夢の明け

5 終

 七月になると魔法少女の噂はなくなった。今じゃ夏休みの生活が話題になっている。

 この夏は地元に帰る予定だ。改めて自分の過去と向き合えて、そんな気になった。

 幻想を見て以来、両親には迷惑をかけたと反省はしている。でも、怖くって、サカトーに逃げた。僕は弱虫だ。だけど弱虫なりに成長できたとは思う。

 道久に昔のことを話して、成瀬にも、絵空さんと僕が戦っていた真実さんについても、全部話した。信じてくれたかは分からない。二人は解決したことについて安堵していた。

「これで絵空さんの追求とかはいいよ。いままでありがとう成瀬」

「いや、力に慣れなくてすまなかった」

「そんなことないよ。成瀬に相談出来て心強かったし……」

 と、道久がわざとらしく咳をした。

「ま、一番は道久だったかな……なんだかんだ巻きこんじゃったし」

「そうそう! 最後はのけ者状態で」

「だから! そんなことは無かったって!」

「ま、こっちもこっちで解決したからいいけどさ。で、矢神。お盆前暇だろ? どこか行かないか?」

「どこかってどこ?」

「東京に決まっておる」

「僕そんなお金ないし、それに……」

「む、矢神は色恋沙汰があったか」

「ん。そうだったな」

「だだだだから! そんなんじゃないってば!」

 ボストンバッグを強く叩いて否定しても、二人はニヤついたままだ。

 好きかどうか言われても分からない。生身の人に恋をしたことがないからだ。

 そんなことより、東京か。行ってみたい。だけどそのお盆前は、絵空さんとお祭りに行く。その数日後は、真実さんのお墓参りをする予定。行く暇はない。

「二人はここにいるんでしょ?」

「そうだな。家近いし」

「帰ってもすることはないし、な」

「じゃあ……次に会うのは登校日だね」

 登校日は八月の中盤にある。けっこう先だ。それまで二人に会えないのは寂しい。

「……じゃあ、もうすぐでお母さん来ると思うから」

「おう」

「うむ」

「きっとお手伝い三昧だろうけどね」

 名残惜しさが心に残る。けど永遠にお別れってわけじゃない。また会える。

 二人に手を振って、重たいカバンを肩にかけて寮を飛び出た。外は蒸し暑く、セミの声がうるさい。帰省する人たちでごった返す駐車場をかき分け、お母さんを探す。

 ふと、視界に絵空さんが入り込んだ。花柄のワンピースとサンダルといったラフな服装で、誰かを待っていた。短く切った髪は涼しげで、少しだけ風になびいている。ときたま汗をぬぐう仕草が色っぽくて見惚れてしまう。

 そういえば、絵空さんは「絵空事」の「事」抜いて呼ばせているのか聞いていなかった。僕の推測だと、サカトーに戻ってきたときから変えたと思う。昔の自分と決別する為に。なんだかよくありそうな話だ。

 絵空さんは僕に気づくなり、顔を逸らした。最近ではいつもこうだ。

 ……やっぱりあの発言は不味かっただろうか。何を言っても絵空さんはぶっきら棒で、ツンとした態度だ。この間までの女子高生っぽさはどこへ行ったんだろう。

「楓!」

 懐かしい声が僕を呼ぶ。汗が目に入りそうになった。振り向くと、路上には銀色の軽自動車があった。運転席にはまるまると太ったお母さんがいる。

 絵空さんを一瞥して、車に向かって走った。


***


 真実の幻影は見なくなった。あの日以来、変な事が起きる事も無く平和な日々が続いた。久崎は大人しくなったし、舎弟らもいつも通りになった。二宮だけ魔法少女について不思議だとか話していたが、もう興味はなくなったらしい。今じゃ夏休みのことで頭がいっぱいだと話す。彼女らと祭や海に行く予定も決めてあるし、今年は騒がしい休暇だ。

「んじゃ、またメールしますね!」

 ポニーテールを振り回して、二宮は黒色の車に乗り込んだ。彼女も帰省組だ。そういうあたしも、地元に戻る。

 ばっさりと切った髪が、首に張り付く。

 ふと視界に矢神がうつった。

 あいつは、真実がいなくなって落ち込んでいたと思っていたらしい。矢神の友人が、教えてくれたのだ。別に、あたしは落ち込んでなどいない。ただ、心から変わろうと思えた。

 真実は、あたしを責めていなかった。あたしと仲直りがしたくて遊びたかっただけ。でも不器用だから、こうすることしか出来なかったのだろう。

 あくまで推測だ。直接真実から聞いたわけでは無い。

 あたしも、真実と仲直りがしたかった。そして謝りたかった。真実を迫害したとか、そんなこと思っていない。みんなと、舎弟らと一緒に笑い合って遊びに行きたかった。

 矢神にはそのことを全て話した。しかし、天然なのかなんのなのか、アイツは笑顔で言い放った。

「僕にとって、絵空さんは魔法少女です」

 もう魔法少女は散々っていうのに、矢神は、あたしを魔法少女だ……って。

 どういうつもりで魔法少女と言ったのか分からない。視界の端にいる矢神はあたしを見ては目を逸らし、遠くを眺めていた。小柄な体に不釣り合いなボストンバッグは膨らんでいる。一体何を詰めたのだろう。少し気になる。

「ま、いいけどさ」

 彼と次に会う日は地元の祭りの日だ。偶然なのか、矢神の家もといお店は近くにある。しかも、そのパン屋は、小さい頃通っていた店だ。通りであのパンは見覚えがあった。

「真実、もう化けてでるなよ」

 真実の墓参りを終えたら、魔法少女と言ってきた意味を問詰めてやろう。

 何故だろう。二宮たちと遊びにいくより、矢神との祭りが楽しみで仕方がない。



 思い出の机の裏、そこには写真があった。真実とあたしのプリクラ。慣れないせいかデコレーションはぎこちない。でもどうしてあんな所に隠したのだろう。

 きっと、真実のことだから、サプライズで渡そうとしたんだ。封筒の中にはプリ以外にも手紙があった。

『ユメは、ウチの親友で素敵な魔法少女だよ』

 あたしのどこが魔法少女だろうか。どいつもこいつも魔法少女って。

 杏仁豆腐風の豆乳を一気飲みして、空を見上げる。

眩しいぐらいの晴天が広がっていた。


***


 車内は涼しく汗が一気に引いた。

 お母さんはあれやこれや一気に話しかけてくる。それらに一つ一つ返事をして、不意に絵空さんを思い出した。

 僕にとって憧れで最強の存在そのものの、絵空さん。想えば想うほど心の奥が疼く。

「あのね、母さん」

「どうしたんだい?」

「魔法少女は、いたんだよ」

 夢のようだったあの日々を僕は忘れない。

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絵空事ユメは魔法少女なのか 洞木 蛹 @hrk_cf

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