滅亡予定日(星新一『午後の恐竜』より)

 うちの高校では2年生になると、工場見学へ行く行事がある。特にワクワクしたりはしないけど、受験期も近いこの時期にこうした行事が挟まれていると、個人的には少しホッとできる気もする。


 工場見学の当日になって、朝早くから学校でバスに乗り込んだ。これから数時間はずっと座っていることになる。周りに友達はいるけれど、これは少しかったるい。始めはみんな喋ったりしていたけれど、先生が少し注意してからは車内も静かになった。しばらくして、暇を持て余していた友達が口を開いた。


「そう言えば今日って、人類滅亡の日だったよね」


 それを聞いて、自分も急に思い出した。そうか、今日がその日か。しばらく前から言われていたことだ。なんでも、どこぞの古代文明の予言により、今日で人類は滅亡するらしい。まあ、たまに聞く話だ。何年かおきに、こういう予言が話題になる。そしていつも決まって、その予言は外れるのだ。



 ――星新一の小説で、こんな話があった。


 朝起きると、街を恐竜が歩いている。だがそれは本物ではなく、立体映像のようだった。誰もその正体は分からない。けれども、その幻影はどうやら世界中に現れていて、進化の時系列を辿っていることも後で分かる。やがて夕方になり、恐竜はいなくなって哺乳類達が姿を現す。


 そして、物語の主人公は気づく。これは、いわゆる「走馬灯」ではないか。その走馬灯が、全ての動植物規模で起きているのではないかと。つまり、進化の時系列が現代に辿り着いた瞬間、人類は滅亡する……。そしてその予想は当たり、人間達はどこかから飛んできた核ミサイルによって、最後には滅亡してしまうのだ。



 自分がその話をすると、友達は興味を持ってくれて、「じゃあ、そろそろ恐竜が見えてこないとね」と、バスの外に目をやった。けれど、恐竜は見えなかった。


 しばらくして、道路の工事現場が見えてきた。すると、ショベルカーが目に入ったので、自分はそれを指さして、「おい、恐竜がいるぞ」と言ってみた。すると友達も「ああ本当だ、いる」と言って、しばらく冗談を言い合った。そして飽きた頃、「馬鹿だねえ、馬鹿だねえ」と嘆き合ったりした。



 そうこうするうちに工場に着いた。思ったよりも立派な工場だった。そこでは製鉄も行っていて、煮えたぎった鉄を流したり、ロール状の鉄を機械で伸ばしたりしていた。でも個人的には、製鉄現場はとにかく暑いという印象しかなく、地球ができた頃はあんな感じだろうか、などと妄想して過ごしていた。


 途中で大きなクレーンがあったので、自分は友達に「あそこに首長竜がいるぞ」と声をかけてみた。すると友達は、「首長竜は海の生物だろう。だからあれは、ブラキオサウルスかなんかだ」と訂正したりした。そんなこんなで、本来の目的とは違うものの、自分達なりに工場見学を楽しんで、帰りのバスに乗った。


 バスの中で自分は考えた。本当に今日、人類が滅亡するなら、工場見学なんかしている場合ではない。けれども、実際にはこうして行事の予定が組まれ、しかもみんなそれに参加している。これが意味するのはつまり、少なくとも自分の周りでは、人類滅亡を本気で信じている人などいないということだ。


 なんだかつまらないな、と思いつつバスから外を見ると、交差点に大勢の人が立っていた。自分はそれを指さして、「見ろよ、恐竜がいつの間にか、猿に進化しているぞ」と言った。友達は「おお、いよいよ現代に近づいているな」と返した。そして自分達は滅亡の瞬間を待った。けれども、いつまで経ってもその気配はしなかった。



 何事もなく家に着いた。晩御飯を食べて横になっていると、いつの間にか眠ってしまっていた。親に叩き起こされて急いで風呂に入り、寝る支度をしている時になって、ふと「人類滅亡説」を思い出した。時計を確認してみると、とっくに12時を回っていた。


 少し気になって、寝る前にネットを見てみた。色んなサイトを回るうちに、予言を信じて核シェルターを買った人とか、次の新たな「人類滅亡説」なんかを見つけたりした。


 そうそう、そうこなくては、なんてことを心の中で呟いて、いつの間にか人類滅亡説に夢中になっていることに気がついた。我に返って、そう言えばあの宿題をまだやってなかったな、とか嫌なことを思い出して、どこぞの古代文明を恨んだりもした。


 慌てて宿題をやろうかとも思ったものの、眠かったので明日の自分に託すことにした。願わくば、寝ている間に世界が滅んでいますように。おやすみなさい。

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