世界の中心

きと

世界の中心

 風が吹き抜ける屋上。

 先輩は、よくそこにいる。

 先輩は、ここにいると、世界は広くて、素晴らしいと実感できるからこの屋上に来るのだと、いつの日か語っていた。

「先輩。ここにいたんですね」

「ん? ああ、君か」

 先輩は、僕の声に風であおられる長い髪を抑えながら、振り向く。

 改めて見ると、先輩は、美人なんだなと思う。

 でも、それを本人に言うと、調子に乗るだろうから言わないでおこう。

「それで、どうしたんですか?」

「……ああ、君にはまだ言ってなかったな」

 そう言って、先輩はこの屋上のさらに上を見る。

 ……本当は分かっている。なぜ、先輩の表情がくもっているのかを。

 でも、僕はその真偽しんぎを先輩から聞きたかったのだ。だから、先輩が来ているだろうと思って、ここに来たのだから。

「この前の絵画かいがコンクールの結果が、来てな。……ダメだった。入賞、できなかった」

「……そう、ですか」

 僕と先輩が所属する美術部。

 そこで、僕らは芸術に青春を注ぎ込んだ。 

 先輩は、よく風景画を描いていて。僕自身も、風景画が好きでよく描いていたから、先輩からアドバイスをもらうようになり、親しくなった。

 そんなお世話になっている先輩の浮かない顔を見ていたくなかった。

 何か、言葉をかけてあげたかった。

「先輩。コンクールで入賞することが、優れた芸術家の条件ではないと思います。だから……」

「ああ、分かっているさ。ありがとう」

 ……こんな時に、分かり切っていることしか言えない自分に腹が立つ。

 先輩が言ったように、そんなこと先輩だって理解しているのだ。

 モヤモヤしている僕に先輩は、

「君はあれだな。なぐさめるのが下手だな」

 と、追い打ちをかけてきた。

 うっ、と言葉に詰まる僕を見て、先輩は少しだけ微笑ほほえんだ。

 そして、僕に

「なぁ、君は世界の中心って、どこだと思う?」

 と問いかけてきた。

「なんですか? 急に」

「いいから、いいから。さぁ、どこだと思う?」

 世界の中心。

 よく言葉ではあるが、それが具体的にどこなのかなど考えたことはない。

 だって、この世界は、丸いから。どこを基準にして中心を考えればいいのか、よく分からない。

 そう考えると、球体の中心。マントルが中心になるのだろうか?

 でも、それは科学な話で、先輩が求めている答えとは、違う気がする。

 少しの時間悩んだ僕は、答える。

「……経済的に最も発展している国?」

「まぁ、それも一つの答えだろうな」

 そう僕に答えると、先輩は腰に手を当てて、仁王におう立ちをする。

「世界の中心。それは、君の答えのように、経済的に豊かな国かもしれない。でも、軍事的にもっとも権力がある国かもしれない。多くの人が信じる宗教の始まった国かもしれない。いやいや、それらはまやかしで裏で糸を引く国があるのかもしれない。でも!」

 饒舌じょうぜつに語っていた先輩は、腰に当てていた手を大きく空へ広げる。

「私は、世界の中心は自分自身だと、信じている!」

 先輩は、先程までの暗い雰囲気はどこへやら、といった感じで高らかに言った。

「自分自身……ですか?」

「おうとも!」

「どうして、そう思うんですか? 僕らがまるで世界を回しているような言い分ですけど……」

 そう答えた僕に、先輩は、またしても自信に満ちあふれた声で言う。

「何を言っている。私たちは、自分という存在から世界を感じ取っているはずだ。ならば!」

 先輩は、くるりとその場で、世界と同じ様に回り、声を張り上げる。

「世界は、自分で作り上げ、自分が回していると言っても過言ではないはずだ!」

 ……先日のコンクール。それは、先輩にとって、高校時代最後のコンクールだった。

 だから、先輩がいつも以上に力を入れて絵を描いていたのを知っていた。

 その絵が入賞できなかったと聞いた時。

 先輩は、ひどく落ち込んでいるだろうと心配していた。

 でも、今の言葉を聞いて、大丈夫だと、僕の心配は杞憂きゆうだったと実感した。

「だから、私は、まだまだ絵を描くさ。この三年間では、自分の世界をまだまだ描き切れてはいないからな」

 そう言った先輩の顔は、自信に満ち溢れていた。

 ……僕もまだまだ絵を描きたい。

 先輩がいるこの世界の素晴らしさを、まだまだ描き切れてはいないから。

「先輩」

「なんだ?」

「三年間、お疲れ様でした。大学に行っても、頑張ってください」

「君は、あれだな。言葉がテンプレートすぎるな」

 その言葉に、またしても言葉を詰まらせる僕。

 それを見て、先輩は、世界を輝かせるような笑顔を見せた。

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世界の中心 きと @kito72

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