Hangman Game

中原恵一

Hang yourself

 一人の男が薄暗い部屋の中で目を覚ました。男にはここに来るまでの記憶が一切なかった。

 

 ひどい頭痛がする中、男はふらふらした足取りで立ち上がった。

 部屋は狭く、家具も何もなかった。

 部屋の真ん中、床の上には小さなバケツが逆さに置かれており、その真上の天井からは絞首刑に使うような絞縄こうじょうがぶら下がっていた。

 バケツの上には小さな紙切れが載せてあった。男はその紙を手にとった。


「Hang yourself.」


 その紙には、雑な字でそう走り書きされていた。

 男は英語が読めなかったが、メモの横にはご丁寧に首を吊って自殺する人の絵が描かれていた。

 怖くなったのか、男はその紙を放り投げた。


 男は急いでその部屋から出ようとした。

 まず男は、部屋の正面にあるドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。男はドアに何度も体当たりをして壊し、廊下に出た。

 すると、正面の壁一面にスプレーで大きな殴り書きがされていた。


「You’re a such a sore loser.」


 「敗者ルーザー」。男が読めたのはそれだけだった。

 男は嫌な予感に胸騒ぎを感じつつも、それを無視した。

 廊下はわずかに風が吹いていて、男は風の流れをたどって出口を探した。男は複雑に入り組んだ廊下を何度も行ったり来たりして、とうとう風の吹き出している窓を発見した。


 出口だ。


 大喜びで男は窓を開けた。

 すると——


 そこにあったのは体育館のような無駄に広い部屋と、床に並べられた大量の扇風機だった。

 それらの扇風機は風量が最大に設定されており、ブォーン、という飛行機のようなうるさい音を立てていた。

 そして男が部屋に入ると同時に、風に乗っていくつかのメモ書きが彼の方へ飛んできた。


「C’mon, be a man.」

「You’re a total phony. You know that?」

「Just give up and die already!」


 「死ねダイ」。男が読めたのはそれだけだった。

 しかしそれでも、男はたまらない恐怖を感じて、それらの紙を全て破り捨てた。

 男は床に並べられた大量の扇風機を蹴飛ばすと、再びその部屋から出口を探そうとした。

 すると、天井の近くに小さな窓があるのに気づいた。

 そしてそこから、一筋の光が差し込んでいた。


 あれはきっと太陽の光だ。


 男は一縷の希望を見出して、その小さな窓を目指した。何度落っこちても壁をよじ登り、男はとうとう窓ガラスを叩き破って外に出た。


 しかし——


 そこには先ほどと同じく何もないだだっ広い部屋があり、天井からは大量の裸電球がぶら下がっていた。

 それらはまるで昼間のように辺りを照らし出し、男はその強力な光に目が眩んだ。

 目が明るさに慣れてきたとき、男は部屋の真ん中に小さな黒い機械が置かれていることに気づいた。

 近づいてみるとそれはラジカセだった。男がラジカセに手を伸ばした次の瞬間、不気味な声が聞こえた。


「Let’s face the music.」


 続いて、ラジカセから耳を聾するばかりの大音量で陽気な音楽が鳴り響いた。

 男は今度こそ逃げられないと思って絶望した。

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Hangman Game 中原恵一 @nakaharakch2

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