100人目の君へ
わらび餅
第1話
俺は、毎日町外れにある図書館に来ている。この図書館には人の気配を感じない。
店員さんに会ったことがないが、オープンと書いてある札があるから入っても問題はないだろう。
普段、俺以外のお客さんは来ない。だが、雨の降る日だけは違う。雨の降る日だけは、俺よりも先に彼女が来ている。いつも部屋の隅にある日の当たらない場所に座り、いつも同じ本をよんでいる。
今日は、雨が降っている。梅雨だから最近はよく雨が降り、その彼女にもよく会う。何回か会ったことはあるがまだ話しかけたことは無い。とても不思議な雰囲気を
だが、今日は話しかけてみようと思って駅から歩いてきた。雨が傘を打ちつける雨音を聞きながら、何を話そうか決めてきた。
俺は、図書館に着くと傘を閉じ、錆びている傘立てに立てかける。傘の先が鉄とぶつかり音を奏でた。
「よし。今日は、話しかけてみるぞ」
俺は、気持ちを整えて館内へと足を踏み込んだ。館内はいつもと変わらず本の匂いで満たされていた。いつも彼女が座っている場所へと歩みを始め、彼女の近くに着くと一つ浅く呼吸をする。話しかけようとした矢先に彼女が本を優しく閉じ、隣の席を軽く叩いた。おそらくここに座れって事だろう。
俺は、隣の席に腰をかけ鞄を机の上に置く。そこで彼女は口を開く。
「あなた、わたしとお話がしたいんですか?」
「えっ、なんで知っているんですか」
もしかして、店の前で言ったことが聞こえていたのだろうか。あり得なくはないが相当耳が良くないと聞こえないだろう。
「あなたが言っていたでは有りませんか。そう、店の前で」
まじか、聞こえていたのかよ、恥ずかしすぎるだろ。まぁ、いいか。話したいことがいっぱいあるんだから、気にしないでおこう。気にしたら話したいことを忘れそうだ。
「そうです。お話していただけますか」
「ええ、いいですよ」
俺は、彼女の返答を聞き安堵し、考えてきた質問をした。まずはこれだよな。
「名前を教えて貰ってもいいですか」
「
雨音さん。うん、とてもぴったりな名前だと思う。
「雨音さんは、本がお好きなんですか?」
俺は、聞きたかった質問第3位を聞いた。雨音さんは、キョトンとした表情を浮かべた後、微笑みながら口を開く。
「それは、愚問ですね。聞かなくてお分かりでしょ?」
「分かります。しかし、雨音さんいつも同じ本しか読んでませんよね?」
聞きたかった質問第3位に続き第2位を聞いた。これが第1位でも良かったがまだこれよりも聞きたいことがある。
彼女がいつも読んでいる本は4時間半くらい掛ければ読み終わりそうな厚さをしている本だった。それなのに、出会った半年前の豪雨の中、静かに自分の世界に入り込んだ彼女が読んでいた本と代わり映えがなかった。というか変わっていない。
最初は、読むのが遅い人なんだろうかと思ったりもしたが違ったらしい。半年間たった今でも読んでいることから前々から気になっていた質問である。
「本が好きというのは今、雨音さんが読んでいるその本が好きなだけであって、他の本には興味が無いという解釈でいいですか?」
質問の意図が伝わりにくいような言い方になってしまったが彼女は意図を汲み取ってくれたらしい。表情を見てすぐにわかった。
「やはり気になりますよね。いいですよ。お答えしましょう」
俺は聞き逃さないよう、ばれない程度に耳を近づける。半年間不思議に思っていたことが解消されようとしているんだから集中して聞く。
「ズバリ!あなたの考えは正解です。しかし、どんだけわたしのことを観察したんですか」
「あはは、あんまり引かないでくださいね。半年前からあなたに興味があったんです」
「興味ですか。わたしはあなたに一ミリの興味もないのでお付き合いはできません。ごめんなさい」
え、なんで俺振られたみたいになってんの!?告白はしていないが、好きだったから結構ショックが大きい。やべ、泣きそう。
俺は、涙をこらえ彼女を見る。涙を我慢している俺の顔を見てクスクス笑っている。
「なんで、笑うんですか。というか勝手に振らないでください。告白していないので」
「告白しないんですか?でもわたしの事好きですよね」
正直告白する予定だった。話しかけてみるという目的もあったが今日の真の目的は、さっき雨音さんが言った通り告白することだった。最悪なことにめちゃくちゃ言いにくい雰囲気になってしまった。
「さっき振りましたが、わたしは待ってますよ」
俺は、いいように遊ばれているという自覚はあるが、ここで言わなければ後悔をしそうだ。覚悟を決めるしかないか。あー、もう。やけくそで言ってしまえ!
「好きです。半年前に出会った時から一目ぼれしていました。俺と付き合ってください」
よし。これで、後悔はないな。
「はい。わたしでよければ」
「え、えっ」
一瞬脳がフリーズした。そして、彼女の言葉が脳内を巡っていく。今、俺って告白成功したってこと?さっき俺の事振ったのに?
