理力を溜めて、聖弓でぶっ放す!

ぷらむ

プロローグ

 ──【腐の森コープスウッド


 アンデッド系の魔獣が多く生息するB級ダンジョン。

 蠢く亡者が支配する魔の森に彼女──東雲ちゃんの透き通る声が響いた。


「召され、なさい──【聖神之御手アルメシア】」


 静かに詠唱を終えた彼女。

 すると、その小さな身体から無数の光る腕が伸び始めた。


 ──【聖神之御手アルメシア


 彼女が発動したのは神官系統の上位天職のみが会得する聖属性最高位の魔法だった。

 その聖なる手は、私たちの周囲を取り囲んでいたアンデッドたちに次々と触れてゆく。

 そっと優しく、そっと撫でるような。

 攻撃魔法とは思えぬほど、静かで、穏やかな動作。


 ──たった、それだけで。


 たったそれだけでアンデッドたちは、声すら上げず灰となって崩れ落ちた。


 彷徨える亡者にとって。

 それは、この世でもっとも優しく。

 そして、この世でもっとも残酷な魔法だった。


(すごいなぁ、東雲ちゃん。私も頑張らなきゃ……!)


 親友の腕前に感化されて、私も気を引き締める。


恋歌れんかちゃん! 大きいの放つよ!」


「おっけー☆ 恋歌は準備万端だよっ☆」


 私は前方でタンクを受け持つ新たなメンバー、恋歌ちゃんに声をかけた。

 恋歌ちゃんは、魔装士と呼ばれる珍しい天職を持つ女の子だ。

 その戦闘スタイルも珍しく、スキルで生み出した魔装具を装着してステータスを変動させて戦うというもの。

 基本的に耐久力が高いので、私たちのパーティーでは主にタンクを担ってくれていた。


「えいえいえいっ! 出力全開! 恋歌ちゃんラーッシュ☆」


 そんな彼女が相手しているのは──首の無い不気味なオーラを纏った騎士。

 このダンジョンのレアボスである高位アンデッドの首無し騎士デュラハンだった。

 ボスというだけあって、その強さはAランク上位からSランク下位相当。

 タンク寄りの魔装具を装着する恋歌ちゃんでは、少し火力不足だった。


「だからこそ、私が決めなくちゃ!」


 高クリティカル率の一撃こそが、射手アーチャー系統の強みだ。

 ならば、聖樹の射手ガーデンキーパーの私が狙うはただ一つ。

 

 ──大物殺しジャイアントキリングである。


はなつよっ! 【爆炎矢バーストアロー】ッ!」


「はぁい、恋歌ちゃん緊急離脱っ☆」


 私が放った炎属性の矢は、熱風を巻き起こしながら首無し騎士デュラハンに向かい──刹那の間にその胸部を穿つ。

 命中したと同時に、首無し騎士デュラハンの肉体が業炎に包まれた。


「グオォォォォッッ!!!」


 ゴウと燃え盛る火柱の内側から、苦悶の声が響き渡る。

 多分だけど、この一撃で倒しきったと思う。

 たった今放った矢に付与された火属性は、聖属性に並ぶアンデッドの弱点だもの。


 それにこの威力は属性の恩恵だけじゃない。

 私の天職だけが持つパッシブスキル──【鷲獅子の眼グリフォンアイ】は、対象とした魔獣一体を狙い澄ました秒数だけ威力とクリティカル率を増加させるのだ。

 その最大火力は威力を五倍まで引き上げ、クリティカルは確定と破格の性能。


 ──まさに単体狙撃に特化した究極のパッシブスキルだった。


「さすが、です。たとえ、アンデッドでも、ボスはあやかに任せるのが、一番、ですね。お疲れ、ですよ」


 ボスが灰となって消滅したのを確認した東雲ちゃんが、私に労いの言葉を投げかける。


「ありがとう、東雲ちゃん。でも、ここまで威力を出せるのも二人が時間を稼いでくれるおかげだよ」


「そうだぞー☆ あんな首なしキモオジサンとガチ殴り合った恋歌は偉大なんだからねー☆ もっと恋歌ちゃんを褒めろ、褒めろぉ☆」


「ひゃっ!?」


 私がそう答えると、恋歌ちゃんが抱きついてくる。

 薄々気づいていたけど、彼女は東雲ちゃんと違ってスキンシップが激しめのタイプだ。

 事あるごとにこうして抱きつかれている気がする。


「ふふ、恋歌ちゃんもありがとう。いつもタンク引き受けてくれて助かってるよ」


「えへへ、でしょでしょ☆ さっすがー! あやかはわかってるぅ☆」


「恋歌、あやかが困ってるです。それに、ダンジョン内で、不用意にハグするものでは……」


「またまた、東雲ちゃんもハグして欲しいでしょ? ほら、むぎゅー☆」


「そ、そんな、ことは、一言も、言ってないです……」


 東雲ちゃんは気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 だけど恋歌ちゃんはそんなことはお構いなしにと、嬉しそうに彼女を抱きしめていた。


