第2話
冒険者ショップの買取カウンター。査定担当のお兄さんが渋い顔を見せた。
「うーん……これは買い取れませんね」
査定台に置かれているのは、先日、私たちが遺跡で見つけた戦利品だった。蛍光灯の下だとそのオンボロ具合がよく目立つ。正直、店員さんの背後に飾られた初心者向け装備の方が質が良さそうだ。
「あはは☆ お兄さんってば焦らし上手なんだからーっ☆ こう見えてダンジョン産の武器だよー? ほら、見た目はオンボロでもさ、なんかこう……秘められた力ーみたいなのがあったりーなんて?☆」
上目遣いで尋ねる恋歌ちゃん。その愛らしさは、ファンなら一瞬で心奪われそうなほど。
それなのに査定担当のお兄さんは表情すら変えず。ただ淡々と事務的に答えた。
「無いですね。何度も【武器鑑定】しましたけど、特別な機能はありません。性能もヴァルカン社のビギナーシリーズ以下ですし、デザインもあちらの方が洗練されてます。はっきり言って……この武器は売り物になりません」
まぁ、そうだよね。どこからどう見ても、ただのオンボロな木弓だし。過度な期待はしてなかったので、彼の言葉はすんなりと私の腑に落ちた。
「へ、へぇ……そうなんだぁ☆」
だけど恋歌ちゃんは引き下がらなかった。
……と言うよりかは店員さんの薄い反応が、彼女のアイドル魂に火を着けちゃったみたい。
「えへへ、じゃあさー☆ 恋歌ちゃんがぁ、サイン書いて上げるってのは、どーかなぁ?☆」
完璧な角度から放つ必殺スマイル。もちろん、彼女の武装はそれだけじゃない。単体ですらファン垂涎モノの
それはともかく! 恋歌ちゃんは、その
「こう見えて恋歌ちゃんてば、絶賛人気急上昇中の冒険者アイドルなんだよねぇ☆ そんな恋歌ちゃんのサイン入り武器……お店に飾るだけで100%バズること間違いなしだよー?☆」
言葉の末尾──疑問符のタイミングであざと可愛いウインクを決め込む恋歌ちゃん。同じ女だからこそわかる、その計算尽くされた動作の凄まじさ。すごいなぁ……これがアイドルなんだ。
「はぁ……落書きは汚損扱いになるので余計に買い取れません。
そんなカワイイの文字を具現化したような存在である恋歌ちゃんの力をもってしても──このお兄さんには敵わなかった。戦闘時間は僅か30秒。カップ麺が出来上がるよりも早く、恋歌ちゃんは撃沈してしまった。
「ゴゴゴ、ゴ、ゴミ……だとッ!? れ、恋歌ちゃんのサイン入り武器がゴミですとぉー!? ふぎぃー!! アイドル舐めんなっー!? こちとら、その落書きで飯食っとんじゃーい!?」
「れ、恋歌ちゃん! 落ち着いて!? 店員さんもお仕事だからねっ!?」
「恋歌、地声が出てる、ですよ」
今にもお兄さんを刺し殺してしまいそうな勢いで暴れ出す恋歌ちゃん。そんな彼女を、私と東雲ちゃんは必死に抑えつけながら冒険者ショップを後にした。
そんなこんなで武器の買取査定は徒労に終わり。件の武器の売却を潔く諦めた私たちは、第二の目的であるカフェを訪れた。
「はぁ……あの店員さん……超☆美少女アイドル冒険者の恋歌ちゃんを知らないとか、マジありえなくないですか?」
机に項垂れ、くるくるとグラスの氷をかき混ぜる恋歌ちゃん。吐き出す言葉からは自信という自信が失われていた。無理もないと思う。私だって自分ができる最高峰のアプローチを、好きな人に仕掛けて撃沈したらヘコむもん。恋歌ちゃんの場合は立場や関係性が違うけど似たようなものだ。どんな場合であれ、女の子が本気出すってのは、そういう事なのだ。
「まぁ……人の趣味はそれぞれですから。私も恋歌の活動のことは、よく知りませんし」
「それ全っ然、慰めになってないんですけどぉ……? てか知ってよっ!? この前ライブDVD全部貸したじゃないですかっ!?」
