遭難日記 2ページ目


 始まりは三日前。大学の長すぎる夏休みを持て余していた僕たちは、懲りもせずにいつものファミレスに集まっていた。

 夜の定例会議、議題はいつものごとくそれ。それとはどれとは聞かないでほしい。それに聞かなくたって名塩アホ1加西アホ2が言ってくれるに決まっているのだから。


「全員揃ったな。では定例会議を始める。議題はいつものとおり『どうすれば女子にモテるか』だ」


 両手を組み顎に持ってくるいつものポーズ。芝居がかった仕草だが、名塩はこれがカッコいいと本気で思っているのだ。今更突っ込んでも何も変わらない。無視だ無視。


「もう大学二回の夏休みだぜ? カッコよく言うとスァマー・ヴァケイションなんだぜ?」


 なぜ英語に直しただけでカッコいいと思えるのか。それとその発音に心底イラついた僕は(特にスァマー)、加西の言葉を無視してアイスコーヒーに口をつけた。ファミレスのアイスコーヒーは酷く苦い。まるで自分たちの人生のように。


「つーわけで、だ。そろそろマジで、オレぁ彼女がほしいね。周りなんてカップルだらけだろ? どうしてオレらにそんな兆しはカケラもねぇんだよクソッ! 世の中間違ってるぜ! なんかいい方法ねぇのかよ名塩ォ!」


「安心しろ、策はある」


「策だと? それは何なんだ、名塩ォ!」


「──俺は三日三晩、考えた。五穀断ちをし、土中に入るほどの深い瞑想状態で入定にゅうじょうした途端、またしても天啓を得た。足りないモノを埋めればいい、とな」


「それは何なんだ! 勿体ぶらずに言ってくれ!」


 名塩はたっぷりとタメを作る。ていうかそれ何度目の天啓だよ。やっすい天啓だなオイ。それに入定って即身仏にでもなるつもりか? もうなっちまえよクソ。

 高校からの付き合いのコイツらに、そう突っ込んだところで何も変わらないのは残念ながらわかっていた。ツッコミで変わるくらいなら、大学生になる前に変わっている。だから僕はだんまりを決め込むことにする。だけどそれをいいことに、名塩はタメていたセリフを得意げに解き放った。


「足りないもの、それは」


「それは?」


「──ワイルドさ、だよ」


「ワイルドさ……だと?」


「あぁ、そうだワイルドさだ。いいか、モテる男どもに共通していることを考えてみろ。無駄に自信ありげで、そしてやや強引なところがあるだろう? 俺たちに足りないものは、詰まるところその『ワイルドさ』なんだよ」


 名塩はアイスコーヒーで口を湿らせ、ドヤ顔のままセリフを続ける。


「俺たちはモテるべく、優しさに徹した。しかしそれは間違いだった。いつの時代も、ワイルドな男にはそれなりの人気がある。それは何故か。わかるか三木?」


「……何で僕に振るんだよ。アホな会話はアホだけでやってろって」


「オイオイ三木ィ、だから自虐は止めろって言ってんだろォ?」


「アホはお前らだけだよ!」


 僕はそう叫ぶが、名塩はメガネのブリッジを指で持ち上げ、加西は大仰に肩をすくめていた。あぁ腹立つ、クソッ!


「まぁいい。聞け、二人とも。今まではあらゆる女子にモテようとしたが、それは苦難の道だった。つまり特定の状況で女子にモテる男になる、これこそが最短の道だったんだ」


「特定の条件ってのは?」


「特定の条件。それは……命の危機に直面した時だ。俺の計画はこうだ」


 名塩は持参したタブレットに、いつ作ったのか知らないがスライドを用意していた。無駄なアニメーションが付いているところを見れば、随分前から用意したものなのだろう。やはりアホだ。どこからどう見ても。


「いいか、よく聞け。これは俺が命をかけて得た情報だ。来る三日後、八月一日。あるイベントが開催される。俺の学科が主催の『ドキッ☆男女混合・無人島! 水着で真夏のバーベキュー!』というイベントだ。当然、俺は呼ばれてない」


 いや何故そこを誇る。開いた口が塞がらない僕を無視して、名塩は続けた。


「ある無人島を貸し切って開催されるイベントだが、これには問題があってな。その日、その海域は高確率で絶妙な威力の低気圧に見舞われる予定だ。船の出港には影響しないが、イベントの開催には影響するくらいのな。そしてそこは人気の島、貸切日の変更は時間がかかる。加えてヤツらは究極の陽キャたち。つまり……」


「イベントの中止は考えられねーってワケか!」


「明察だ加西。俺の予想では、船の出港が可となれば100%の確率で開催されるだろう。だが開催したところでどうかな。酷い時化しけに強い風。バーベキューどころか、命が危ぶまれる状態だ。そこに颯爽と、サバイバル技術を持った俺たちが現れてみろ。どうなると思う?」


「……イチコロじゃねーか! オレたちの評価はウサギの滝登りってヤツだな!」


 ……ウナギな。あとそれ鯉の滝登りと混じってるからな。


 フン。それを鼻で笑った名塩。加西の間違いを指摘するのかと思ったら、何故か右手を高らかに上げた。そこにパチンとハイタッチをする加西。

 あぁもう。やっぱり二人ともアホだ。そのまま波に飲まれて海の藻屑となってほしい。


「よし、決まりだな。俺たちはそのイベントに推参する。もちろん島への連絡船も貸切だ。呼ばれてない俺たちはそれに乗ることができない」


「となると、アレしかねぇか」


「あぁ、その通りだ。俺たちは自作の船で海を渡るぞ。準備はいいな? 俺はできてる」


 名塩はニヤリと笑い、タブレットのページを送った。そこには「希望の船エスポワール」と書かれた設計図が表示されてある。浮力の高い発泡スチロールとペットボトルで構成されたその船を見て、加西は言う。


「こりゃあ、とんでもねぇ大船だな!」


 ……どう見たって泥舟である。そして泥舟の末路は、残念なことにカチカチ山の時代から決まっていることだった。




【続】

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