遭難日記 3ページ目


 さてイベント当日、つまり八月一日。もう説明がクソ面倒だから端折って言おう。

 悪天候で僕らの船は出港一時間で泥舟の如く海に沈んだ。バラけた船の部品にしがみつき、強烈な離岸流に流され、何度も溺れながらその島にたどり着いたはいいものの、人っ子ひとりその島にはいなかった。

 当たり前だ、彼らは陽キャである前に頭の良い大学生なのだ。自分たちの命とイベントの楽しさを天秤に掛けるアホじゃない。アホは僕たち(というか名塩と加西)だ。


 モテたいがために命を張る。それは救いようのないアホである。多分死んだ方が世の中のためになるに違いない。

 とにかく僕たちはガチの無人島に流れ着き、乗ってきた船は転覆、食料も水も少ないということ。これ詰んでるよな、どう考えても。


 そんな訳で、少し長くなったけれど話は冒頭に戻るという訳だ。

 船が転覆して、つまり僕たちがこの無人島に流れ着いて三日目。スマホは三台とも水没、助けも呼べない。持ってきたサバイバル装備はほとんど転覆時に流されてしまい、ナイフなどの小物類しかない。テントがあればまだマシだったが、野ざらし状態で砂浜に寝てる始末だ。

 今が夏でよかったと思うが、弊害もある。真夏の太陽は、僕たちをスルメの如く乾燥させてくるからだ。


 遭難開始時から雨水を貯めておいてよかった。二リットルペットボトルに三本しかないが、ないよりはマシ。非常食はアホの加西が初日に食べてしまったけど、辛うじてイソガニがいる。でもイソガニだけではイカダを作るチカラが出ない。ヤバい。詰みが見えている。


 そして。イカダ作りはカタチにすらならず、とうとう三日目の夜が来た。月明かりしかない海岸での作業は不可能だ。僕たちは火を焚き、カニを炙りつつ体力の回復に備えるしかなかった。


 食事(またイソガニ)を終えた僕たちは、三人並んで夜の砂浜に寝っ転がった。見上げた夜空は満点の星空。ざざぁん、と波の音がいい感じのBGMとなっていて、吹く夜風はほてった身体に心地よい。シチュエーション的には素晴らしい「夏休み」だ。悲しいかな、絶賛遭難中なのだけど。


「……夏だな」


「あぁ、これ以上ねぇ夏だよなァ」


「遭難中じゃなかったら、まぁ悪くないシチュエーションだよな」


「おっと三木ィ、調子出てきたじゃねーか。お前この島についてから口数少なかったからよォ、心配してたんだぜ? この夏を楽しめてねぇんじゃねぇか、ってよォ」


「……あのな、楽しめる訳ないだろ? 僕たち死にかけてんだぞ。お前らのせいで遭難だよ遭難!」


「そうなんですか」


「しょーもないよ加西! シンプルに死ね!」


「確かに三木の言う通りだ。明日は遭難四日目、つまり生存の壁である七十二時間を突破する。生きるか死ぬかの正念場だな」


「お前らのせいで、ってくだり聞いてた?」


 名塩も加西も僕の問いには答えない。いつものアホなセリフが聞こえない。そろそろ精神的にも参って来てるのかも。アホも死ぬ時は死ぬ。そういうことだろうか。


「あぁクソッ。こんなことになんならよォ、あの子に告白しとくんだったぜ」


「あの子とは誰だ、加西」


「……同じ学科のヒロイン、赤松あかまつちゃんだ。誰にでも優しくて、明るくて元気な見てるだけで楽しい子でよ、まさにオレの理想なんだよなァ。ま、一言も喋ったことはねぇし彼女もオレを認識してねぇだろう。だが、端的に言って愛してる。そういうことだ」


 それを世間ではストーカーという。怖い。しかし名塩はそれに対して「大事にしてやるんだぞ」とか言ってる。それも怖い。


「加西にあてられた訳ではないが、俺も思いの丈を伝えておくべきだった、と思う。この状況になって自分の気持ちに気づくなんて滑稽だがな」


「名塩ォ、お前は誰に惚れてんだ?」


「──同じ学科の綾部あやべ女史だ。彼女は読書家でな、いつも図書館の窓際で本を読んでいる。その姿はまさに、物語から抜け出してきた女神だ。俺も彼女のことを愛している。もちろん話したことはない。ただの一言も、な」


 だからそれをストーカーって言うんだって!


