第1話

『ダンジョンが現実のものとなった現代。

 そ魔獣と呼ばれる生物を狩り、エネルギー資源を始めとした物資を収集する職業。


 ──それが冒険者である。


 化石燃料が枯渇した現代において、彼らは国内インフラの要石とも呼べる存在。

 今回は、数少ないAランク冒険者でありながら、ネットアイドルとしても活躍する夢川ゆめかわ恋歌れんかちゃんに密着取材!!』


「わぁ! 恋歌ちゃんまた記事になってる。すごいなぁ」


 ダンジョン攻略から一夜明けた朝。

 私はタブレット端末を人差し指で滑らせながら吐露した。

 コーヒー片手に眺めていたのは、新メンバー恋歌ちゃんのネットニュース記事だ。

 何を隠そう、彼女は史上初のアイドル冒険者として、その名を轟かせる有名人なのだった。


「いつ見ても可愛いなぁ……羨ましい」

 

 記事のトップに添付された恋歌ちゃんの写真。

 そのあまりの可愛さに、思わず羨望の声が漏れる。

 フレッシュなアイドルらしく、パステルピンクとパステルブルーのツートーンカラーで染め上げたツインテール。

 幼さの中に小悪魔っぽさを秘めた、愛くるしい顔立ち。

 同性から見てもその愛らしさには、つい夢中になりそうなほど。

 近年、女性アイドルにハマる女子が増えつつあるのも、彼女を見ていれば充分に頷けた。

 そんな彼女とパーティーを組んでいること自体、自分でも驚きだ。


「あ、もうこんな時間。支度しなきゃ」


 タブレット端末に表示された時刻を見て、私は立ち上がる。

 今日は行きつけの冒険者ショップに向かう予定があるのだ。

 その理由はもちろん、昨日手に入れた弓の査定のため。

 天職的に装備可能だからといって二人が私に譲ってくれたのだけど、流石にそれは申し訳ないと思った。

 そこで、一度この弓を買取査定に出す事を私は提案した。

 もしも資産的価値があるなら、私がその分のお金を二人に分配しようというわけだ。

 見た目はあまり高価そうに見えないけど、それでもダンジョン産の珍しいアイテムだしね。


(あ、そうだ。ついでだし甘いものでも食べよっかなー)


 服を着替えながら、そんなことを考える。

 最近、流行りの『マリトッツォ』とやらを一度食べてみたかったのだ。

 よし、そうと決まれば東雲ちゃんも誘ってみよう。

 着替えを終えると、さっそく私はスマホで彼女にメッセージを送った。



 ◇



 待ち合わせ場所のモール前には、既に東雲ちゃんの姿があった。

 どうやら一足先に待ち合わせ場所に着いていたらしい。


「お待たせ、東雲ちゃん。ごめん、待ったかな?」


「……大丈夫、です。私も、さっき着いたばかり、ですから」


 私が声をかけると、東雲ちゃんは手に持っていた文庫本を閉じて鞄に仕舞い込んだ。

 それから、何やら複雑そうな表情で私の顔を見る。


「それより、実は──」


「──やっほー☆ みんなのアイドル恋歌ちゃんだよっ☆」


「うひゃっ!?」


 突然、後ろから抱きつかれて思わず変な声が出る。

 首をひねって後ろに目を向けると、そこには恋歌ちゃんの姿があった。


「れ、恋歌ちゃん? どうしてここに?」


 私が尋ねると、恋歌ちゃんは少し拗ねたような目を見せた。


「どうしたもこうしたも。あやかと東雲ちゃんが遊ぶって聞いたから、恋歌も来たんだよ☆ てか、恋歌だけ仲間外れなんて酷すぎなんですけどー!」


「ご、ごめんね……?」


 どうやら自分だけ誘われなかったことが不服らしい。

 かまって欲しい時の猫のように、彼女は私の背中にぐりぐりと額を押し付けた。


「ごめんなさい、あやか。ちょうど、恋歌からも、管理局についてきて、欲しいと頼まれまして。あやかと遊ぶからまた今度、と断ったら、なぜか来てしまったです。……ほら恋歌。グミあげますから、少し、落ち着くです」


「ふぁ!? 恋歌ちゃんの扱いが雑いんですけどっ!? そこそこ人気な冒険者アイドルの恋歌ちゃんがそんなグミに釣られるとでも……もぐもぐ、あ、美味しい」


 あ、ちゃんと食べるんだ。

 私の背中に貼り付いたままグミを食べさせてもらう姿は、さながら餌付される小動物みたいだった。


「しょうがないなぁ……美味しかったから許してあげる☆」


 しかも意外とちょろかった。

 東雲ちゃんも私と同じ感想を抱いたみたい。

 感情の乏しい紫紺の瞳で恋歌ちゃんを眺めた後、ぽつりと呟く。


「恋歌、ちょろい」


「こらこら☆ 思っても口にしちゃいけない言葉だってあるんだぞっ☆ ……ってこのやり取り何回目っ!? 東雲ちゃん恋歌に冷たくないっ!?」


「冷たく、ないです」


「ホントに? じゃあギュってしていい?」


「……やめて、ください」


「むぎゅー☆」


 問答無用とばかりに抱きつく恋歌ちゃん。


「……」


 東雲ちゃんは抵抗こそしないけど、ジッと私の顔を見つめてくる。

 多分、なんとかして欲しいという意思表示なんだろうけど、私は少しだけその様子を眺める事にした。


 なんだか、微笑ましかったのだ。

 少し前まで私も東雲ちゃんも、こうやってふざけ合う余裕すら失ってたから。

 

(もう二ヶ月──いや、もっと経つのかな)


 仲間が──青桐くんと熊田さんが亡くなってから、それだけの時間が経っていた。

 もう平気と言えば、それは嘘になるけど。

 それでも、こうして和やかな時間を楽しむ余裕くらいはできたのだと思う。


(そのキッカケをくれた恋歌ちゃんには感謝しないとね)


 一時は悲しみに暮れて、探索どころじゃなくなった私たち。

 そんな中、冒険者マッチングアプリに届いた恋歌ちゃんからの加入申請が、私たちがまた活動を再開するキッカケになったのだ。

 多分、本人は私たちの状態なんて露知らずで、ただただ出しっぱなしにしてた募集文を見つけてメッセージを送ってくれたんだろうけどね。

 

「あやか……笑ってないで、このハグ魔から、助けてほしいです」


 そんな事を想いながら微笑んでると、東雲ちゃんが催促を出した。

 どうやら、そろそろ限界らしい。私は慌てて助け舟を出す。


「え? あ、ごめん! えーっと……とりあえず、行こっか?」


「そう、するです。ほら、恋歌、離れるです」


「えー? 東雲ちゃん、いい匂いするから、もうちょっと引っ付いてたいのに☆」


「普通に、キモい、です」


「き、キモ!? やっぱ恋歌に冷たいよねっ!? うわんっ!」


 こうして恋歌ちゃんも合流して三人となった私たちは、冒険者ショップに向かうことにした。

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