「まぁ、知ってたんだけどね」
彼女が何か言ったように聞こえたが、心臓の音が大きすぎて聞き取れなかった。それよりも、喜びが全身からこみ上げてくる。
「やったぁ!本当にいいんですか!もうだめかと思いましたよ」
俺が彼女の方を振り向くと、既視感を見るような目でこちらを見ている。なるほど、彼女は可愛いから何人もの彼氏がいたのだろう。そのことを思い出しているのか。
俺は、一つ呼吸を整えて『これからよろしくお願いします』と一言添えた。すると彼女も『こちらこそ』と一言添えた。
「わたしは、そろそろ帰ることにします」
もう帰るのかと思ったが引き留めるのも気が引ける。あ、告白に浮かれてすっかり忘れていた。聞きたかった質問第一位を聞いていないじゃないか。俺は、急いで振り向き彼女を引き留める。
「最後に一つ質問いいですか。聞きたかった質問第一位をまだ聞いていなんですよ」
彼女は、優しく微笑み口を開く。
「またすぐに、あなたが私に会いに来てくれるでしょう。その時にお話しいたしましょう」
えっ、どういうことだろうか。明日も確か雨だからその時に教えてくれるんだろうか。まぁ楽しみとして取っておくか。
「わかりました。その時にまたお聞きします」
「分かればよろしい。あと、わたしからの最初のお願いを聞いてくれますか?」
彼女のお願いを聞かない彼氏はいないだろう。俺は、真剣に聞く体制に入った。
「はい、聞きます」
「では、あそこにわたしの読んでいた本を置いときました。それを最後まで読んでください」
「あ、はい」
思っていた質問とかけ離れていて少し戸惑ったがちゃんとお願いは守ろう。俺は彼女の座っていた机を見る。確かに彼女が読んでいた本が置かれていた。
「お願いしましたからね。まぁお願いしなくても読んでくれるのは知っていますが」
「それは、どういうことですか?」
「気にしないでください」
まぁ、気にしないでいいか。それよりも気になる。彼女が半年間もずっと読んでいた本が脳裏をちらつく。気になるが先に彼女を店先まで送る方が先だ。
「俺、入館口までついていくよ」
「あら、そう?ありがとう」
俺は、入館口まで彼女を見送った。今外は、傘がいるかいらないかぐらいの雨の量となっていた。
「雨が弱まっていてよかったですね。今のうちに早めに帰ってくださいね」
「ありがとうね。じゃあまた後で」
「あ、はい。また後で」
明日の事だよな。もしかしてちょっと変わった子?そこも可愛いポイントだな。
さぁ、あれを読みに行くか。見送る最中も脳裏をちらついて離れることがなかったあの本。どんな内容なんだろう。
館内に再び入りあの本のある場所に向かう。そして俺は、木の椅子を引き腰を掛ける。軋む音が館内を反響し終わるのを聞いて俺は、本を裏返す。題名は、『100人目の君へ』と書いてある。
「この本を半年間も読んでいたのか。早速読むとするか」
俺は、表紙をめくる。目次はなくすぐに本文が始まっている。
「珍しいな。目次がない本なんてあるんだ」
目を動かして本文を読み始める。
読み始めて、4時間が経過したとき、本を投げ捨て館内を飛び出る。外は4時間前とは違い豪雨と化していた。それでもかまわず、走り続ける。髪や服はずぶ濡れ、靴はグチョグチョと音を立てている。目に雨が入り視界がぼやけ、真っすぐ走るのが難しい。
「なんで、こんな大事な時にこんな豪雨なんだよ。彼女の命が危ないってのに」
俺は、知ってしまった。あの本は、簡単に言ったら未来書みたいな感じだった。内容は、俺が半年前に彼女と出会った時からの話だった。会話から行動まで全く同じ事が書いてあった。
そして、その本の最後の方で彼女は死ぬ。おそらく、あと5分程度で死ぬ。死因は、交通事故だ。雨によってスリップした車が彼女を遠い所へと送ってしまう。
「何とか、間に合え!あ、いた!」
俺は、さらに足の回転を上げる。それに加え、雨の当たる量が増えていく。足が重く感じ、鉛がついているかのように思わせる。
一歩一歩力を振り絞って、彼女に近づく。疲弊して視界がぐらつき倒れそうになるが、ついに追いつき、声を振り絞って叫ぶ。
「雨音さん、危ない!」
俺は、彼女の腕をつかみ強く引っ張り、バランスを崩した彼女は俺にもたれかかる。そのすぐ側をスリップした車が猛スピードで通過する。車は、ガードレールにぶつかって雨音よりも大きい破壊音が響き渡る。
その破壊音を聞いたそのすぐ後、俺は死んだ。
君、あの本最後まで読まなかったんだね。最後まで読んだら結末は違ってただろうに。君は何回同じことを繰り返すの。
わたしがあなたも助かる方法を書いてたのに。
「じゃあね、100人目の君。聞きたかった質問を次は聞けるといいね」
101人目の君は、このループを抜けれるのかな。
100人目の君へ わらび餅 @warabimoti1
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