第10話 

 俺たちは今、委員長の使命でスーパーに向かっている。


 委員長め、自分が行きたくないからって・・・そもそも委員長があんなので大丈夫なのか?イマイチ、何を考えてるのかわからないんだよな・・・陽気すぎて、会話をしててもいつの間にか委員長のおもいどうりに進められてるっていうか。あっ、思い出した。委員長と会話をしてると、主導権をあっちに握られるんだ。


 それにしても・・・

 俺は、横目で隣を静かに歩いている美少女のことを見た。


 とても気まずい!今までこんなに柊と気まずいことあったか?


 記憶を辿っていっても柊とここまで気まずくなったことを思い出せない。柊と気まずくなったことがあるなら、絶対に覚えてるはずだ。

 さっき、教室出るときは、俺のこと、か、かっこいいって言ってくれたのに。これ、改めて思い出すと恥ずかしいな。


 俺は、この沈黙に耐えかねて柊に声をかけた。


「な、なあ。柊。えっと、あの…」

「なに?」


 なんか怒ってる⁉︎怖い、顔は笑顔だけど、めちゃくちゃ怖い。どうした?俺、何かした?


「あー、あのさ。さっきは助けてくれてありがとな。どうしたら良いのかわからなくてさ。だから、本当にありがと」

「別に。当たり前のことをしただけだし」

「そ、そうか?で、でも本当に助かったぞ」

「あっそ」


柊は、それだけ言うと、ふい、とそっぽを向いた。


ええええええええー俺まじでなんかした?柊、美人だから余計に怖いんだよなあ、怒ると。


「ちやほやされちゃってさー」


柊は、下を見ながらぼそり、と言った。

とても小さな声だったけど、あたりが静かなせいか柊の声が通るせいか、よく聞こえた。


「え?別にちやほやなんてされてないけど?何のことだ?」

「わかんないなら別に良いよっ!私がバカみたいじゃんっ」

「えー、なんかごめん」

「楠くんって本当わかってないよね、女の子の気持ち」


は?わかってない?俺が女子の気持ちを?

柊がそんなことを言うなんて・・・なんで俺がそんなことを考えなきゃいけないんだよ。いや、確かに俺は女子の心なんてわからないけど、今それ必要か?

なんかわからないけどカチン、ときた。


「は?知らねーよ。そんなの」

あ、やべ。言い方、きつくなっちまった。昔、麻衣にも似たようなことを言われたことがある。


『あんたってさ、女心ってものわかってないよね。絶対モテないでしょ。はっ、好きな子にも嫌われるよ。ま、どうでも良いけど』


あれは、まだ麻衣が心を開いてくれてないときだった。お互いに喧嘩になって次の日、両親に心配されたのを覚えている。あのときは、まさか俺と麻衣が今みたいに話せるなんて思ってなかったな。

ってそんなことはどうでも良くて。


「なに?それ、私が悪いってこと?」

「あーーーー。違うって」


まずいな。でも、俺だって言いたいことはある。柊のことは好きだけど、俺だって言われて怒ることはある。


「そうじゃないって言ってんだろ。なんだよ、女心って。わかるわけねーだろ」

「は?楠くん?・・・前から思ってたけど、楠くんってたまに本当に面倒くさい」

「それはこっちのセリフだ」

「・・・私、買い出し行ってくるから。楠くん帰ってていいよ。可愛い女の子の注文でも聞いてたら?」

「なんだよ、それ。柊が帰れよ」

「なんで私が?」

「それは、俺が買い物を頼まれたからだろ」

「でも、こういうのは女の子が行った方がわかるんだよ、本当に良いから。私が行くから」


 なんだよ、それ。なんだよ。

 俺は、柊が重たいものを持つのはいけないからって思って言ったのに。


 でも、俺は柊のそんなところも好きなんだろうなあ、と思った。


 柊のことをきちんと認識したのは、高校一年生の秋のことだった。丁度この時期だった。その頃は、柊のことを可愛くて男子に人気がある人、としか知らなくて特に興味もなかった。


