投じると?」
「一石って、別にそこまで思ってませんよ」
口惜しいのかコーヒーを口に含む聖衣。
「あのねサミュエル。その服装は浮いてんのよ」
「……貴様は阿保なのか? 戦闘中なら未だしも、我が空中に浮いているとでも? 見てみろ、地面に足が着いているではないか」
「いやね、意味合いが違うってば。その浮くじゃないの。ほら周りの人を見てよ」
ルーシーの言葉に従いサミュエルは辺りの人々を見回す。
パーカーを着ている若者、ワンピースをなびかせる女性、休日出勤ご苦労の会社員。あげるだけでキリがない服装に、サミュエルは怪訝な顔をする。
「だからなんだ。我も申し分ないドレスコードと思うが」
「やっべ~。さっそく折れそう」
眉をハノ字にするルーシーがストローを咥えて啜る。スタイルのいいルーシーは机に胸を乗せている。男性は主にそこを目にするが、まじかに居る聖衣はジト目。あんたも大概だと目で訴えている。
「話を戻しますけど、サンタの創造は万能ではありません」
「だろうな。万物を創造できればそれは最高神の類だ」
「私は知ってた」
なら言っとけと聖衣は視線を向けるが、ルーシーは知らんぷりしている。
「構造と機構を知らなければ創造できません。大昔は木造の人形とかが主流でしたが、今ではゲーム機とかお願いされて、ウルトラC並にムリゲーなんで創造できません。正直、祖父の時代からムリゲーでした」
「ルーシー。うるとらしーとむりげーとは何だ?」
「あんたは黙ってて。後で教えるから」
めんどくさそうな顔をするルーシーに、シュンとするサミュエル。
「……独りの時に試したんです」
テーブルに鈴の証が浮き出る手をそっと置いた。小さく迸る静かな光。まるでそれを隠す様に、手を少し握りこんだ。
そして手を開けると木製の小さなキャラクターがそこにはあった。
「おー」
ルーシーがわざとらしく歓声を上げるが、サミュエルは一目見ると興味をなくし、聖衣を見る。
「こんな感じで創造するんですよ。まぁこれが限界ですけ――」
「あ主に創造の力があるのは既に知っている」
「え……知ってたんですか!?」
聖衣の目が大きく見開く。動揺を隠せないようだ。
「サンタを継承した時から知っている。我が欲しいのはサンタのみ。創造の力なぞいらぬ故、お主にそと力を残しておいた」
「え!? ちょ!? えっはぁあ!?」
椅子から立ち大声で驚愕した。他の客が迷惑そうに聖衣を見る。
「我は神をも凌駕する魔術師ぞ。サンタに付随する力を残すことなど容易い」
「……」
「私も知ってたよ、うん」
笑顔で珈琲を飲むルーシーを見てワナワナと狼狽。力なく椅子に崩れ落ちる聖衣の姿に、堕天使が面白そうに笑う。
「あの、散々悩んでストレスマッハだった時間、返してください。……マジで」
「時間に関してはクロノスにでも頼め。我が回帰してもいいが、時間をいじるとあ奴はうるさくて敵わん」
「ッッ~~」
サミュエルが提案するが聖衣は頭を抱えている。
一呼吸置いて少し冷静になる。結露が着いている珈琲カップを手に取るり喉を潤す。――だがそれは叶わなかった。
「あのー先ほどこちらで神と聞こえたのですがー、お話いいですかぁー?」
突然の来訪者。そそくさと椅子に座る謎の女性の登場に、聖衣は口に入った液体を吹き出しそうになった。
「何者だお主は」
「お、お主……? ぁあ、私は木林と申しますぅー。コスプレですかぁー? 似合ってますねぇ」
「ふむ? 似合ってる、であるか。話が分かる美意識の持ち主と見た。好感が持てる」
「うふふふありがとうございますぅ」
小林と名乗る女は口元に手を当てわざとらしく振舞う。
「お姉さんもこう……セクシーでいいですねぇ」
「ありがとー」
「お兄さんはあー……無難でいいですねぇ」
「え、あ、どうも」
怪しさ満点の小林に怪訝な顔を向ける大学生。その顔を無視する小林はさっそく話に戻る。
「あのですねぇ皆さんは神様を信じますか? いやいや! 例えばの話ですぅ。近頃あまりいい景気じゃないでしょ? お辛い思いをしていると思いますぅ。でも救いの神が解決してくれるとしたらどうですか?」
ねっちこい口ぶり。
(うわぁこれが宗教勧誘ってやつか! 胡散臭せえええ!!)