「それにしても──このダンジョンにこんな隠しエリアがあったなんて驚きだね」


 一息ついてから私が切り出すと、東雲ちゃんがコクコクと頭を縦にふる。


「これまでの記録でも、このような、場所は、報告され、てないです」


 私たちが今いる場所は、森林の中に佇む古代遺跡のような場所だった。

 時折、ダンジョンでは人の手で作られたかのような建造物が出てくることがある。

 例えば……【大神殿】なんかも、そうした人工物があるダンジョンの一つだ。

 だけども、この【腐の森】で確認されたのは今回が初めてだった。


「ま、確かによくわかんない場所だけど、ボスは倒したし大丈夫でしょ☆ それより、せっかくあやかが見つけてくれたんだし探索しようよー☆ 恋歌的には何やらお宝が置かれてそうな予感っ!」


 恋歌ちゃんは早く先に進みたくてうずうずしているようだった。

 ちなみに、私が見つけたというのはそのままの意味だ。

 探索の途中で私の固有スキル【第六感シックスセンス】に導かれ、この不思議な場所を発見したからだ。


「もちろん探索は、します。ですが、そう都合の良い話が、あるとは、とても」


「まぁ、とにかく進んでみないとね。スキルで探ぐる感じ、進んでも大丈夫そうだよ」


 私は【罠感知】や【気配察知】を発動しているけど、特に目立った反応はない。

 魔獣も、先ほど倒した首無し騎士デュラハンと手下だけだったようだ。


「それじゃあ、れっつごー☆」


 そうして私たちは、遺跡の奥へと進んでいった。

 見たこともない文字が刻まれた石壁の通路を進み、苔の生えた門を潜り、そして。


「わぉ! 本当にお宝があったかも☆」


 古めかしい石箱が鎮座する場所へと辿り着いた。

 相当な年月が経っているのか、箱は黄緑色の苔だらけだ。

 私はその箱へ近づくと、【罠感知】スキルを発動させる。

 だけど、特に罠は確認できなかった。

 本当にただただ置かれているだけのようだ。


「──罠は無いみたい。けど念のため、開封は恋歌ちゃんにお願いしようかな?」


 万が一、私のスキルで感知できない何かがあったとしても。

 恋歌ちゃんの魔装状態なら少し安心だと思った。

 それくらいに優秀な耐久力を持っているのだ。

 彼女も私の意を汲んでくれたのか、にこっと笑顔で快諾する。


「おっけー☆ それじゃ二人は離れててね──【魔装化マギアライズ──鋼毛熊アイゼンベアー】っ☆」


 彼女がスキルを発動すると、光が彼女を包み込んでいく。

 胴体、腰、両腕、両足、そして頭の順に、特殊武装──魔装が装着されていった。

 その変貌していく様は、まるで小さい頃に見た魔法少女みたいだ。

 もうそんな歳じゃないのはわかっているけど、ちょっとだけ彼女の天職が羨ましいなんて思ったりする。


魔装化マギアライズ完了っ! それじゃ開けるよー☆」


 そうこうしているうちに恋歌ちゃんの〝変身〟が完了する。

 彼女はクマ耳型のヘッドギアをぴょこぴょこと動かしながら、石箱に掴みかかった。


「ぬおぉ!? あー、結構重いかもコレ……」


「恋歌、に戻ってる、ですよ」


「こらこら☆ 思っても、そんな事言っちゃダメなんだぞぉ☆ ふんぎぃ……」


 恋歌ちゃんの頑張りにより徐々に石の蓋が動き始める。

 ダメ押しとばかりに唸り声を上げながら踏ん張って、そのまま石の蓋を退かした。


「開いたよ〜☆ さすが恋歌ちゃんだねっ☆」


 瞳を星にしつつ汗を拭う仕草でポーズを決める恋歌ちゃん。


「ありがとう、恋歌ちゃん」


 彼女にお礼を言いつつ、私はさっそく石箱の中を覗き込んだ。

 果たして、一体何が入っているのか。

 珍しい魔法具か。はたまた金銀財宝か。

 ほんの少しだけ期待しながら、その中身を取り出した。


「弓、ですね」


「弓、だね」


 中に入っていたのは──古びた木製の弓だった。

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