「……すみません。まだ、見てないです」
「い、一枚も……?」
「一枚も、です……すみません、本を読んでたら見る時間が……」
バツが悪そうに答える東雲ちゃん。それを聞いた恋歌ちゃんは、またもや机に突っ伏した。
「うぐっ……パーティーメンバーにすら認知されてないなんて……! 恋歌ちゃんの知名度なんて所詮その程度なんだっ!」
「だ、大丈夫だよ……! 私はちゃんとアイドルとしての恋歌ちゃんも知ってるから! 今朝だって恋歌ちゃんのインタビュー記事見たしね?」
「あやか……好き……結婚しよ☆」
慰めた途端に、顔を上げて瞳に星を宿す恋歌ちゃん。
た、立ち直りが早いなぁ。まぁ、元気が出たなら何よりだけどね。
「恋歌、ちょろい」
「こらこら☆……ってもうツッコまないからねっ!? そう何度も同じ手でイジられる恋歌ちゃんではないのだ☆」
「むう、残念です」
「そういうの口に出すのは良くないんだぞー☆ そんな意地悪な東雲ちゃんには、後でたんまりハグの刑だから、覚悟してね?☆」
「ごめんなさい、恋歌。謝るので、それだけは……」
即座に眉をハの字にする東雲ちゃん。普段から表情変化が少ない彼女が、ここまで感情を顕にするのは珍しい。待ち合わせ時に受けた恋歌ちゃんのハグ攻撃が、それだけ堪えたんだと思う。もちろん恋歌ちゃんが嫌という訳ではなくて、単純に東雲ちゃんはそう言ったスキンシップが苦手なだけだけど──、
「そこまで拒否っちゃうっ!? 恋歌そろそろ泣くよ!? 泣いちゃうよっ!?
ぴえん!」
「あ……ところで、恋歌。管理局への用事は、大丈夫なのですか?」
「わぉ、華麗にスルー来たコレ☆ ……んまぁ、たぶん何かの案件だし大丈夫かな? 来る前にマネージャーに諸々押し付けといたから☆」
「案件? 管理局から、直々に依頼、ですか?」
東雲ちゃんが怪訝な表情を見せる。彼女の反応が気に入らなかったのか、恋歌ちゃんはむっと唇を尖らせた。
「あ、あのぅ……東雲ちゃん……? 恋歌がアイドルってこと忘れてない? まだネット中心だけど広告とかインタビューとか、そこそこ出てるんですけどっ? ほら、管理局も色々出してるじゃないですか。活力ポーションとかマッチングアプリとか。たぶん、そっち系の広告案件かなって感じ☆」
「それって結構大事な仕事の打ち合わせ的なものなんじゃ……? こっち優先して良かったの?」
正直、私みたいな一般人からすれば、商品広告に出るというだけで物凄いことだと思う。だけど恋歌ちゃんは、そこまで重要視してないみたい。ふるふると首を振って否定した。
「だめだめ! 自治体の広告如きで依頼主媚びてちゃ! そんなんじゃ一流アイドルにはなれないんだぞっ☆」
「そ、そうなんだ……?」
「それに、あっち系の仕事って税金から予算でるでしょ? それもあって色々と煩いし制約も多いから、とりあえずマネージャーに任せとくのが一番なわけ☆」
「なるほど。確かに、冒険者の報酬は、電気代から賄われてますが、それ以外は違いますからね」
感心したように吐露する東雲ちゃん。彼女のそんな反応を引き出せた事に満足したのか、恋歌ちゃんが嬉しそうに笑う。
「そそっ☆ てなわけで──今日の恋歌ちゃんは一日フリー! 絶賛遊びまくりますよーっ☆ 美少女冒険者トリオの休日……うーん、バズり間違いなしっ! あ、写真公式ミンスタに載せちゃっていいです?☆ ま、カフェ着いた時に撮ったやつ、もう載せてるんですけどね!☆」
理力を溜めて、聖弓でぶっ放す! ぷらむ @Plum_jpn
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