先輩、規格の違う戦闘機でキメラを組むのはさすがにどうかと思います
竹槍
第一項 先輩、規格の違う戦闘機でキメラを組むのはどうかと思います
「やっぱり固まるなぁ」
かろうじて詰まってはいないが、やはりコネクタ部分の凝固が激しい。
「コネクタはどうしても必要になるからなぁ」
どうにか配管内での固着を防げないものだろうか。
難しい問題ではあるが、それを思案するのがまた楽しい。技術屋の性だ。
「少佐、新入りが挨拶に来ました」
「新入りだぁ?」
そんな時間は部下の声により終わりを告げた
「なんだ新入りって」
「さっき説明したでしょう、来るんですよ新入りが。少佐と同じ機関学校卒のエリートですよ。
「勘弁してくれ。機関学校なんて嫌いだ。あそこでどれだけ馬鹿にされたと思ってる」
「まあまあそう言わずに」
舌打ちしながら背を向けていた部下の方を振り向く。
「せんぱーい!」
すると、彼とは別に黒い頭が胸めがけて突っ込んできた。
「グフッ」
俺がうめくのも構わず、新入りとおぼしき黒髪はがっちりと俺に抱きついた。
「えへへー、久しぶりですね先輩。愛しの後輩がいなくて寂しかったですか?」
「おい待て、お前……」
数年前、あの機関学校で嫌というほど聞いた声。
「あの……お知り合いで?」
「まあな。おいエリー、自己紹介をしろ」
ひっついた女を引っぺがすと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら敬礼をした。
「本日付で整備開発部の配属となりました、エルフリーデ・アルカート少尉です! お世話になりますね。ベル先輩」
「ご丁寧にどうも。ベルナンド・フルスト少佐だ」
「はい知ってます。あ、でも少佐になってたのは初めて知りました」
「まあ、そういうわけで俺の機関学校時代の後輩だ。うっとうしい奴だが腕は確かだ」
「そ、そうですか……えー、整備開発部副部長、ジェームズ・セリア大尉と申します。以後お見知りおきを。それでは小官は雑務があるのでこれにて……」
新入りのエルフリーデ、通称エリーを紹介するや、セリアは何かを察した顔でその場を後にした。
「しかしお前が解放軍に加わるとはな。どういう風の吹き回しだ」
「そうですね。逆に聞きますが先輩が解放軍に入った理由ってなんですか?」
「まあ……誘われたから? 俺だって帝国は正直いけ好かないし」
「私も似たような感じです。でもやっぱり一番の理由は先輩がいるからです。だって先輩のことをわかってあげられるのなんて私くらいじゃないですか」
「叩く口のデカさは相変わらずだな」
「先輩には言われたくありません」
俺をからかうようにそう言うが、正直な話否定しがたいところがある。それ故に癪に障る。
「それに……先輩だって同じじゃないですか」
ふとエリーの声音が弱気になった。
「同じとは?」
「先輩だけですよ。私のことなんてわかってくれるの」
さっきまでの威勢はどこへやら、捨てられた子猫のような寂しげな目で俺を見つめる。
「……だろうな」
まったくこれだからこいつには敵わない。
「って、こんな面倒くさい女みたいなこと言いたかったんじゃないんです。えっと……その……ですね……」
はにかむように言葉を濁すエリーだが、やがて意を決したかのように口を開いた。
「先輩、規格の違う戦闘機でキメラを組むのはさすがにどうかと思います」
彼女が呆れ顔で指さす先には、さっきまで俺が整備していた戦闘機があった。
まあそんなこったろうと思った。
「なんですかこのメインスラスターだけネメシス社なアウターヴァルチャーは。しかも武装面は本家ヴァルチャーに寄せてますよねこれ」
無理もない話だ。独自規格のネメシス工業製
「いやさ、俺はさ、本家ヴァルチャーも捨てたもんじゃないと思う訳よ。確かにオランシア会戦では散々だったけどさ」
F-13ヴァルチャー、地球連邦の開発した艦載戦闘機で、高性能なレーダーと長射程のミサイルを搭載しており、連邦軍の基本的な空戦思想である「先制発見、先制攻撃」をよく表した戦闘機と言える。
だがしかし、ファリアス戦争においてファリアス救援に向かう連邦軍の連合遠征艦隊と、ヴェルネシア帝国軍の機動遊撃艦隊が衝突したオランシア星系会戦において、ヴァルチャーを主力とする連邦軍は数で大きく劣るはずの帝国軍に対して完全敗北を喫し、動員戦力の六割を失う大損害を被り、こと艦載機は発艦した内、無事戻ってきたのは一割もいないという始末であった。
連邦がファリアスを見捨てる形で介入を断念した原因は、この敗北によって政府も軍部も国民も木っ端みじんに戦意を打ち砕かれてしまったからだ。
