第5話 うぐいす張りの先

 長い、長い、板張りの廊下を進むと、足を一歩踏み出すごとに、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、と可愛らしい鳥の鳴き声がした。

 

ぼたは鳥の姿を探し、庭の桃や梅の梢に視線を送るのであったが見付けられずにいた。

その様子を見ていた書簡の間へと案内するお世話係が袂で口を覆いながら囁くのだった。


「床が鳴っております」


「えっ、えー、床が泣いておるとな、何とけったいな、気色の悪い」


 ぼたは白足袋の爪先をそおっと、恐る恐る置くのであった。


「いえ、うぐいす張りと申しまして……」


 お世話係はぼたのあまりにも真剣なおののきように、言葉を引っ込めてしまった。

 忍び返しのうぐいす張りを知らはらへんのかしら。


 長い、長い、渡り廊下の先の突き当たりの部屋の唐紙を開け、招き入れられた書簡の間には、文机の前で背中を丸めて座る老人がいた。


「先生、新たに仕えまする、ぼたというものでございます」


 先生と呼ばれし御仁、走らせる筆をぱたりと止め、にわかに振り向いた。


「ぼた、とな。おお、ほんまに、ぼたか」


 畳の上をいざり寄る。


「ぼた、わからへんのか? ととや」


 薄ぼんやりしていたぼたの頬に赤みが差した。


「えっ、とと様? ほんまに、とと様。まさか生きておいでやったとは」


 長い間、離ればなれになっていた父と娘は、ひしと手と手を握り合っていた。


「すまなんだな、政の秘密裡な文書に関わっておったので、家に帰れなんだ、元気にしとったか? かか様はどないしてる?」


「私がお城に呼び出されし折、あまりのお喜びようにぽっくりと身まかられましてございます。ほっこり寺の和尚さんがねんごろに弔ってくれはりました」


「おお。さよか、かか様にはすまんことをした。ぼたにも淋しい思いをさせたな」


 父の目も、娘の目も、濡れそぼっていた。


 かくして、いといけない頃に亡くなったと聞かされていた父親と再会でき、そう長い間ではなかったけれど寝食を共にし、ぼたは父親から文係としての手ほどきを受け、共にお城勤めに励むのであった。


 好きな文字に囲まれ、墨を摺って暮らすという毎日。


 八つやつどきには殿への献上菓子が下がってきて、ぼたは幸せな日々を送るのであった。



 まことにめでたし、めでたし。




         【了】

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ぼた姫 オカン🐷 @magarikado

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