『晴人ー!お前なにしてんの?』

『倉庫だよ、ダンボールのあまりがないか見に行くところ』

はあ、なんで俺が・・・あの委員長め。俺らのクラスは、お化け屋敷か。まあ、おばけ役にはなりたくないな。

『ふーん』

『お前こそ何してんだよ』

『沙代待ってんだよ』

『・・・』

『おい!』


そのまま大和を無視して倉庫に向かった。


『あっ、あれー?ここに置いたはずなんだけど。おかしいな。うーん』


倉庫に入ると、そこには噂の柊志乃がいた。噂でしか聞いたことはないけどすぐに分かった。小さな顔にある、大きな目、小さな鼻、きれいな肌。彼女を見て、たしかにな、と思った。確かに男子が騒いでもおかしくないほどの美少女だ。それに、勉強面ではいつも主席、運動神経もよく助っ人に呼び出される、性格も良くてノリが良く誰にでも別け隔てなく接するらしい。

でも、俺にはただの小さな女の子に見えた。


『あの、どうした?』

『あへえっ?あ、ごめん。えっと、捜し物をしてて』

『何?』

『え?』

『捜し物って何?』

『あ、生徒会のファイルでね。先輩にはここに過去の書記の記録が残ってるって言われて・・・それで探しに来たんだけど、全然見つからなくて』


嘘だ。聞いたとき一番に思ったことがそれだった。この子は利用されてる。どうせ、こいつに何か嫌がらせしたかったんだろう。


『本当なのか、それ』

『え?何が?』

『それって利用されてるだけじゃないの、嘘なんじゃねーの』

『そ、そんなこと。な、いと、思う』


 言った言葉とは裏腹に柊の声はだんだん小さくなっていった。そうかもしれないと思っていたのだろう。


『なあ、なんで利用されてるかもしれないのに言うこと聞くんだ?』

『まだ、利用されてるって決まったわけじゃないよ』

『でも、そうかも知れないとは思ってるんだろ?』

『・・・まあ、確かに』

『お前、何かしたのか、先輩に嫌われるようなこと』

『してないと、思う』


 この少女はよくわからない。わざわざ利用されに行ってるってことか?


『じゃあ、嫌だって言えばいいじゃん』

『言えないよ』

『その、お前が自分の思っていることを言わないのは自分が傷つかないため?それとも他人が傷つかないため?』

『・・・・・・自分が傷つかないためだと思う』

『俺には、お前が自分を守るために言ってないようには思えない。だって今のお前は苦しそう』

『・・・・・・』

『自分の意見は自分のために言ったほうが良い。それはきっと何よりも大切なことだよ。お前が自分の意見を言っても誰も怒らないよ、絶対。意見を言うことはわるいことでもなんでもないから。だってそんなこと言ってたら、みんな生きていけないだろ、な?』


そう言って俺が笑うと、柊は華が咲くように笑った。

『恋に落ちると、人って人が変わるんだよ。お前もいつかわかるって』

いつか、大和が言った言葉が聞こえた。



*****


楠くんにひどいことを言っちゃった・・・

楠くん、何も悪くないのに。私が勝手に嫉妬しただけなのに。でもなんか、楠くんの女の子にちやほやされても別に気にしてない、みたいな態度が嫌だった。

どうせ、楠くんは気にしてないんだろうけどさー。私だけ、私だけ。


「女子が行ったほうが分かるってなんだよ」


あ・・・楠くん、怒ってる・・・嫌われたかな、私。今ので楠くんに嫌われたかな。


「違う。ごめん。でも、本当に私が行くから、気にしないで」


多分、楠くんはみんなに必要とされてる。私は、まとめ役適任とか、しっかりしてるとか、言われるけど本当はそんなんじゃない。

楠くんは、自分がどれだけすごい人なのかわかってないだけ。楠くんは、すごいんだよ、とっても。

楠くんはとても人気者だ。女子の中でファンクラブができるほど、みんな大好きでもただ表に出してないだけ、私知ってるもん。

楠くんは勉強はできないらしいけど、他が何でも出来る。特に楠くんの言葉には力がある。楠くんはそのつもりはないみたいだけど、人を沢山助けてる。


あのとき、柊くんが言ってくれた言葉。

『お前が自分の意見を言っても誰も怒らないよ、きっと』

あのときの言葉はずっと私の心の中に残ってる。そう言って笑った楠くんは、私が今まで会って来た男の子の中で誰よりも格好良いと思った。そして、私はきっとこの人に恋をする、そんな確信を持った。


