曇り空によせて

知らない人

大切なひと

 葉月に手を引かれて廊下へ出た。窓の外に目を向けると低く垂れこめた黒い雲がどこまでも広がっていた。

「この天気だから室内でよかったね」

「そうだね。葉月」

 まっすぐに伸びる廊下を途中で折れて渡り廊下に向かう。私たち以外に人はいなかったから、ぱたぱたとリノリウムを叩く音は二人分だけ響く。交互に、ときどき同時に。葉月は私よりも五センチ背が高い。歩幅も大きくてリズムも違う。そのことがたまらなく愛おしくて、たまらなく悲しくなる。


「ねぇ結衣。どんな人かな」

 薄暗い外を眺めながら、寂しそうにぽつりと声をこぼした。人を振るのはそんなに気分がいいことではない。葉月のような優しい人にとっては特に。

「手紙書くくらいだから、文芸部の人なんじゃない?」

「そうかも。でも文芸部って男子いたかな。沙苗が文芸部だけど、不満そうな顔で男子いないってよく話してる」

 葉月は窓から目をそらし、俯いて水色の便箋をみつめる。消え入るような声でこんなことをつぶやいた。


「……もしも女子だったら、嫌だな」


 突然私の方を振り向いた。肩まで伸ばした黒い長髪がさらさらなびくのを眺める。顔は直視できなかった。きっと四方を壁に囲まれたような、窮屈な表情をしているだろうから。


「人の何倍も勇気出してくれたのに、私の一言で全部裏切ることになって……」


 もしも四方が壁なら、その誠実な性格が葉月自身を追い詰めてしまうのなら、せめて私だけは葉月の味方でありたい。


「裏切られたなんて思わないよ」


 私が告白しなければ葉月が今ほど苦しむこともなかった。罪滅ぼしじゃないけど、いつか葉月が誰かと付き合うまで、ずっとそばにいたい。もう二度と、好きだよ、なんて言わない。思わない。だからどうか


 目を細めて、頬を上げて、口元を緩めて。


 私のことなんて、忘れて。


「ごめんね結衣」


 つないだ手が痛いくらい強く握りしめられる。私も同じ強さで握り返す。

 ぱたぱたとリノリウムを叩く音は二人分だけ響いた。交互に、ときどき同時に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

曇り空によせて 知らない人 @shiranaihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