レトロ

ぐーすかうなぎ

レトロ

 トリは空を飛べても、宇宙までは到達しないだろう。

 そうさ。燃えつきてでも、この星を出て宇宙に行きたい――そんなトリなどいない。

 そして僕もまた同じように、この空を越えて宇宙に出ることはないだろう。


 ◇


 その日は天の川がギラギラとやたらやかましい夜だった。そこへ、ヒラッと華麗に舞う戦闘機が一機。

 そいつ、、、は席が二つついている――いわゆる複座機ふくざきというものだった。このご時世に珍しくアナログなやつがいるなぁ、周りはそう言った。

 しかしその戦闘機の前席で操縦桿そうじゅうかんを握る少年レトロはそうは思っていなかった。


「天の川からしたら、僕らの大きさって粒ほどもないだろうなぁ」

「天の川に瞳でもついてるの?」

「それは――、あぁ、そうか。瞳、ないよなぁ」

「もしついてるのなら、見つめてみたいわね」

「……、ギョロっとしてるさ」

「不思議よね。毎日のように天の川を見ているのに、まったく飽きない」


 そんな風にしてレトロに声を返したのは、戦闘機の後席にいる少女モモだった。

 ハイテクな時代に複座機はあまり需要がないとされるが、恋人を連れて空を飛ぶ――いわゆるロマン飛行とでも言うのだろうか、それには持って来いな機体だとレトロは思っていた。


 ささやかな時間だったが、レトロにとってこれほどの瞬間はなかった。

 何よりレトロにはわかっていた。

 モモが空の中で上機嫌になれば、歌を歌いだすことを。そして自分もそれに合わせて口笛を吹き、やがては上機嫌同士で同じ家に帰るのだと。


 レトロはヒラヒラヒラと機体を旋回させ、ある島の付近に戦闘機を着水させた。あたりは年がら年中おとなしい海で、その島を責めいるものは何もなかった。そこへ、シャッと二人して降りたつ。浜を一周するにしても何十分とかからない、本当に小さな孤島だ。そこがレトロとモモが住む場所で、帰る場所だった。

 そしてそんな島にかつてポツンと小さな家を建てたのがレトロなら、そのかたわらにかつて一本だけ木を植えたのはモモだった。その木はあっという間に育っていき、二人の関係の年月を表すかのように立派なものとなっていた。それはもう、上空から見ても目立つくらいには。


 レトロは「うーん、うーん」とうなりながら、その立派な木に対してブツブツと文句を言い始めるのだった。


「この木はさすがに育ちすぎだな。目立ちすぎる」

「いいじゃないの」

「大陸から離れ住んでる意味がないだろう。見つけて欲しいのか?」

「そうじゃないけど、こんなにも育ったのよ?素敵じゃない」

「僕は家の補強材にするか、暖炉にでもくべたい、、、、ね。すぐに!」

「ダメダメダメダメ!」


 それでもお互いに本気じゃないことはわかっていたのでヘラヘラと笑いあい、彼らは家の中へと入っていった――やがて室内の陳腐なライトの光がこの木を照らし幻想的なサマになっても誰も気づきはしなかった。


 ◇


 翌朝のこと。

 レトロ愛用の無線機から、知ってる声が聞こえてきた。


『レトロ、緊急だ。また空に穴が開いた。そこから敵の機体が押し寄せてきている。位置は大陸の真上だ』

「フックスさん。レーダーに反応はありますか?」

『そうだな、反応はあったりなかったりだ。やつらだんだんとゴースト化してきている、そのへんも十分に注意してくれ』

「わかりました」


 プツ。――緊急ともなれば、あまり長話はできない。むこうの対応が雑になっても当然だった。

 レトロは心臓をバクバクさせながら、さっそく準備にとりかかった。準備をしながらも、そこに居合わせたモモと会話をするのは怠らなかった。


「フックスさんからの無線ってことは、戦うんでしょう?」

「うん。毎度ハッキリ言うけど──、僕の人生、今日が最後かもしれない。モモ、家の無線で世間を知るのはツラいかもしれないけど、ほとぼりがさめるまではどうか様子を知っててくれ。あと色々な通信が静まって大丈夫だと思っても、絶対に外に出ちゃダメだ」