「俺が行くって行ってんだろ。その財布と鞄渡せよ」

「嫌だ、渡さないよ」


ごめんね、でも楠くんは戻ったほうが良いよ。だって、楠くんが高木くんたちと一緒にシフトに入ったら、急に来る人が増えたから。売上一位を目指してる、うちのクラスには楠くんが必要だもん。


「渡せって!!」

「いやだ !!」


 そういって私達は道の真ん中で鞄の取り合いを始めた。


「頑固だな、いいだろ別に」

「頑固なのは楠くんだよっ!」

「はあ?まじでわかんねー」

「わからないのは私の方だよっ!私ばっかり嫉妬して、楠くんはなんともなさそうで・・・ステージのときだって、さっきの注文のことだって・・・!柊くんは知らないだけで女子から人気なんだよっ」

「はあ?ていうか、なんで俺が気にしてないみたいになるんだよ、俺だって柊が他のやつと話してたら嫌だって思うし!なんのために俺が毎日、柊のことを待ってたと思ってんだ!」

「知らないよ、私頼んでないもんっ、でも嬉しかったよ!」

「俺は、柊と帰りたくて待ってたんだっつーの」

「だったらはじめからそういえばいいじゃん」

「言えるかよ」


もう、何で言い合いになったのかもわからなくなってきた。今だって、自分が何を言いたいのか、何を言ってるのかわからない。ただ、今まで溜まっていたものが抜けて心が軽くなっていくような気がしていた。


「私だって・・・私だって・・・」


 力が抜けて、取り合いをしていたバックから手を話した。


「大丈夫だって。落ち着け」

「うん・・・」


 しばらく沈黙が続いた。しばらくして、楠くんが息を飲む音がした。


「柊、あのさ、俺ずっと柊に言いたいことがあったんだ」


 言いたいこと?何?怒ってるとか、鬱陶しいとか?

 恐る恐る振り向いた楠くんの顔は耳まで真っ赤だった。


「俺、実は_____」


その先の言葉は、聞こえなかった。いや、楠くんが言えなかった。


「うわ、やっばーい。急に雨降ってきたじゃんーー」

「うわ、アタシ傘持ってきてねーよ」


ギャルが鞄を頭にのせて、横を走りすぎて行った。


「「・・・・・・・・・・・・」」


「なんでこのタイミングで」

「あ、雨急に降ってきたね」


楠くんは、何を言おうとしたんだろう。


「柊、行こう」

 

そういって、出しだされた手にはたくさんの光が見えた。私は、やっぱりこの人に恋をして良かった。


「うんっ!」


*****


「お母さーん。いないよー、お母さん」

「え?晴乃せいの、卒業アルバムなんてみてるの?」

「うん、おばちゃんが家にきっとあるだろうから見てみなさいって」

「姉さんが?」

「うん。お父さんとお母さんのことをくっつけるのが大変だったって言ってた」

「えー。お母さんはね、名字が違ったんだよ」

「えー?」

「ふふ、私ね、昔は柊だったの」

「名字って変わっちゃうの?嫌じゃないの?嫌だな、私」

「全然嫌じゃないわよ。だって大好きな人の名字になれるんだもの」

「へー、そっかあ」

「晴乃もいつか分かるわよ。大好きな人ができたらね」

「お母さんはお父さんのことが大好きだもんね」

「そうよ、大好きよ」

「じゃあお母さんは自分の名前好きなんだね」

「うん、楠志乃。大好きな名前よ」


                                  (完)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の片思いの相手が今日も可愛い しららうる @ririmasu-nagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