7

 目が覚める。


 カプセルのカバーが跳ね上がっていた。


 時間が経過したという感覚が全くない。ついさっき入眠したような気がする。だが、僕が目覚めた、ということは……きっと、既に何年、何十年……いや、何百年も過ぎているのだろう。


「!」


 起き上がった僕は、愕然とする。


 体がえらく軽い。いや、それだけじゃない。僕の目に映る自分の体は、どう見ても入眠時のそれではないのだ。まるで、20台の……そう、絵瑠沙と出会った当時のようだった。


 人工冬眠は人間を若返らせるのか? そんな話は聞いたことがないのだが……


「お目覚めかしら?」


 声の方に振り返った僕は、再び驚愕する。


 そこにいたのは、絵瑠沙だった。身にまとっているのは、彼女が僕と別れたときに着ていたワンピース。だが……僕が最後に見た彼女の姿よりも、若干若く見える。まるで、出会った当時のような……


「絵瑠沙……」


「私もようやく任務終了よ。ここではあなたが最後の冬眠者。ここにいた人たちは皆もう目覚めて、外に出て行ったわ」


「そうなのか……あれから何年経ったんだ?」


「あなたが入眠してから、約100年ほどね。もう寒冷化は収まり、地球は元の気温に戻った。プロジェクト・フェニックスの実験は、成功したの」


「そうか……思ったよりもずいぶん早く、結果が出たんだな」僕は安堵のため息をつく。「それはともかく、なんだか僕はかなり若返ったような気がするんだが……気のせいかな?」


「気のせいじゃない。あなたも、私と同じトランスヒューマンとして生まれ変わったの。あなたの顕著な功績を、余剰次元の知性体が認めた結果よ。私がそうして欲しいと彼らにお願いしたのもあるけど」


「!」


 なんと。


「そうか……ありがとう。これでまた、君と一緒に人生をやり直せるんだね」


「ええ。おそらく、永遠にね」


「永遠に?」


「ええ。私たちは自分の体を自分でどのような年齢にも設定できるから、基本的に老化はしないの。病気にもならないし。だから、大きなケガをしない限り、私たちが死ぬことは無い」


「そうか……以前、僕は君のことを『マクスウェルの悪魔』なんて言ったけど、取り消すよ。君は悪魔なんかじゃない。むしろ……神から遣わされた天使だ。マクスウェルの天使」


「それは今やあなたも同じよ。私たちはこれからもずっと、人間たちを見守っていくことになる。それが、私たちに与えられた使命」


「いいよ。君と一緒なら、きっと何でもできるさ……」言いかけて、僕はふと思いつく。「そうだ、人間とトランスヒューマンではダメだったけど、ひょっとして、トランスヒューマン同士だったら子供もできるのかな? できるとしたら、やはり子供もトランスヒューマンになるのかな?」


「それは……わからないね。実験……してみる?」


 少し恥ずかし気に、絵瑠沙が笑った。

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マクスウェルの天使 Phantom Cat @pxl12160

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