【完結】僕は、彼女じゃなくて彼女の姉と付き合いたかった。

悠/陽波ゆうい

僕は、彼女じゃなくて彼女の姉と付き合いたかった。

「ちー君のことが小学校の頃から好きでした。私と付き合ってください」


 なんでもない平凡な一日の放課後、その校舎裏。僕、羽瀬千尋はせちひろは幼馴染の双子の姉、藤咲曖里ふじさきあいりに告白された。


 ――嘘コクというのを知っているだろうか?

 簡単に言えば、相手を嘲笑う行為だ。


 昨日の放課後。

 バッグの中を確認し、教室に忘れ物したと気づいたが、もう靴箱まで来てしまっていた。使わない教科書なのでに置いていてもいいと思うが、中に挟んでいるのは宿題のプリント。

 そして教室の扉の前まできた際、曖里が友達に僕に嘘コクすると言っているところを聞いていた。なので僕はこれが嘘コクだと知っている。

 

『明日、幼馴染の千尋に告るわ。どうせ私のこと好きだし即オッケーでしょ。そんで一日で別れる』


 信じていた。こんな子じゃないと……。


「それ、嘘コクなんだろ?」

「えっ……」


 自分でもびっくりするほど冷淡な声が出た。

 曖里は「なんで知ってるの……?」とばかりに顔は強張り、動揺している。


「昨日の放課後のを聞いた。曖里がこんなことする子だったなんてガッカリしたよ」


「待ってッ、違うの!」


「何が違うんだ。言っていたのは事実だろ?」


「そ、それはそうだけど……。とにかく違うの! あのねっ」


「言い訳なんて聞きたくない」


 曖里の言葉を遮り言葉を被せる。


「じゃあな」


 お別れの一言。

 僕らはこれからもう、話さないだろう。


 後ろですすり声がすることを気に止めることなく去っていく。

 正直、告白されたことは嬉しかった。それが嘘コクでなければ。

 

 ——僕は騙されたんだ。



 その日の夜。


「くっ……ふぐっ……」


 薄暗い部屋の中、僕は泣いた。ベッドの端でうずくまり、わんわん泣きじゃくった。

 

 曖里のことがから。活発で笑顔溢れる彼女が好きだった。

 今ではもう過去形。


「千尋くんお邪魔するね……って、千尋くん!?」


 ノックもせず電気をつけて入ってきた女の子。この子は汐里しおり。曖里の双子の妹。大人しい性格でお淑やかは美少女だ。


「千尋くんどうしたの? 具合悪い? 辛いことが何かあったの?」


「実は……」


 僕は曖里に嘘コクされたことを話した。


「曖里ちゃんがそんなことを……」


 汐里は許せないと怒っていた。それが僕の気持ちを代弁してくれるようで嬉しい。


 すると汐里は、おずおずと僕に手を伸ばしてきた。彼女のやわらかな手を感じた瞬間、ギュッと温かいものに包まれた。

 

「ごめんね、気づいてられなくて」


 汐里は僕を優しく抱きしめながら語る。


「千尋くんは曖里ちゃんのことが好きだったもんね」


「な、なんでそれを……」


「分かるよ。幼馴染だもん」


 そういえば最近は、曖里とばっかり帰ったり、遊んだりしてたもんな。そりゃ気づくか。

 

 それからも汐里は僕が落ち着くまで何も言わず隣にいてくれた。

 

「ねぇ千尋くん。私じゃダメかな?」


「えっ……」


 何が? と聞き返すことはしない。

 汐里は僕の彼女になりたりたいと提案しているんだ。


「曖里ちゃんの代わりを立候補しているみたいなのはちょっと嫌だけど、私も千尋くんが好きなの」


 汐里が僕を好き。

 

 僕を一番見てくれたのは曖里じゃなくて汐里だったのか。


 乗り換えるのが早いと自分でも思うが、今の僕には汐里が必要なんだ。

 

「よ、よろしくお願いします……」


 弱々しくそう答えると、抱きしめる力が強くなった。


 僕の騙された傷を癒してほしい……。



 翌日。

 僕は汐里と手を握りながら登校した。

 教室に入るとクラスメイトは僕らを見て大騒ぎ。

 友達が「学校一二を争う双子美少女を彼女にするなんて。この野郎~!」と背中を叩いてくる。それがむず痒くて嬉しかった。


 チラッと先に来ていた曖里を見る。


「……っ」

 

 彼女は僕の目線が合うと気まずいのかすぐに逸らしてした。


 曖里が騙したのが悪いんだ。嘘でなければ僕は……もう彼女のことを考えるのはやめよう。

 


 付き合って一ヶ月が過ぎようとしていたそんなある日。汐里の家に遊びに行った時だった。


 汐里の部屋でゆったりした時間を過ごしていたが、テーブルの上に置いた僕の携帯が鳴った。表示されたのは母の文字。


「ごめん、ちょっと出てくるね」


 と、部屋を出て階段を降りる。

 母からの電話は『曖里ちゃんと汐里ちゃんが今日、ウチで夕ご飯を食べていくか聞いてきて』というものだった。

 母は僕と汐里が付き合っているのは知っているが、曖里と仲が悪くなったのは知らない。今も仲のいい幼馴染と思っているのだろう。


 電話を切り、階段を登る。部屋の前のドアノブに触れようとした時、中から汐里以外の声がしたことで止まった。


「……なんで私を呼んだの」


 曖里の声だ。

 あれからまともに話してないからちゃんと声を聞くのが新鮮だ。


(僕のせいで姉妹仲が悪くなってないだろうか?)


