震災デマ拡散会議

 東京・市ヶ谷にある防衛省庁舎A棟では、働き方改革が叫ばれるこの時代でも皮肉なことに、夜になっても煌々と明かりが点いていた。午後8時を回ってから始まった今日の会議では、比較的若手の官僚が集められたが、その会議の中身については極秘、上司にも詳しいことは話すなということだった。


 どういうことを決める会議なのか、おおよそ若手官僚たちには伝わっていたのだが、その情報の正しさについては半信半疑の者が多かった。しばらくすると、局長が部屋に入ったところで全員集合となり、会議室には鍵がかけられた。


「遅れてすまない。早速始めよう」


 局長は、パソコンで作成されたスライドを、わざわざ印刷したものを若手官僚に配りながら、話を始めた。


「君たちも十分知っていると思うが、南海トラフ地震の被害想定ではいわゆる太平洋ベルト地帯、日本を支える生命線が大きな被害を受けるとされている。最悪の想定では死者が32万人以上、経済被害は220兆円以上と言われている。もちろん、これは最悪の想定だから、適切な備えをすれば被害をぐっと抑えることができる」


 この程度の話であれば実際、官僚ならみな知っている。あくまでも今日の会議の背景として話しているだけだ。若手官僚たちが被害想定などをある程度把握していそうな様子を見て、局長は会議の趣旨を話し始めた。


「さて、問題はどうやって災害に備えるかだ。行政レベルのインフラ整備などは徐々に進んでいるが、国民レベルとなるとなかなか管理が難しい。どうやって平常時に防災意識を高めるかが課題になっている。皮肉なことに、一度災害が起きたり、流言が流れた時には、防災グッズが購入されたりもするんだが、それもまた時間が経つと……」

「……あの、これ要するに、地震が起きるというデマを定期的に流して、国民の防災意識を都度高めようという訳ですか」


 資料をめくっていた若手官僚の一人が、局長の説明を遮って結論を聞こうとした。局長は少しにやりとして、手に持った資料を脇に置いた。


「まあ、そういうことだ。自然発生的な流言は昔から何度か起きていたことだが、最近では流言のプラスの側面に政府としても注目しているんだ。特に、流言が広まるスピードについては目を見張るものがある。これを上手く制御・活用できれば、迅速に情報を伝えることができるのではないかと」

「となると、何かしらのデマを政府が意図的に流して、それに対する反応を観察する目的もあるのですかね」


 また別の若手官僚が、資料の後ろのページに目を通しながら言った。


「そう、そういう目的もある。SNSなどで流言を拡散させてショックを与えた時に、防災へ繋がる行動がどのくらい見られるか、情報を制御する余地があるのかなど、時系列解析なども使って定期的に調査したい訳だ。実は過去にも、実験を何度か行っていたんだが、情報を拡散させることにはある程度成功している。今回はデジタルネイティブの若手にも参加してもらい、活動規模を大きくしようとしている」


 他の若手官僚たちも、資料を静かに読み込んでいた。今の会議上では「デマ」「流言」と言われている語句は、資料上では「風説」と書かれて若干マイルドな表現になっていた。また、デマを流す実行日は既に決まっており、予算は国の予備費から出る旨も書かれていた。使途不明の予備費とは、このような形でも使われているものなのだろうか?


「さて、それでは君たちからアイデアを聞こうかな。どのようにすれば流言、もとい『風説』が広まりやすいだろうか? 防災意識を高めるのに効果的な文章とは? 一人ずつ意見を述べてもらいたい」


 若手官僚たちは、そういう話は専門外だと心の内では思いつつも、次々と意見を話していった。独自研究で地震予知ができると主張する人間を使う方法や、預言や予知夢のような能力を持つ人間を使う方法などが出された。未来から来た人間が突然書き込みを始めたという設定でもいいし、SNSなら捨てアカのような適当なアカウントでもいいのでは、という話も出た。


 若手官僚の一人は、少し集中力が切れて、眠い目を擦り始めた。まさか、国家公務員になってから、こんな仕事に関わることになるとは……。こんなことで今日もタクシー帰り、また早朝から出勤する羽目になるのだろうか? 無理に国民の意識をコントロールしようとするよりも、行政側で上手く防災インフラを整えた方が良いのではないか? そんなことを考える内に、市ヶ谷の夜は今日も更けていった。


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