seachd

「本当のことだ。イズールトは昔から、何も変わらない……」

 彼は言葉を濁すと、少し苦しそうな顔をした。端整な容姿に、暗い影が落ちていく。

「……私の存在が、イズールトを変わらないものにしているのだ。私の故郷だという言い伝えが、イズールトをこの地に縛り付けている」

 イズールトは花を編む手を止め、じっと彼の瞳を見つめた。儚い赤色が、複雑な色合いに変化している。

「本当のことなど、分かるはずもない。私の故郷は、もっと遠くにあったはずだ……」

「トリスタンの故郷は、ここじゃないってこと?」

「……いや、分からない。もう、分からないんだ」

 トリスタンの滑らかな白髪に、優雅な蝶が一匹、静かに止まっている。それがひどく曖昧で、まるで彼の存在を表しているかのようだった。

「本当のことなど、何もない。この島の言い伝えでさえ、誰かが勝手に作ったものだろう」

 それに囚われ続ける自分は愚かだ。彼はそう言って目を伏せた。

「『イズールト』がいなければ、私はこの世界から消えてしまう。そのために、勝手に作られた言い伝えを……、イズールトを利用し続ける私は、実に愚かだ」

 ――彼は時々、遠くの出来事を悔やむような顔をする。イズールトの手の届かない、ずっとずっと遠くを。

「……そんな顔しないで」

 イズールトには、そう言うのが精いっぱいだった。彼の優しい髪に触れて、繊細に微笑むしかない。

「本当じゃなくったって、別にいいじゃない。『イズールト』はここにいて、トリスタンのことを待っているんだから。私たちがいる限り、この島があなたの故郷だよ」

 幻の国、リオネス。それがシリー諸島と何の関係もなかったとしても、「イズールト」の名は受け継がれ続ける。今までも、そしてこれからも。

「……やはり、イズールトは優しいな」

「だから、別に普通だって」

 穏やかな風が、イズールトの頬を撫でる。この温度を、トリスタンと二人で感じられれば、それだけで十分だ。そう思いながら、彼女は一つ、花を摘んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

忘れがたきイズールト 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