 そんな心配で中に入らず、聞き耳を立ててしまう。


「べっつに~。そんな気分だったからだよー」


(あれ? 汐里ってこんな感じだっけ?)


 疑問に思いながらも静かに聞く。


「それにしてもお姉ちゃんは可哀想っ。大好きな千尋くんをよりにもよって妹に取られるなんて」


 嘘コクのことを言っているのだろう。でもあれは曖里の自業自得。


 最初はそう思っていた。


「『明日、幼馴染の千尋に告るわ。どうせ私のこと好きだし即オッケーでしょ。そんで一日で別れる』だっけ? ふふ、考えたのは私だけどサイテーな言葉だよねー」


 えっ……汐里があの言葉を考えたのか? じゃあ曖里は……言う通りにしただけ?


「千尋くんも何も知らないなんてちょっと可哀想。私が千尋くんの宿題入りの教科書を盗んで、それがないことに気づいて引き返したタイミングでお姉ちゃんに連絡。千尋くんの席は一番前の列だから当然、前の扉から入る。そして、後ろの扉の窓ガラスから千尋くんの姿を確認したお姉ちゃんがさっきの嘘コクの話を友達にした……」


 あの嘘コクは仕組まれていたのか…… 汐里の手によって。

 でもなんで曖里が汐里の言うことを……。


「あー面白い。お姉ちゃんもあんなことさえなければ普通に千尋くんと付き合えてたのにね。いくら千尋くんが好きでも、これはアウトだな~」


「あっ……」


 ここで初めて曖里の声が聞こえた。

 

「お姉ちゃんが千尋くんの服をクンカクンカしている写真。わぁ、変態さんだね~」


 写真? つまり汐里は曖里に弱みを握られていう事を聞いたということか。


「他にも千尋くんの物をちょっとずつ持ち帰ったり、千尋くんのベッドに寝転んだら発情しちゃって……おっと、これ以上は私が言うのが恥ずかしいからいーわない。こんなはしたいな姿、千尋くんが知ったら引かれちゃうどころが嫌われちゃうかもね。あっ、もう嫌われてるんだった」


 曖里を嘲笑うかのように笑い声が聞こえてくる。

 

 確かに曖里がそんなことをしているのは驚いた。でも、少し驚いたくらいで嫌いになったりは絶対しない。


 だって僕は曖里がだから。


「お姉ちゃんは嘘コクで千尋くんを傷つけた最低な女。私は傷ついた千尋くんに寄り添った最高の彼女。ほんと、お姉ちゃんかわいそ〜〜」


「……私のことはいくらでも罵っていいからっ。だからその写真だけはちー君に見せないでッ」


「もう嫌われてるのにまだ見せないんだ。えー、どうしようかなぁ。何もしないのもそろそろ飽きたんだよね~。あっ、そうだ! 三年の有名なヤリチン先輩に初めてを奪って貰えば? そうすれば千尋くんのことも忘れられるんじゃない? 千尋くんはとっくにアンタのこと忘れてるけどね。アッハッハ」


 彼女のなのに、耳を塞ぎたくなる。


 あの日、僕が泣きじゃくっていたのを慰めてくれた優しい汐里。そんな彼女も嘘だったなんて……。


 ああ、僕が騙されたのはではなかったんだ。


 ガチャ……


「汐里。僕のお母さんが呼んでたよ」


 気がつけば、止まっていた手を伸ばしドアノブを開けていた。

 何も知らないフリをしてそう言う。


「あっ、千尋くん。ありがとう今行くね。あっ…… 曖里ちゃんにはもう出ていってもらうから」

 

 先程の高々とした声からいつもの落ち着いた声に戻った。


 曖里と二人っきりになるのが嫌だろうという気遣いの言葉だろう。

 だが、真相を知ってしまった僕からすばその笑顔はもう信じられない。


 汐里が出ていき曖里と二人っきりになる。


「あっ……」


 曖里が声を漏らした。だが、すぐに口を閉じて俯く。


 結果論は騙した彼女たちも騙された僕も悪い。

 そう、だからこの言葉も結果論。


 僕は立ち去ろうとした曖里の手を握る。彼女は心底驚いていた。


「僕は、彼女じゃなくて彼女の姉と付き合いたかった」


 ――今度は僕が騙す番だ

               

               —完—


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