ネットや口伝えで見聞きしたが、まさか自分が遭うとは思わなかったと顔を引きつる。
「何を言うかと思えば神を信じるかだと?」
「ええはい!」
サミュエルが応える。
「神なぞ信じてたまるか! あ奴らは傲慢を体現する化身だ。怠惰で愚か、鼻歌を奏でながら不貞までする始末だぞ」
「あー、不貞?」
「思い出せぬが何処ぞの神が言っておった、陰茎の数が足らぬと! 呆れて物も言えぬわ!」
ズズッとルーシーが啜っているさなか、サミュエルの物怖じしない対応に驚く聖衣。流石はサタンと内心感心した。
「あー、私の
木林の勢いが増す。
「奇跡だと? サンタではあるまいが奇跡が起こせるのか? ……興味深いな」
「正確には神が教祖様に奇跡を与え、教祖様が体現しているんですぅ。凄いですよぉ光がぴかーって!」
胡散臭すぎて顔が引きつる聖衣。
「実はですねぇ今日、もうすぐ月に一度の会合がありましてねぇ、教祖様が有難みを説いて下さるんですぅ。きっと奇跡を見せてくれますよぉ!」
「ふむ、奇跡を起こせる教祖か……。お主らが信仰している神がどこの誰なのかも気になる……」
顎に指を当てる仕草の貴族に、聖衣は嫌な予感に苛まれる。
「よし。木林とやら、案内を頼む」
「もちろんですぅ!」
「んじゃあ決まりでー」
ごたごたと席を立つ三人。ただ一人聖衣だけは心底嫌な顔をして動かない。
「マジっすか二人とも! 怪しさ100%に胡散臭さ1000%なんですよ!?」
「よく言われますぅ」
「あ、すみませんハッキリ言っちゃって」
真顔で顔を合わせ再び慌てふためく。
「これって宗教勧誘ですよ!? 変なツボとか変な数珠とか高額で買わされるかもしれないですよ!?」
「それもよく言われますぅ」
「あ、すみませんまたハッキリ言っちゃって」
又もや真顔になる。
「クロスっちも心配性だねー。買わされるなら色々身に着けているでしょ? 木林さんはそういった類は身に着けていない」
「クロスっち……」
木林が首を縦に何度も頷く。
「よってその心配は無し。大丈夫だってー顔出しするくらいだし、いつでも帰れるじゃん」
「引き留めませんよぉ」
「それでも俺は行きません! 行くなら勝手にどうぞ!」
半ギレ状態で珈琲を飲む。喉を鳴らして飲むと、貴族が聖衣に小声で話しかけてきた。
「お主は我の連れだ。危険があれば我が全力で守ろう」
「……あの、別にそんな仲じゃ――」
「目の前に堕天使とサタンが居る。だが神の存在は疑ぬのか?」
「……」
心の奥底に閉まってあった興味の意思。それを刺激するサミュエルの言葉が聖衣の心を大きく揺さぶった。
(サンタだった俺にルーシーさんとサミュエルさん。……マジで神様っているのか? でも木林さんには悪いけど余りにも胡散臭いのは事実。……堕天使にサタン、次は神と来たか――)
無言で様々な表情を変える聖衣。しびれを切らしたサミュエルが、突然聖衣を抱きかかえ歩を進めた。
「ちょ!? 何やってんスか!? 降ろしてください!!」
「行くぞ」
お姫様抱っこな状態に焦る。周りの人々は何事かと注目する視線をサミュエル達に送るが、その奇異な視線が聖衣にとって恥ずかしさでしかなかった。脂汗が額に浮き出ている。
「ちょっと! 降ろしてくださいって! もう! 行きます! 行きますよ! 自分で歩くから降ろしてえええ!!」
「クロスっちズルいー。嫉妬しちゃうなー」
「降ろして! マジで降ろしてえええ!!」
◇
