第11話 新たな夏の記憶


「まあ、正直なとこドン引きしたわ」


「事実は小説より奇なりですよねぇ」


 しみじみと今回の顛末を噛み締める幼馴染み二人。


「だから、どうした? 俺の親父は奏を守った。ただ、それだけだ。奏の両親も本望だろ?」


 しれっと宣う氷の彫像に、思わず歯茎を浮かせる拓真と阿月。


 モノは言い様だよな。まあ、その通りなんだけどさ。

 

 敢えて犯罪として上げるなら遺体損傷と放火。女児の遺体は、裏売買で病理関係から合法的に売られたモノらしい。

 記憶を無くして新たな戸籍を手に入れた百香は、両親の借金もないし、あったとしても東雲の名前とともに相続放棄をしたら済む話。

 元々、百香の両親を陥れるために仕組まれた借金だ。架空の可能性もあるし、今となっては調べようもなく、うやむやにする他ない。

 

 その事件から十年。もはや、東雲一族とやらも娘が生きているなどと思ってはいないだろう。

 誉められた遣り口ではないが、響の父親は親友の忘れ形見を守り切ったのである。


 あとは彼女の幸せを見届けるのみ。


 ほわんと安堵の溜め息をついた拓真の耳に、小さな音が聞こえる。

 キャットにカードを通す音。

 噂をすれば影か。注視する三人の視界に現れたのは百香だった。


「やっぱ居たね。鬼まんじゅう作ってきたんだ、食べてよ♪」


 ふわりと広がる屈託のない笑顔。


 ああ、なるほどな。これを守れたなら、響の親父さんのやらかした犯罪も些事に思えるから不思議だな。


 テーブルにタッパーを置き蓋を開ける百香に、阿月が小皿を差し出した。


「まだ薩摩芋が残ってたんですか?」


「うん、これで終わり。またオヤツになるモノ探さないとなぁ」


 大学芋から薩摩芋とリンゴのレモン煮や薩摩芋のお焼きと、百香は色々作って差し入れてくれた。

 どれも素朴で美味しいオヤツ。これが無くなるのは少し寂しい拓真達。


「そういや差し入れの御礼に渡した林檎。まだ家に結構あるんだよな。良かったら貰ってくれないか?」


「え? 良いのっ? 嬉しいっっ!!」


 きゃーっと満面の笑みで喜ぶ百香。

 それを仏頂面で一瞥し、ギロリと冷たく拓真を見つめる響。


 これにも、もう慣れたよな。


 竹串で鬼まんじゅうを切り取って口に運びながら、拓真は阿月ときゃあきゃあする百香に、何となく居心地の良い空気を感じる。


 言葉にするのは難しいのだが、強いて言うなら潤滑油?


 生徒会役員それぞれが引いていた微かなラインを、彼女が箒で消してしまったようだ。

 幼馴染みとはいえ、やはり越えられない一線はある。

 その境が彼女によって曖昧になってきた。彼女を挟んで誰もが感情を露にする。


「だーからぁぁっ! 銭湯で洗濯はしちゃダメなんですってばぁーーっ!!」


 泣きつくように止める阿月。


 御前が心を乱した姿は初めて見たぞ?


「もう、俺ん家に住め。.....な?」


 切なげな顔で懇願するように頼む響。


 だいぶ感情豊かになったよな。でも、な? じゃないから。全力で止めるから? 親父さんにも頼まれてるし。


 胡乱げな眼差しで拓真は窓の外を見る。


 あの後、学校にやってきた響の父親は、拓真と阿月を呼び出して頭を下げたのだ。


 今まで息子を見捨てないでいてくれて、ありがとうと。

 そして、これからも宜しく頼むと。


 今までもそれなりに付き合いがあり、仕事や会社関係のパーティーなどで顔を合わせることもあったが、こうして改めて対面するのは初めだった。

 

「息子(アレ)は物静かで、一見冷静沈着に見えるが、それはただの無関心。実のところ、直情型で、思い込んだら一直線の猪なんだ。なので..... 万一、カナちゃんに善からぬ事をしたら連絡してもらえないだろうか?」


 .....知ってます。


 ここ数ヶ月、響の暴走を散々止めてきた二人である。

 思わず苦虫を噛み潰しまくる拓真と阿月。


 必死の形相で頼んでくる響の父親と連絡先の交換をしたのも、いずれは良い思い出?


 百香が現れたことにより起きた出来事や、摩訶不思議な空間を、拓真は心から歓迎していた。




「そういや、もうすぐ夏休みだな。お前ら予定は?」


 もちゃもちゃと鬼まんじゅうを頬張りつつ、それぞれが思い付いた事を口にする。


「俺は..... 撮影? が二つ」


「海外ですか?」


 阿月の問いに、コクリと頷く響。


「私はバイト増やすかなぁ。暇だし」


「なら俺の付き人頼むよ。ギャラは弾むから。海外だと飯もろくに食べられなくて、いつもひもじいんだ」


 こう言う時だけ饒舌になるのは、やめいっ!


 あからさまな響の態度に未だ気づきもしていない百香。


「そういや、一年生の夏休みにはキャンプがなかったか?」


「あー、ありましたね。.....悪夢でしたけど」


「悪夢?」


 胡乱げに眼をさ迷わせる二年生組。


「行ってみたら分かりますよ。緊急の理由がない限り、強制参加ですから」


 もそもそと鬼まんじゅうを食べる二人の様子を訝りつつ、響と百香は顔を見合わせた。


「まあ、楽しもう。せっかくの夏だ」


「そうだね。アタシも水着とか買ってみようかなぁ。中学生の時のスク水しかないし」


 相変わらずの無頓着な言葉に噴き出し、男性陣らが百香を買い物に引きずっていったのは言うまでもない。


 こうして響の凍った夏時計が動き出した。


 百香の波乱万丈は、まだ始まったばかりである。

 

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だから、どうした? ~焔の記憶~ 美袋和仁 @minagi8823

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