夏休みに遭難しよう!

薮坂

遭難日記 1ページ目


 容赦なく照りつける陽射し。どこまでも高く背を伸ばす入道雲。風は穏やかというかほぼ無風で、そのビーチの体感気温はまさに青天井だった。

 見上げたこの夏空と、一体どちらの方が高いだろう。そんなポエム的なことを考えてしまうほど、そのエメラルドグリーンな夏のビーチは絵になっていたのである。


 そのビーチに、どうしたって絵にならない半裸の男たちが三人。一心不乱、何かの作業に打ち込んでいる。

 残念なことに、いや残念極まりないことに。僕もそのうちの一人だった。

 

「……三木みき、手を止めるな。作業の遅れと共に、俺たちの死が近づいてくるんだぞ」


 人より汗腺が明らかに多い名塩なじおは、軽くシャワーを浴びたくらいに濡れていた。もちろん名塩自身の汗であり、トレードマークたるメタルフレームのメガネまでもが汗にまみれている。いや汗かきすぎだろ。

 名塩はメガネを外し、自身の額の汗を腕で拭う。そして何かの計算式をブツブツ呟きながら、作業の進行状況を確認しているようだった。

 その立ち居振る舞いから怜悧な印象を受ける男であるが、しかしその実アホなのだ。どこに出しても恥ずかしいレベルの。


「名塩ォ、作業もいいけどそろそろメシにしねーか? 腹が減ってはなんとやら、だろォ?」


 同じ作業に従事していた、加西かさいはいつもの調子で言った。引き締まった体躯に、短く刈り込んだ黒髪。ともすればスポーツマン的な爽やかさを感じる男だが、言わずもがなコイツも完全なアホである。


「加西、さっき食べたばかりだろう。口ではなく手を動かせ。暗くなったら作業は出来ないんだぞ」


「いや無理だって。昼メシもこれっぽっちだったじゃねーか。オレぁ大食漢なんだ、これじゃチカラ出ねーよ」


「ならその辺のカニでも食っていろ。そして食いながら作業を続けろ」


「またカニかよ! アレ身が少ねーしボソボソしてるしそもそも美味くねーんだよ!」


 加西は大きな声で毒づくが、それにエネルギーを持っていかれたのだろう。ぐるると猛獣の鳴き声に似た腹の音が鳴る。

 その音に呼応するように、僕の腹もきゅるると鳴った。確かに腹が減った。昼メシで食べたのはさっき話題に上がったカニ。種類を言うとイソガニである。


「二人とも、とにかく作業を急げ。そろそろ七十二時間が見えてくる」


「七十二時間? なんの時間なんだそりゃあ?」


「その時間を過ぎると、生存率が著しく低下していく。これは災害などに遭った場合だが、事実この状況は災害に近しいものだ。なんとしてもイカダを作って、この無人島から脱出する。俺たちはまだ死ねないのだからな。さぁ、やるぞ。絶対に生きて帰るんだ」


 言い切った名塩の言葉は力強い。遭難した時、こういうタイプがいると生還しやすいと何かで聞いたことがある。前を向いて、仲間を鼓舞するリーダー的存在の名塩。僕はその名塩に対し、感謝の気持ち……などカケラも持ち合わせていなかった。


「……あのさ、名塩」


「なんだ、三木?」


「随分カッコいいこと言ってるけど、そもそもさ」


「そもそも?」


「──お前があんなバカやらかしたからだろ! それに加西! お前がアホみたいに非常食をパクつかなきゃ、飢える事態にはならなかったんだよ!」


 僕は両手に持っていた空のペットボトルを思い切り投げつけてやった。名塩と加西の空っぽな頭にクリーンヒットしたそれは、ぱこんと気の抜けた音と共に砂浜を転がっていく。それに驚いたカニがそそくさと逃げる。小さな足跡が砂浜に続いていく。それはどこまでも、夏の絵だった。


「あぁ、くそッ! 夏休みに遭難するなんて、どうかしてるよマジで!」


 僕の叫び声は、抜けるように青い空へと溶けていく。

 見上げれば夏。見上げなくても夏。恨めしいほどに夏。

 僕たち三人の夏休みは、絵に描いたような遭難真っ只中だった。



【続】


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