そこは少し大きめな体育館だった。施設には色んな部屋があったが、三人が案内されたのは広々としたメインのコート。聖衣は中学時代や高校時代の体育館を彷彿とした。
「どうぞぉ」
コート入口の受付から手渡される。案内役の木林と三人に配られるラベルの無いペットボトル。中は透明の液体で水だと分かる。
珈琲を飲んだ後で喉が渇かない聖衣。不要の飲み物だと手に持ちながら周囲を見回す。
「……結構人いるじゃん」
思いのほか人がいて内心ホッとすると同時に、自分含む全員騙されるカモだと卑屈に思った。少し泣きそうになった。
「んぐ、んぐ、ン」
ルーシーがペットボトルの水を飲んで口を離した。飲み口から唇に連なる唾液の糸を見た聖衣は、何処か背徳感を感じ、イケナイと自分を叱咤した。
「……」
「っ」
――背筋が凍り付く。おちゃらけた大らかな印象の女性、ルーシー。いつもニヤケ顔な彼女の顔が信じられない程に無表情。精巧な人形と見間違う感情のない顔、何処までも深い底のない黒い瞳。
聖衣は生まれて初めて真の恐怖を覚えた様な気がした。
だが、なぜ、とルーシーの反応を理解に努めるが報われない。決して報われない。
木林が水を飲むのを視界に入ると、サミュエルが飲み終えた後だった。
「……戯れだな」
意味不明なサミュエルの呟き。木林の異様なまでのカブ飲みを見たからなのか、手に持つ水が非常に気になった。
見回すと他の人々もゴクゴクと水を口にしている。
それなら俺もと蓋を開けようとするが――
「やめておけ」
「え?」
サミュエルにペットボトルを強引に回収された。驚く聖衣だがサミュエルの顔が真剣そのもので又も驚いた。
「あの、やっぱヤバい何かが入ってた……とか?」
「……」
小声の質問を無言で返答される。さっそくため息をついて後悔したと嘆いた。
「――すみません遅れてしまって……。あの、会場ってここですか?」
スッと耳に心地よく入る綺麗な声。まるで手繰られるように視線が声の方へと向いた。
「……なんで」
自然と言葉が出た。同じく受付から水を貰う女性。早足で会場に入ってくるとルーシーの横で立ち止まった。
「ふぅ。あつい……」
女性が最後のようで、会場と受付を隔てる様に扉が閉まる。走ってきたのか額には汗が滲み出ている。
「んよいしょ」
「ぁ」
少し力んで蓋を開けた。乾いた喉を潤すようだ。
「ダメ」
「ッ!?」
隣のルーシーが女性の腕を掴み阻害する。何事かと女性が目を合わせるが、深淵を覗かせるルーシーの目に怖気づいてしまう。
「飲むならコレ飲んで」
「え、あ、ありがとう……ございます……」
手渡されるラベルの付いたペットボトル。怪訝な顔をしながら蓋を開けて今度こそ喉を潤した。
「……な、なぁ、
「……三田くん? なんで三田くんがここに」
「それは俺のセリフだよ!」
小声で話す二人。どうやら知人同士でお互いに驚くが、突然照明が落ちて暗がりになる。
「本日はお時間を頂き誠にありがとうございます。お待たせいたしました。我ら
壮大で寛大な曲が鳴ると同時に舞台の幕がゆっくりと上げられる。白煙が煙る幕裏から徐々に姿を現したのは、日輪を背景にした奇抜な装いな男性がそこに立っていた。
「覇ァアアアアア!!」
後ろの日輪の後光から眩しい光が迸った。
サタンクロースのキャロル 亮亮 @Manju0501
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