因果律の目の継承者

ちびまるフォイ

因果の種

ある日の夢の中でホッキョクグマが話した。


「君には特別に"因果律の目"を与えよう」


夢はそれだけで途切れてしまった。

次に目を開けると世界は変わって見えた。


「な、なんだこれ……未来が見える!?」


自分の目に入る映像にはその後の未来が見えるようになっていた。

さらに言えばその先の未来まで見通せてしまうおまけ付き。


風が吹くだけで、桶屋が儲かるところまで見えてしまう。

どの蝶が羽ばたけば、どこに台風が起きるかもわかってしまう。


「なんてすごい力を授かってしまったんだ……!」


こんな特別な力を得たのはきっと意味があるはず。


この力を使って悪さをすることなんていくらでもできるが、

この力はすべて人のためにいいことのために使おうと思った。


外へ出ると、そこにはたくさんの因果がアーチ状の糸のように飛び交っていた。

そのうちのひとりに声をかける。


「あ、坊や。ちょっといいかい」


「え? なに?」


「靴紐がほどけているよ」


「あとで結ぶよ」


「今やったほうがいいみたいだね。ほら転ぶと危ないから」


「……まあ、うん」


子供はしぶしぶ靴紐を結んだ。

これによりガソリンスタンドの大爆発事故を防ぐことができた。


子供は友達と会うために走り出したときに紐が道の穴にひっかかる。

ころんだ拍子に突っ込んできた車が急ハンドル。

玉突き衝突事故で大きな爆発音に驚いた、ガソリンスタンドの人が手を離す。

そこに通りかかった通行人の歩きタバコでガソリンスタンドだ大爆発……。


という未来を事前に防ぐことができた。


誰にも感謝されようがないけれど、不思議な達成感があった。


「俺はひとしれずこの街を守っているヒーローだ!」


悪い人がやってきて危険が訪れるケースのほうが少なく、

この世界は小さなボタンのかけちがいから生じる危機のほうが多い。


それを防ぐ自分はまさにヒーローそのものといえる。



それからもヒーロー活動は続けていった。


「これでよし、と」


道端に空き缶をセットして準備完了。

これで明日に発生する電車への人身事故を防ぐことができる。


「だいぶ遅くなったなぁ。早く帰らなくちゃ」


家に帰ろうとしたとき、電車のライトで照らされた。


「きみ、なにしているんだね」


逆光に目がなれるとライトのむこうに警官が立っているのが見えた。


「今は家に帰ろうとしていたんです」


「そこじゃなくて。見ていたよ。君、そこに空き缶捨てただろう」


「いやこれは捨てたんじゃなくてセットしていたんです。明日の人身事故をーー」


「なぁにをわけわからないことを言っているんだ。ゴミは持って帰るんだ」


「それを持って帰ったら明日人が死ぬんですよ!」


「明日のことなど君にわかるわけないだろ!」

「わかるから言ってるんです!!」


「だったら証明してみろ!!」

「証明できなくちゃ能力ないのかよ!!」


「ええい! 私はこの街の交番につとめて30年!

 どんな小さな悪いことも見逃さない! 罪に大小はない!

 君がそこのゴミを拾わないというなら許さないぞ!」


「目の前の小さな悪事を防いだつもりになって、

 明日のもっとひどい不幸をまねくことになるんだぞ!!」


「さっきからその口の聞き方はなんだ!! ちょっと来なさい!!」


明日の事故を防ぐためにセットした空き缶も回収され、

警察署に連れて行かれては事情聴取と言う名の拷問を受け続けた。


どの問いかけも自分をポイ捨てした悪人と認めさせようとする誘導尋問ばかり。


「なんで……人助けのためにやったのにこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんだ……」


「あ? なんか言ったか?」


「俺は人のために、この街から不幸を少しでも減らそうとしていたのに……。

 未来を見ていないお前らのせいで……こんな……こんな……」


誰にも褒められることはなかった。

それでも我慢はできた。


それなのに、悪人扱いされるなんて理不尽すぎる。


そう思い始めるとこの世界の人間すべてが憎たらしく思えてきた。

一方的に尽くし続けた自分が馬鹿みたいに思えてきた。


「もういいこんな世界……ぶっ壊してやる……」


「……こいつ反省していないな。おい、取り調べ室につれていけ」


部屋に軟禁された、ここを出る必要はもうなかった。

この世界の人間すべてを死に至らしめることなど軟禁されていてもできる。


「おいお前、何をやっているんだ」


「……」


因果の見えない一般人には何をやっているか理解できないだろう。

部屋のすみっこに鉛筆を置いたり、急に壁をひっかいたりするのを見て頭がおかしくなったと思うかもしれない。


下準備を終えると、因果が動き出していく。


「ふ、ふふふ……」


「お前……何を笑っている」


「なにも知らないほうが幸せなこともあるんだよ」


「……ぐっ!? な、なんだ……息がっ……苦しい……!」


テレビでニュースが報道されるよりも早く、殺人ウイルスは世界を席巻した。

人間が対策する時間をも与えない速度でウイルスは人間をまとめて死に絶えさせた。


そのはじまりが部屋のすみっこに置かれた鉛筆だとは誰も思うまい。


「見えるものしか感謝しない罰当たりなクソどもめ! みんな、みんな死んじまえーー!!」


まもなく自分にもウイルスは浸透し、苦しむまもなく息絶えた。

かつて地球を支配していた人間という動物は絶滅することとなった。



地球は時間をかけてもとの自然を取り戻し、

すみかを奪われていた動物たちも元の場所へと戻っていった。


そして、言葉にはできなくとも同じ感謝を思い浮かべていた。



「ありがとう、ホッキョクグマさん! あなたの見立てのとおりです!」

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