「うん。わかってる」


 二人は恋人同士とは言え、まだ子供だった。親子がするような抱擁しか交わせない。そのくらいに、何も知らなかった。

 レトロは離れ際になって、また、モモの手を握った。手袋ごしで、それはもう強く。モモはその度に痛がったが、それでもそれは儀式みたいなもので、なぜかやめられなかった。


 戦闘機に乗りこみ、島――、そして海から離れる時になって、ようやくレトロは身を引き締めたのだった。

 向かう先は――大陸の真上。ちょうど燃料の海水が、片道分といくさ分でなくなるくらいだ。


 ◇


 レトロの戦い方はいつもえげつなかった。

 命をしとめ、相手を再起不能にする――そういう確実な迎撃しかしなかった。

 戦闘機に乗りなれていると、心臓の位置がどこにあるのか見えてくることがある。それはレーダーよりも正確な、経験による手腕だった。

 ヒラヒラヒラ――ブルーの蝶が飛んでる。それほどまでに優雅さを誇ったレトロの戦闘機だったが、そんな風に相手に思わせている間に容赦なく全てを滅ぼしていったのだった……。


 レトロは懸命にあたりを見回した。まだ油断はできない。レーダーじゃなく、視認も必要不可欠だ。


「応答せよ。こちらレトロ。空の穴の修復はまだですか――」


 そんな風に呼びかけながら、彼は空の穴の近くを陣取って、ずっとヒラヒラと旋回していた。すると――……。


 シュゥウウウ――ン。


 そんな音とともに、一羽の白いトリが空の穴から落ちるのを見つけ、レトロは思わず「なんだ、あれは――」と、目を凝らしたのだった。

 白いトリが落ちていくのをずっと見ているわけにもいかないと思い、彼はグゥウウと戦闘機をゆっくりと降下させた。そしてコックピットをオープンさせ、その白いトリをキャッチしたのだった。

 そしてそれと同時に、あたりがとても焦げ臭いことに気づいたレトロは大陸の様子を見たのだった。――どこも黒煙にまみれていて、もう何かを把握できる状態ではなかった。

 次の瞬間、空に残っていた敵の機体の残骸がいっきに消えた。それこそゴーストや幻だったかのように、スッと透けて。それは空の穴が修復された証だった。――シーンとあたりが静まり返る。


 レトロはそのタイミングで無線を使って、フックスに呼びかけた。


「フックスさん。いますか?無事ですか?」

『あぁ、いる。オマエ、無事だったんだな、よかった。科学チームには何人か負傷者が出てな。空の穴を修復するのに手間取ってしまった。すまない』

「いいえ。それより、今、空の穴から白いトリが落ちてきたんですが――」

『空の穴から?――妙だな、そいつは宇宙から降ってきたってことじゃないか』

「ですよね。一見すると、小さなドラゴンにも見えなくはないのですが」

『問答無用だ。さっさと殺しちまえ』

「――で、でも」

『はははっ!なんってな、冗談だよな?空の穴が修復し終わってるってのに、宇宙生物が居残ってるわけない。だろ?』

「は、はい。では――」


 レトロは幾度となく敵の機体を迎撃してきたパイロットだ。それも、その命ごと。しかしこの白いトリに関しては、なぜか殺すことをためらってしまったのだった。


 この星では見かけない形をしている白いトリ。そいつが弱って、今、自分の腕の中にいる。


「まいったな。こりゃ」


 レトロはフックスがいる科学施設の近くの上空からさっさと離れ、ひとまず大陸のキワに着水した。

 そして戦闘機の燃料タンクに海水をダバダバといれ、モモの待つ孤島へと急いで飛びたったのだった。


 ◇


 レトロは知らなかった。戦闘機らしきものの音が家の外からきこえだすと、モモのすり切れそうだった心が、わーっとよくわからない力によって救われ、それと同時にとてつもない不安にかられていたことを。

