紫陽花日記

くろ飛行機

紫陽花日記

2月6日 雨

 私は今、絶望の渦に飲み込まれている。人生で最も心が弱っていると言っても過言ではない。家に帰ってきてからずっと涙は止まらないし、嗚咽感も止まらない。どうして、こんなことになったのか、私の何がいけなかったのか、考えても、考えても、わからない。ただ辛くて、もうすべて終わりにしたいと思ってしまう。

 ああ神様。私は何か悪いことをしたのでしょうか。私が悪いことをしたから、こんな運命を用意したのでしょうか。だとすれば、理不尽というほかない。

 私には自覚がないのです。だから反省もできなければ、罪を償うこともできない。では私のできることとは……



 外は雨が降っています。すごく寒い。温かいスープが飲みたい気分です。

 去年のあの時も、彼が私に温かい飲み物を持ってきてくれたっけ。

 もう彼はいない。どこにもいない。私の心の中には今でもいるのに。

 もう寝ることにします。


2月7日 雨

 少し落ち着いてきた。今日は体調不良で会社を休んだ。上司は少し不機嫌だったが、何も気にするものか。あの会社が、この事態を招いたそもそもの原因なのだ。

 出会わなければよかったのだ。優しい瞳、優しい笑顔、優しく抱きしめてくれた大きな腕。あの温かみにどれだけ救われていたと思う?私が彼にどれだけ人生を変えられたと思う?   

だが、すべてはもう終わったことなのだ。私は、捨てられた。ただそれだけ。

 嘘だったとは思わない。彼は確かに私を深く愛していた。毎日愛していると言ってくれた。毎日私にキスをしてくれた。私がやることのすべてを許してくれた。あんな優しさを愛していない者に向けることができるわけがない。

 では、なぜ彼は私を捨てた?

 彼が見せた最初で最後の嘘は……愛しているという言葉だったの?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 わからない。


 ああ、また涙が止まらなくなってきました。

 もう寝ます。明日も仕事に行かなければならないので。


2月15日 雨

 もう、死のうか。

 会社に行ったら上司にどやされた。私がちょっと書類をミスっただけで。

 全部やり直しだと言われた。

 私は書類をシュレッダーにかけた。

 あの時の音は気持ちのいい音だったなあ。すべてをぐちゃぐちゃに切り裂いて、紙切れにしていく。ハンコが押された重要書類だろうが何だろうがすべて消し去っていくあの音。

 私もあの中に入ろうか。そうすれば消えてなくなれるだろうか。


2月17日 雨

 今日、気づけば私は橋の上に来ていた。冷たい風が私を深い谷底へと誘っているように感じた。私の居場所はこの世界じゃないのだろうか。谷底に待っているのは地獄の門番。私を閻魔の元へ連れて行こうと躍起になっている。

 行こうか、行くまいか。

 迷って私はやめた。特に理由はない。ただ、なんとなくやめた。

 気が付けば家に帰って、こうして日記を書いているのだが、私はなぜ日記を書こうと思ったのだろう。こんな地獄を残して何になるのか。

 どうせ、何をしようが私の彼が帰ってくることはない。すべては無駄なことなのだ。

 では、私は何に生きる意味を求めればいいのだろう。

 でもなぜか、勇気が足りない。勇気さえあれば、今頃私は谷底にいる。


2月22日 雨

 あいつのせいだ。

 すべてあいつが悪かったのだ。

 あのクソビッチ淫乱女が、私の彼をたぶらかしたのだ。あの女が私の彼を奪った。

 今日、私が偶然聞いた話。間違いないならば、彼は私を振ってすぐに、あの女と付き合っていることになる。信じられない。彼が私を振ったのは、好きな女ができたから?

 そんなひどい理由で私を振ったのか……

 許さない。だがまだ、真偽はわからないし、判断するには早い。

 明日以降、調べを進めよう。

 事実を突き止めたら、その時は……

 私は彼を信じている。きっと彼はあの女に騙されたに違いない。

 彼は悪くない、悪くない。


3月1日 雨

 死ね。死ね死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 みんな死ねばいい。揃いも揃って、私をコケにしたのよ!

 どいつもこいつも脳みそ腐ってるんじゃないかしら!?

 彼は、私を完全に捨てた。あの女も悪いけど、彼も彼よ!

 ずっと、好きだったのに。そう言ってくれたのに。なのにその愛は、お金の前に簡単に砕け散ったの?

 私の価値はお金以下。愛しているなんて嘘ばっかり!



