第4話 「蛮勇の書」

 「ねぇねぇおじいちゃんっ」


 愛らしく銀色の髪はテッペンで結われ、少女は祖父の膝元で健気に本を読んでいた。


 「なんだい、シルフィー…?」

 「この勇者さんはなに、したの?」


 「彼の名の通り、蛮勇で世界を変えたのさ」

 「ばん、ゆぅ?ってなぁに?」

 「剣も魔法も使えず、それでも尚強靭な精神と弱き者を救う慈愛で、不条理を唱える強者に刃むかう力のことだよシルフィー」


 シルフィーと呼ばれた少女はちんぷんかんぷんだった。

 それでもけん、とまほう、は幼心にわかった。いつも周りには様々な光がふわふわと、少女が呼びかければ挨拶してくれたからだ。それを祖父は魔法の妖精さんと呼んだ。


 それでも少女にはわからないことだらけだった。


 近所の子がわたしの髪の色を見て逃げていくこと、精霊さんと呼んでいる光以外にも目に見えないものが見えること。産まれたばかりの妹が家にいないこと。


「ばんゅうさんは、どうしてせかいを変えたのお」

「いまより昔、人族と魔族がこの広い地をめぐって争っていたのだが、蛮勇勇者は人の言葉も喋れる魔族モンスターも人と変わらないと提唱したのだよ。それで、ほれ、あの塔が見えるじゃろ?」


 祖父はシルフィーにわかるように、窓を指さした。


「あそこには、お母さんがいっちゃだめってゆってたよぉ…?」


 今は亡き母の言葉を不安げな表情で少女は思い出す。


「そうさね、そうさね。あそこはこの地で唯一魔族モンスターが暮らす所なのだからね」

「こわいよぅ」

「なに、怖がることはないさ、それもこれも蛮勇勇者のお陰なのだからね」


 祖父は笑い、シルフィーは膝から転びそうになった。


「ばんゅうさんは、なんでそんなことしたのぉ?」

「それはあれじゃよ。人族は妙に他種族を毛嫌いするじゃろ?」


 祖父はシルフィーの髪を優しく撫でると続けた。


「じゃがの、人族の蛮勇勇者はエルフに恋をしてのぉ……。魔族モンスターじゃろうがなんじゃろうが、種族間の厚い壁みたいなものを嫌ったんじゃろうなぁ……」

「ねぇねぇっ。そしたら、わたしもばんゅうさんにあえたら、おじいちゃんみたいにあたまなでてもらえるかなぁ…」


 もちろんじゃよ、と答える祖父の言葉に少女は胸が熱くなる。


「やったぁ、そしたらわたしもーー」

 ーーガシャアアアンっ


 その時、祖父と少女の居る部屋の扉が何者かによって開かれた。


「見つけたぞ、そこのハーフエルフだ。連れて行け」


「いやぁ、やめてぇっ!!たすけて、おじいちゃんっ!!」

「なんじゃいおぬしらゎぁっ!!」


 祖父は大切な孫娘を乱雑に扱う、白いローブを身に纏った男の足へとしがみつく。


「なんだこの腑抜けは。処理してしまえ」


 後ろで待機していた、銀色のアーマーに短剣の格好をしたもう一人の男が鞘から剣を取り出した。


「いやだぁ、おじいちゃん、おじいちゃあぁん」


 そして、男はシルフィーの目の前で祖父の胸元を一突きした。


「いやあぁぁぁぁぁっ!!!」


 シルフィーは泣き叫ぶ。


 絨毯の上にはみるみる内に祖父のおびただしい血が吸い込まれていき、最後の力を振り絞るように祖父は少女へ告げた。


「愛する孫娘、シ…ルフィーよ……。蛮勇の勇者をみつ、け、なさ…い」


 ♢


 ーーピンポーン

 屋敷のドアフォンが聞こえ、シルフィーは目を覚ます。

 ベッドのシーツは汗でぐしょぐしょになっていた。


 すぐに寝室の扉が開き、カケルが封筒を手に入ってきた。


「なんだ…そんな怖い顔して」

「あ、いや、なんでもないわ……」


 シルフィーは自分の顔がひきつっていたことに気付き、咄嗟に平然を装う。


「それより、その封筒はなに?」

「あぁ、ギルドからきたぜ」


 シルフィーはカケルから封筒を受け取り、中の文書を確認する。


「ん?何が書いてあるんだ…?」

「フィレンツェへいくわよカケル」


 シルフィーは文書を封筒にしまうと、カケルを真っ直ぐ見つめた。


 この男を転移させてもう一ヶ月が経つ……。シルフィーにはまだ、目の前の男が蛮勇の勇者なのか判別できなかった。

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異世界転移した俺は蛮勇勇者で、ハーフエルフといつも始まりと終わりに無茶をする とあラノ @rayy

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