 もし彼――レトロが帰らないことがあれば自分は人生をかけて耐えるのだと、モモはどこかで覚悟していた。そしてその一方では自分がいなくなった世界での彼は、どうだろうかと。


『そんなこと言わないでくれ。不安は全て捨ててるんだ。でもモモ、君だけは例外なんだ』


 以前、レトロがそんな風に言いにくそうに言ってくれたのを思い出して、モモはとうとう泣き崩れそうになったのだった。自惚れじゃなく、これが、モモとレトロの関係なのだ。

 モモはそこまで考えて、自分のいる家に向かってくる足音がどうかレトロのものであって、と願った。


「モモ!無事だな」

「え、えぇ。――レトロ、貴方も」


 ◇


 レトロとモモはその後、あわあわと白いトリの看病に追われたのだった。

 二段ベッドの一段目を白いトリに貸したレトロは近くのソファに、そしてベッドの二段目にはモモが。そんな具合に役割分担をしながら、未だに苦しみながら眠りこけている白いトリが目覚めるのを待ったのだった。


「ノーランド、ノーランド」


 レトロとモモが目覚めて初めて聞いたのは、白いトリの鳴き声――、ではなく、喋り声だった。


「喋ってるな。それより、ノラド、、、って?モモ、詳しいだろ」

「わからないわ。故郷の地名かしら?それとも、名前なのかしら?」

「えーっと、宇宙の本、宇宙の本――。ノ、ノ、ノ……あった!あったよ。モモ」


 レトロが手にとった本の一ページには、こう記してあった。


 ノーランド星。

 むこうの星ではノーランド星と発音しているらしいが、こちらの星では聞き取りづらく『ノラド星』と聞こえる。人類よりも動物の割合が多く、とても野生的な星だ。


「え?本当に?貴方――ノーランドって言ってたのね、難しい。というか、この子、宇宙の迷子なの?」

「そうだよ。でも宇宙へ帰す手だてはないな。ずっとここで暮らさせるっきゃないか?――あー、糞してる!モモ、モモ、世話をまかせた!」

「もう!また人まかせ!」

「ごめん!僕にゃとても出来ない」


 そして――……。

 そこから数か月、この白いトリ――ノラドとモモの絆はとても深まっていた。

 モモが「ゴロン」と言えばノラドは寝そべったし、モモが「ご飯よ」と言えばノラドは素直に飯にがっついた。

 レトロはそのサマには見事なものだと感心した。感心しながらも、何やら彼は空を見上げて考えにふけりだしてしまうのだった……。

 そうだ。このノラドはよりにもよって、こんな――バリアによって完全防衛されている星に来てしまったのだ。それをどうにかしてやるには、――してやるには。


 夜にノラドが「ノーランド、ノーランド……」と切なそうに喋るのを見ると、レトロもそうだったが、絆が深まってしまったモモの方も何とか出来やしないかと、そんな風になってしまう。

 そんな中レトロが思い浮かんだ手段は、一つだけ。

 宇宙からの襲撃を全て無視して、空の穴へとこいつ――ノラドを戦闘機で運んでやる、ということだけだった。しかし、そうとなると、いよいよ生き残れはしないよなぁとレトロは思っていた。


