私の名はコロナ

モグラ研二

私の名はコロナ

ぼっちであるために濃厚接触する可能性はゼロであり、よって新型コロナに感染することはほぼないだろう。


新型コロナに感染する可能性を見極めてくれる最新アプリ『丸わかりコロナちゃん』で、私は自身の感染可能性について調べてみたのだった。


あまりにも不謹慎であり非難されて然るべき名前のアプリであったが、結果は、確かにその通りだと言わざるを得ないものだった。


私に濃厚接触するほど親密な人間など、一人もいない。


ただ、乱雑に、本やCDや盗撮したエロ写真などが散らばる部屋で孤独死し、知らぬ間に腐り果てるだけである。


ベッドの上に、仰向け、大の字になり、腐り果て、蛆虫が大量に湧いて、海のようになっている……。


ほぼないとはいえ、新型コロナで死ぬ可能性も、もちろんある。


だが、結果は同じだ。


孤独死、腐乱死体。


社会にとっては迷惑でしかないだろう。その程度の存在だ。


アパートの大家には特に、申し訳ないと思う。

迷惑だ。迷惑。本当に……。その自覚は、十分にある。


だから、葬儀もしなくていい、墓もいらない、さっさと焼いて、灰はその辺にぶち撒いてくれと、遺書を書いてある。


部屋の清掃費用として、数十万円、現金を、部屋に残しておく、ということもしている。どうか、これを使って特殊清掃の業者を雇ってほしい。


ただ、せめて濃厚なセックスくらいは、人並みに経験したかった。それが悔しくて、たまに、夜中に起きて泣いてしまう。


濃厚なセックス、濃厚なセックス。


そればかり、咽び泣きしながら呟いているのだ。


未来には汚い部屋での孤独死しかあり得ないというのに。


暗い部屋で、自分の死体が腐乱して蛆虫に覆われ、食いつくされていく様子をイメージしてしまう……。


「そんな人は世間にたくさんいる。あなただけではない。暗い考えは止めて未来を見つめよう。まず、外に飛び出して仲間を作るべき。」


無神経で、人の心をズタズタにする言葉を平然と言うのだ。その人物は非常に和やか、優しい感じでその言葉を言う。


「暗い顔をしていると、幸せが逃げて行くよ?さ、笑顔になろうよ。」


なぜ、平然と、善行をやっているのだ、とでもいうような態度で、そんなことを言えるのか。


怒りしかない。死ぬべき、死ぬべき、何度も思う。法律で殺人が許可されていないから我慢するが、そんな奴のことを考えると怒りで手が震える。


朝9時ごろの商店街に、田中正彦は現れて、各店舗の壁に、自身のフルヌード写真を貼っていく。


田中正彦は67歳で、痩せた老人である。頭髪が欠如していて、顔はシミとシワだらけで、人相はあまり良くない。


そんな彼が、寂れた商店街の各店舗の壁に、自身のあられもない姿の写真、しかも映画のポスターくらいにまで拡大された写真を、貼っていくのである。


全裸で指を咥え、上目遣いで誘惑する様子を写したものだ。

67歳の痩せた、頭髪の欠如した、シワとシミだらけの人相の悪い老人が、全裸で、上目遣いに誘惑……。


午前9時30分に『満腹おばあちゃん』という飲食店の店主、相澤茂昭が出て来る。


「ちょっと!あんた何してんの!」


早速、67歳のおっさんのフルヌード写真を見て叫ぶ。


「気色悪い!こんなにいっぱい!あんたなんだ!商店街を潰す気かよ!」


田中正彦はショックを受けた。同時に怒りをも覚えた。手が震えてきた。


「違いますよ!寂れた商店街を活性化して地域経済に貢献したい!僕の気持ちです!みんなはフルヌードが好きだから、フルヌード写真を貼っていますよ!客寄せに、少しでもなればいいでしょ!」


つい、感情的になる。田中正彦は冷静にならないといけない、と念じながらお辞儀をして、去って行く。


まだ貼っていない分の写真は筒状に丸めてリュックサックに刺さっている。

今のご時世、応援すべき商店街は無数に存在する。行かねばならない。これは使命なのだ。


ブルーのポロシャツに黒いスラックスという出立ちの田中正彦は、駅前の雑踏の中にすぐ溶け込み消えた。


「おい!全部剥がせよ!おい!」


相澤茂昭が叫んだが、何にも状況に変化はない。


「なんなんだよ、あいつは。」


そのように、先ほどまでの状況、そして現在の状況に対して不快感を表明した。


だが、実のところ、みんながフルヌード好きだ、というあの男の発言には、一定の真理があるのではないか。


濃厚なセックスに憧れる気持ちは人類共通のものであり、今日も街中ではヤングメンが野獣のようにギラついた目をして、獲物を探しているのだ。


「おい!この部屋にさっきすげえ美少女が入って行ったんだ!なあ!レイプしようぜ!」


血気盛んなヤングメン、カラフルなタンクトップに黒い半ズボン、みんな野球帽を、鍔の部分を後ろにして被っている。


彼らは5,6人の群れをつくり、暇さえあればその姿でローラースケートを履いて路上を駆け抜ける。


爽快、若々しい青春の風を、彼らは感じる。


木造アパートの一室に、彼らはレイプ目的で侵入した。鍵は開いていた。


入った瞬間、異様な臭気がした。


部屋はワンルームで、床には本やCD、よくわからない卑猥な写真などが、乱雑に散らかっていた。


ベッドの上には、見るもおぞましい、人の形をした、蛆虫が大量に湧いた、腐り果てた塊があった。


腐乱死体のようだ。


ベッドの上に、仰向け、大の字になっていた。


「なあ、帰ろうぜ。」


無言で頷き合い立ち去るヤングメン。

路上を、ローラースケートで駆け抜ける。爽快な、青春の風を、彼らは感じる。


いかに無軌道な人生を歩む彼らであっても、腐乱死体をレイプする趣味はないのだった。

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