「先制発見、先制攻撃って考え方自体はそうおかしなものではないし、小惑星帯を活かした伏兵を決めた帝国軍が上手だった。連邦軍司令部も艦載機を対空砲火のアウトレンジに出しちゃってた訳だし」
これにより世間からの評価が地の底まで落ちてしまい、設計主任が辞職願を出す騒ぎになったヴァルチャーだが、専門家からは擁護の声も少なからず上がっている。
地の利のある帝国軍に巧みに母艦の支援の届かないところに誘い込まれ、強みを活かしにくい小惑星帯で格闘戦特化の帝国軍機の奇襲を受けて何ができようというのか。
「それに帝国軍のパイロットの面子が完全にオールスターゲームのそれだったりとかですか?」
「そう、臨時編成とは言え教官クラスをほぼ全員前線投入とか正気の沙汰じゃない」
しかもその相手は帝国軍第零戦闘飛行団、連邦軍との一大決戦に備えて特別に編成された精鋭部隊で、その実態は本来は訓練および戦術分析に当たるべき
諸々の事情を鑑みれば一割生還したのがむしろ奇跡というのが俺達擁護派の意見だ。
実際、ヴァルチャーの海外輸出仕様であるアウターヴァルチャーことF-13Lは本家より若干性能で劣るにも関わらず、輸出先のファリアスで斜陽の中善戦し連邦を退けた帝国が物量面で優位に立ってなお敵にある程度の損害を強いた。
そして国が滅んでもなお、このように我らが解放軍の主力の一角として活躍している。
「戦闘団組めるくらいエースがいるなら格闘戦も選択肢にはいるんだが、新兵に毛が生えた程度となると遠くから一発撃ってトンズラが最適解だからな。ゲリラ戦ともなればなおさら」
「先祖返りはわかったとしてネメシスの液体化学スラスターはどういうわけです?」
「悪食だからな」
俺がこのアウターヴァルチャーに積んだのは、とっくの昔に電気推進システムに敗れ、補助的な役割でしか使われることがなくなった液体化学燃料を使用したスラスターである。
「燃料どころか、可燃性の液体なら大体何でも動く。ゲリラが使うにゃうってつけだ。多少の性能を犠牲にしてでも試してみる価値はある。そのために武装を本家寄りの長射程仕様にしたわけだし」
電気推進システムには専用の推進剤が必要となる。軍だけでなく民間でも広く使用されているものなので、現状あの手この手で入手することができているが、万が一供給が絶えたときに備えておいて損はない。
まあ本来液体化学スラスターはちゃんとした燃料を使用するものだが、今回使用したのは変態企業と名高いネメシス工業の自信作である。
「まだ試作段階ではあるが、結果は上々だ。シミュレーターでの戦闘成績は悪くないし、代用燃料突っ込んで実際に動かしてみたが、思ったより性能低下がなかった」
「そのわりには行き詰まってそうな表情でしたが」
「わかるか? まあ一つ問題があってな」
俺はさっきまでいじっていたパイプを渡す。
「うわ! 何これ油ですか?」
壁面にギッチリこびりついたテラテラとした固形物を見て、思わず悲鳴をあげる。
「そう、代用燃料の種類によってはエンジン以外の燃料系統がすぐに詰まる。特に別規格を繋ぐ自作のコネクタ部分が深刻でな。短時間の試運転でこの有様だ。普通に使ったら飛行中にまず間違いなく吹き飛ぶ。エンジンだけなら廃油を突っ込んでもある程度動くんだがな」
「どういう仕組みなんでしょう……?」
「さあ? 中覗いてみたがよくわからなかった」
多分コーティングか何かだとは思うが多分内壁削ってみないとわからないだろう。
「でも面白そうじゃないですか。私にもいじらせてくださいよ」
「わかったわかった。取りあえずお前着替えてこい。まだ軍服じゃねえか」
「あっ、そうでしたね」
かくいう俺も、こいつが軍服、しかも正装であることに今し方気がついたのだが。
というかこいつ正装で油まみれの俺に抱きついたのか。
「あそこの二階の隅に更衣室あるから」
「わかりました。あっ、先輩、覗かないでくださいよ」
「そんなん気にするような奴だったっけお前」
「乙女心は移ろいゆくものなんですよ。ご存じなかったんですか?」
「やれやれ……」
ああ言えばこう言う。数年ぶりに会ったが、案の定減らず口は相変わらずだ。
「……こうやってると、機関学校時代を思い出しますね」
ふとエリーがぽつりと呟く。
「おいおい、学生気分で来られても困るぞ」
「えー、いいじゃないですか、先輩と二人の時くらい気を抜かせてくださいよ」
少し照れくさそうに、しかしニカッと元気よく笑ってみせる。
「はいはい。働き次第で考えてあげますよっと。いいから着替えてこい」
「はい!」
そして案の定、逆らえない笑顔も昔のままだった。
先輩、規格の違う戦闘機でキメラを組むのはさすがにどうかと思います 竹槍 @takeyari
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