 夜の光は中々にまぶしかった。小さな島にとっては、いつだって星空は巨大なものだ。

 いつしか狭い浜に残されたのはレトロとモモだけとなっていた。肝心のノラドは定時になるとお利口にもソファで眠りはじめるので、今は本当に二人だけだ。


「ねぇ、レトロ」

「ん?」

「あたし、ついてく、天の川の向こうまで」

「はぁ……確かに、僕は天の川が好きだよ、でも何言ってんだ。ノラドを帰すためだけに僕らがどうなってもいいというのか?死ぬんだぞ」

「すこし前――あたし、無線を乱雑に拾ってる中で聞いたの」

「うん?」

「貴方がよく話をしているフックスさん。彼は、彼は科学チームを利用して、政界を脅していたわ。言うことを聞かなければ、バリアをはがすって――それってつまり」

「あぁ、空の穴をワザト開けているっていう」

「知ってたの?」

「そりゃあね。でもウワサと直感でしかなかったよ。そこに確かなことが浮かんで来るとは思ってなかった」

「ね、この前の大陸も、恐らく。いつかは、きっとここも……」

「――モモ。すこし飛ぼうか」

「え?」

「二人で」


 二人して戦闘機に乗りこみ、いつもの様に夜空の中を飛んだ。

 複雑な瞬間なはずなのに、とても静かな心地だった。

 レトロは少なくともそうだったが、モモの方は……表情ではわからなかった。ただ、おさえきれなくなった涙が頬を伝ってるように、レトロには見えていた。


「モモ。大丈夫だよ。二人でいれば、こんなにも幸せだよ。そうだろ」

「うん」

「本当に──死ぬつもり?言っちゃ悪いけど、たかがノラドのためにだよ?」

「貴方には、あたしの心が見えないのね」

「見たいよ。のぞいて見たいよ」

「ふふ。あーあー、天の川からしたら、あたしたちの大きさって粒ほどもないだろうなぁ」

「ちっ、マネするなよ。恥ずかしい」


 しかしそう返しながらもレトロは思っていた。

 ――こんなにも星たちが、僕らを待っている。


 ◇


 それは、ある日の昼時だった。

 レトロの無線機がウーッと音をたてた。フックスだろうと思ったレトロは準備もそこそこに、モモを先に家から出し応対することにした。


『フックスだ』

「フックスさん。何ですか?」

『決まってる。空の穴が開いたんだ。修復するから、それまで敵の機体を潰してくれ』

「了解です」

『位置は――この間と同じ、大陸の真上だ』


 この前と同じ、か。よく言う。だけどノラドを宇宙へと帰すにはまたとないチャンスだと、レトロは思った。

 彼は家を出ても、モモには行き先を告げなかった。ただ黙ってモモを持ち上げて、戦闘機の後席に乗せた。そして、ノラドは自分自身の腕におさめた。

 レトロは罪悪感がわくごとに、すこしだけ手をふるわせた。気づかないフリをしかけたモモだったが、結局はそんなレトロを抱きしめたのだった。


 ◇


 戦場に出たブルーの蝶、、、、、は、やはり敵の機体に対して容赦がなかった。それは命がつきる前の、全力の先制攻撃であった。

 そして――……、やがてモモが空に向かって声をあげた。


「あ、あれが――」

「うん。空の穴だ」


 ぽっかりと、空の色が抜け落ちている箇所があった。そここそが敵の機体が入りこんでくる場所であり、そしてノラドとレトロたちが目指すべきだった。


 ゴォオオオオオ――ッ。


 レトロが戦闘機を敵に追いつかれないように勢いよく飛ばしはじめると、モモはその勢いに「――っぅう!」とうなった。


「もうすこしだからな。モモ」

「う、うん」


 空の穴の直前で、敵からの狙撃弾をいくつか食らったが、おかまいなしにレトロは飛び進めた。

 レトロは意識が持つギリギリのところで、操縦桿を握るのをやめた。そしてコックピットをオープンにするとノラドを外に出してやった。


「さよならだ。ノラド」

「――っ、ノラド!飛んで!」


 立て続けに響いたそんな声に背中を押されたのか、ノラドは振り向かずに空の穴の向こうへ――天の川の向こうへと飛んでいった。


 そしてレトロとモモは抱きしめ合って、まだ敵の機体が入り乱れる空の中へと落ちていったのだった。

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