「生きて帰ろうな、名塩ォ。そんでよ、思いを伝えんだ。互いの愛する人によォ!」


「あぁ、必ずだ。必ず生きて帰る。思いを伝えるまで、俺たちは死ねないのだからな」


 ──パァン。砂浜で、寝そべりながらハイタッチ。もう二人ともここで死んでしまえ。ストーカーの被害者を増やすわけにはいかない。


「三木ィ、お前はどうなんだ? 誰に惚れてる?」


「俺と加西は言ったぞ。次はお前の番だ、三木」


「いやいや何でそんな流れになってんの? おかしいだろ、主にお前らの頭が!」


「オレたち死ぬかも知れねぇんだぜ? けどオレぁ赤松ちゃんに告白するため、絶対に生き残る。だから三木も好きな子の名を言葉にしてよォ、生き残る意思を示すんだよ!」


「そうだぞ三木。日本には古来より言霊ことだまという言葉がある。言ったことが現実になるというアレだ。だが俺は少し違う解釈をしている。言霊とは覚悟の力だ。強い気持ちで言った言葉には、自らの意思で実現させるという意思が宿る。それこそが覚悟の力。言霊とは、自らの意思でそれを実現させる覚悟の現れだ!」


「あぁ、名塩の言う通りだ! 見せてやるぜ、オレの覚悟ってヤツをなァ!」


 勢いよく立ち上がった加西は、雄叫びとともに夜の海に駆け出していく。


「好きだぁぁ、赤松ちゃぁぁぁん!」


 ばっしゃぁぁ。波に飲まれながらも叫び続ける加西。それを見た名塩も、すっくと立ち上がる。そして。


「愛しています、綾部女史ぃぃぃぃ!」


 ざっばぁぁん。波に揉まれるアホ二人。もうそのまま藻屑になっちまえ頼むから。

 しかしずぶ濡れになった半裸の男二人は藻屑にはならず、波打ち際で僕に叫んだ。二人の声が無駄にシンクロする。その言葉に意思が宿る。


「──三木ッ、お前も来ぉぉい!」


 あぁもう面倒くさい。でも仕方ない。今日だけは、アホになってやるか。死ぬかもなんて言ってたら本当にそうなってしまうかも知れない。だったら。

 アホになって叫ぼう。生きてやると誓おう。そしてあの子に好きだと伝えよう。もちろん生きて帰れたらの話だけど。


「……だぁぁいすきだぁぁぁ! 香芝かしばさぁぁぁん! きっと僕のこと知らないだろうけどぉぉぉ!」


 結局その夜、三人のストーカーが生まれてしまったのだった。




        ◆◆




 ──翌日。遭難四日目、七十二時間経過。


 ここからは気力の勝負だ。生き残るため、イカダ(のようなもの)を一心不乱に作ってると、犬を連れたオッサンに声をかけられた。「ようあんちゃんたち、精が出るなぁ」なんて世間話。

 名塩は「この船で目指そうと思うのです。愛する人の胸元を」と言い、加西は「これは愛の船アムール。これで迎えに行くのさ。最愛の人をなァ」なんて言ってる。ちなみに二人とも目が完全に飛んでる。マジヤバい。

 でも僕は辛うじて、その状況に違和感を覚えていた。


「あのすいません。おじさんは……?」


「ワシ? ワシは近所のモンよ。数日前からこの浜に三人組の兄ちゃんがいるって聞いて、ヒマだから見に来たのよ。イカダ作って遊ぶなんて、冒険だよなぁ、青春だよなぁ。兄ちゃんたち、いくつ? 高校生?」


「いやあの、ここってどこなんですか? 僕たちこの島で遭難してて、カニしか食うものなくて、でもおじさんが居て、え? どういうことですか?」


「なんやようわからんけど、ここ島じゃないよ? 半島よ半島、小さな半島の先っちょ。道がなくて、ここまで来んのは外の人にゃあ大変だからよ、手付かずの大自然みたいだろ?」


 いやちょっと待て。島じゃなくて半島? 半島ってことは陸続き? 陸続きってことはここ、無人島じゃない? 無人島じゃないってことはこれ、遭難じゃないってこと……?


「すいませんおじさん、この半島、どこなんですか? ていうかなんて名前なんですか?」


「うん? 総南そうなん半島だけど」


「そうなん、ですか……」



 ……しょうもない。結局僕たちの夏休みは、どこまでも果てしなく──、しょうもない。



【終】



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夏休みに遭難しよう! 薮坂 @yabusaka

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