 殺してやる。いや、そんなことは甘い。ただ殺すだけではこの怒りは、憎しみは収まらない。あの2人に死よりも恐ろしい苦痛を味わわせてやる。


3月15日 雨

 私は会社を辞めた。すべては復讐計画の完遂のために。

 私の復讐計画に必要なものを買ってきた。

 手に入れるのに苦労したわ。10日以上ずっとダークウェブに潜って探していたんだから。貯金もすべて使い果たした。

 もう後戻りはできない。もし、この計画が破綻すれば、私は必ずあの谷底へ向かうだろう。それくらいの人生をかけた覚悟ができている。

 ああ可笑しい。笑いが止まらない。彼はきっと私をもう一度愛してくれるわ。

 あんな女は捨てて、必ず私の元へ帰ってくる。

 でも絶対に私は許さない。罰を受けてもらう。

 さあ、明日から計画を進めましょう。

 今日はゆっくりと眠れそうです。


3月20日 雨

 今日は、あの女の主催するパーティに行ってきた。

 何が東証一部上場記念よ。潰れてしまえばいいんだわ、あんなブラック企業。

 でも確かな収穫があった。私は顔を整形し、全くの別人となった。あの女に近づくことに成功したわ。言葉巧みに褒めちぎったら、簡単に連絡先を教えるなんて。本当にバカな女!早速今メールのやり取りをしている。次に会う日まで決まった。

 ああ楽しみ!

 あの女も味わえばいいのよ。信じていた者に裏切られる絶望を。


3月21日 雨

 今日、探偵からの調査報告が届いた。彼と、あの女の弱点を徹底的に調べさせた結果が届いた。ダークウェブでは、こんなすごい調査も行ってくれるなんて驚きね。

 それを今日一日うっとりと眺めていた。何度も笑い転げそうになりなったわ。そして色々なことがわかった。

 まさか彼に女装癖があったなんて!気持ち悪!!正直ドン引きしすぎて吐き気がしたわ。そんなキモイ男に愛してるなんて言われていたのかしら。最悪の極みね。

 あの女にも弱点があった。それは、重度のヘビースモーカーであること。依存症みたいで、一日に30本以上吸わないと錯乱するらしいわ。通りでこの間のパーティでもよく吸っていたわけだ。私はそんな弱点を存分に生かした最高の復讐を行うのよ。

 計画は完璧、あの女が言っていたんだけど、結婚式を6月21日に行うみたい。

 この計画の完遂は、その日に決定した。


4月1日 雨

 今日はエイプリルフール。面白い嘘を言った人が称賛される変な日。

 散々嘘ばっかり言ってあの2人は楽しんでいるみたい。

 部屋の中でイチャイチャ……

 見ているこっちが気分悪くなってくるっつうの!!

気持ち悪いんだよ、こっちはお前らの恥ずかしいこと色々知ってんだぞ。

 昨日だって、彼が女装して、男の人とホテルに入っていく様子を撮影した。

 編集もその道のプロに頼んだわ。ダークフェブで金を払えばやってくれるんだもの。本当に便利。

だから今、2人を盗撮しているのもその恩恵。

ぜーんぶばらまいてやる。あることないことすべて捏造して、公表する。

 これが私の計画のすべて、社会的に2人を殺して、自分から死を選ぶように仕向けてやるの!なんて良い計画かしら!


4月20日 雨

 今日は、待ちに待ったブツを手に入れた。

 タバコに擬態したソレは、私の好奇心を刺激する。

 これを、あの女が間違えて吸えばどうなるのか。頭を突き抜ける衝撃が襲うのでしょうね。あの女の人生はこれで終わり。明日あの女と遊ぶ約束をした。これをあいつのタバコとすり替えてしまえば、完全犯罪成立ね。

 ああ、楽しみ!


4月22日 雨

 ああ、楽しかった。あの女との買い物は今まで生きてきた中で一番楽しかった。

 食事の時にすり替えてやった。今頃あの女は、気持ちよくて死にそうなんじゃないかしら。

 せいぜい今夜のセックスを楽しむことね。人生、それなしでは生きていけない最高の快感が味わえるわよ。

 笑いが、止まらない!サイコー!!


5月8日 雨

 ああ、寒いわ。今日はずいぶんと寒い一日だった。春ももうすぐ終わりだというのに、どうしてこんなに寒いのかしら。

 でもうれしいニュースが入ってきた。

 あの女、今日会社で大暴れしたらしい。部下が持ってきた仕事の資料にケチつけたみたい。そこから部下に掴みかかって大乱闘。なんて様なのかしら。これもきっと、あのブツのおかげね。アレはゆっくりと脳内を蝕んでいく。楽しみだわ!あの女の人間性がゆっくりと欠落していく様子を眺めるのは愉快愉快。


5月17日 雨

 今日、あの女が私に泣きついてきた。友だちと喧嘩したとか、クッソくだらないことだった。私は一蹴してやりたかったけど、何とか抑えて、心を込めて慰めてやったわ。そしたらあの女、感激しちゃって、私のこと親友とか言い出したのよ。

 してやったりとしか言いようがなかった。私はどれだけお前のことを憎んでいると思っているんだよクズが!!

