同僚は唯一神

「それで、その問題が起きないって保証はあるんですか?」


 また言われてしまった。開発中の製品に新技術を取り入れたは良いものの、品質保証部からすると、ちょっとした問題の可能性も気になるらしい。起きないことを否定できない問題に対しては、必ず何か防ぐ仕組みが必要なのだという。


「その問題が絶対に起きないとは言えませんが……」


 言いこめられている若手技術者は、相手の懸念をどう晴らしたらいいか頭を悩ませていた。試作前のシミュレーションなどは行っているし、試験もして社内基準はすべてクリアしている。だが、製品が非常識な使い方をされて、大きな問題に繋がることもある。マニュアルに注意を書くこともできるが、設計が不親切なら結局は会社が批判されてしまう。最終的にはどこかで妥協するしかないのだが、大きな問題が想定されるなら、何か対策を取った方が賢明ではある。


「その問題が絶対に起きないとは言えないなら、ちゃんと対策を取るべきですよ。そうでなければ発売の許可は出せません。特に今回は、新技術を採用しているんですから」


 品質保証部の言うことは間違ってはいない。間違いとは言えないなら、対策を考えるしかないのだろう。若手技術者はひとまず、懸念された問題について検討すると伝えた。




 若手技術者は、設計開発部に戻って課長に経緯を説明した。課長はしばらくして、若手技術者の話を要約してみせた。


「要するに、電子レンジに猫を入れられる可能性を否定できないから、猫を入れられない電子レンジにしてくれ、と言ってるようなものだね。難しい話だなあ」

「でもまあ、電子レンジに猫を入れる人はいますからね。たとえ故意でも……」


 品質保証部の論理は少しずるい。ちょっと非常識な想定に対しても、「起きないことを証明してほしい」という、いわゆる悪魔の証明を求めている訳だ。


「幽霊はいないという証明はできないから、幽霊はいると言ってるようなものですよ」


 なんだか重苦しい空気になっているのを見て、ベテラン技術者がちょっかいをかけに来た。


「いやいや、幽霊はいるよ。だって、いないってことを証明できないだろ?」


 若手技術者は、少しやけになりながらおどけてみせた。


「じゃあ、黙ってたんですけど、実は僕は神なんですよ。僕が神でないとは証明できないですよね。だから、僕は神ってことです」


 ベテラン技術者は応じた。


「神って何だよ。定義が分からない」

「唯一神ですよ。この世界を作った唯一神」

「なんで唯一神が普通に働いてるんだ」


 話が脱線した所で、聞いていた課長が止めに入った。


「変なことを言ってないで、まずは何か良い対策を考えておいてくれ。私は品質保証部に相談してみるから……」




 ベテラン技術者は、席に着いて溜息をついた。


「唯一神くん、君が作った世界で自分が苦しんでるようじゃ困るよ。もうちょっと楽に生きられる世界にならないのかい」

「いやー、楽に生きられたら良くないんですよ。成長できなくなるので」

「信用ならんな。何か奇跡でも起こしてくれ」


 若手技術者は、目線の先にある新製品を見て言った。


「まあ実のところ、この製品を使えば奇跡でも何でも起こせるんですけどね。要するに、奇跡を起こしたように『見えれば』いいんですよね? この製品ならそれができますから」


 いま開発中の製品は、今まで存在した製品とは一線を画する娯楽品だ。その製品では、使用者の脳神経を部分的に麻痺させたり、特殊な電磁波を送ったりすることで、使用者の「知覚」を制御することができる。それによって例えば、和室の景色を「見て」、畳の匂いを「嗅いで」、抹茶を「味わって」いるかのような疑似体験をさせることができる。脳神経の知覚に関する領域を直接いじっているという点で、既にあるバーチャルリアリティ技術とは種類が異なるものだ。また、自由に移動ができない、ホスピスにいる患者などにとっては、「最後の思い出作り」をできるツールになると期待されている。


「唯一神くん、今の話を聞いていると、やっぱり品質保証部が言うように、悪用する人間も出てきそうに思うんだけどね。その製品で言わば『幻覚』を見せてやって、あることないことを信じ込ませることもできるんじゃないか」

「確かに否定はできないんですが……。じゃあ、品質保証部の懸念は、一理あると思いますか?」

「まあそうだろう。それこそ、君が悪用しないとも限らないからな……」


 脳神経のシミュレーションや制御の技術は、多くの研究を経てついに製品化の一歩手前まで来た。だが、その製品をどう使うかは使用者の判断に委ねられる。どこまで会社側が責任を持つべきなのか、発売近くになって今更揉めるのも変なのだが、話の結論はすぐに出そうにはなかった。


「そうか、この製品を使えば『神』にもなれるかもしれないのか。そこまで考えたことはなかったな……」


 若手技術者は、不敵な笑いを浮かべながら新製品を撫でていた。


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