 私が今、お前に優しくするのは、信じたものに裏切られる苦痛をお前に返してやりたいから。それだけの目的の優しさとは気づかずにあの女は心の底から私のことを親友とか言ったのよ。

 ほんと、人間って愚かだわ。


5月30日 雨

 最近、すこぶる食欲が湧いてきます。お腹がすいて仕方がないのです。

 今日はハンバーグを食べました。固くて不味かったけど、おなかの足しになったからいいか。今から寝る前の夜食を食べます。

 そういえば、今日は何もやる気が起きませんでした。私は今まで何を考えて生きてきたんでしょうか。ちょっとよくわかりません。

 ああ、寒い。寒気が止まらない。

 今日はもう寝ます。


6月6日 雨

 やった。やった。

 あの女、とうとう友だちがいなくなったのか、私に結婚式の司会と、祝辞を依頼してきた。これで、計画は成功すること間違いないわ。

 結婚式の会場。最高のその晴れ舞台で私が読み上げるのは、あいつら2人の新たな人生への祝辞。今まで築き上げてきたものをすべて破壊し、後に残る人間のクズとしての人生の始まり。それを告白する準備はできた。あとは、当日を迎えるだけ。

 あああああああああああああああああああああああああっ!!!!!

 楽しみで楽しみで夜も眠れないわ!!


6月20日 雨

 明日、明日すべてが終わる!!

 この心に焼き付く憎しみも、絶望もすべて消え去るの。

 そして私は解放される。

 この腐った不条理な世界を、私の手で破壊してやるの。

 首を洗って待っていなさい。明日は私にとっても、あの女と彼にとっても、スバラシイ一日になるわ!


6月21日 晴れ

 始まった。

 ヴァージンロードをゆっくりと歩いてきた2人。

 幸せそうに誓いのキスをする2人。

 ケーキを切る2人。

 全て笑顔が張り付いていた。私を裏切って手に入れた幸せで溢れていた。


 来た。私の祝辞。思いのたけをぶつける私だけの時間。

 私は最高にハイになって、用意していた原稿を読み上げたわ。あの2人にされたことのすべてを言葉という極上のスパイスで彩って。

 奏でられる会場の音色は凍り付いた。幸せのフルオーケストラは、私がタクトを振った途端一気に崩壊したの。


 キモチいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。


 私が奏でるのは、絶望のソロコーラス。

 私の人生でここまでスポットライトを当てられたことはなかった。

 ずっと、練習してきた私の美声。存分に披露して、あの2人を祝福した。

 あっという間のひと時だった。もう終わった。

 気づけば会場には誰もいなかった。

 皆絶望して帰っていった。あの2人の青ざめた様子。それだけが私の中に残っていた。


 やった。

 やったわ!!

 私は、復讐を完璧にこなしたのよ!!

 全てに報いた私の今の気持ちは、超最高!!!!!


 でも。


 何かが足りない。


 なんだろう。

 わからない。


 わからないわからないわからないわからないわからないわからない乱代jぢじっぢなじfpbスあf部英pンfぱふぃうえおあj府ア;ふぉhふぃおあ;府h魚ア;kfじぇhhふぇd疎hgふぃ:さfj言えhg:ア英gjr「あgh利絵gj李jg利絵q」あrgjリpq」あgJRQvmgjrくぃえ0「ウg9r0位q「vm対q「ィctgv-3身tb無yjq4」宇jy95q」「c、t4q」ウ4尾q「」4Þ呪4位q「ウtcm4「津4くぉ」ウÞ4y93「」湯4無q著」4cmtぉ4」3区tmv9「3うy14qy」tc4j子だ負fへ宇;ふぇいおぁ:じぇf偽ぽrンhvy九@亜xmg時4くぇ@亜ycんロアq:絵x「9g無得r90くぁ:ctろ@くぁxgtmぷえrhytxぐ;
















あ、わかった。殺せばいいんだ。
















『6月22日のニュースをお伝えします。今朝未明、○○市北西部、××川中流で白骨化した遺体が発見されました。遺体は損壊が激しく、上流から流されたとみられております。警察は事件、事故両面での捜査を進めております』



警察の捜査レポート

身元は○○市在住、====さん。年齢28歳、OL。

死体は死後半年近くたっていることが分かった。おそらく、2月半ばほどに既に橋から転落していたと思われる。

彼女の自宅からは大量の危険ドラッグ「リフレッシュ」が発見された。おそらく精神錯乱を起こしていたと思われる。

上流の橋からは足を踏み外したと思われるゲソコンが残されており、精神錯乱の末、転落死したとみられている。

彼女の元同僚によると、彼女はずいぶん前から問題行動や、発言が見られ、同僚内でも問題視されていたらしい。そのことなどから以前付き合っていたA氏との交際を解消。これが引き金となって今回の事故につながったと考えられる。

また、自宅からは、様々なものが発見された。まずは、数々のコスプレ用の衣装。これを着て町に出た形跡が監視カメラに残っていたため、彼女のもので間違いないと思われる。次に大量のタバコの吸い殻。これも彼女のDNAが検出されたため、彼女が吸ったものと思われる。そして最後に「紫陽花日記」と題された日記が見つかった。文章は支離滅裂で、訳の分からぬ文字や数列の羅列が見られた。これも「リフレッシュ」による精神錯乱とみられているが、詳細は不明。ただ、日記の終了日時が、事件が発覚した6月21日夜まで続いており、何とも奇妙で不気味な日記となっている。






『6月23日のニュースをお伝えします。今日未明、○○市△△地区の結婚式場で、2人の遺体が発見されました。遺体は損壊が激しく、頭部の裂傷により、身元が分からず……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紫陽花日記 くろ飛行機 @kurohikouki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