エピローグ
捺稀さんが旅立ってひと月たった。
僕は彼女を引き止められなかった。引き止める決心をして話を詳しく聞いた。何を考えて、何をしたいのか。彼女はずっと先まで考えていた。そこに、僕の場所も用意されていて、僕の頑張り次第な事を知って何も言えなくなった。
僕の頑張り次第と言われると傲慢に聞こえるけど、将来こういう事をしたい、その時に一緒にできたら嬉しい。僕が全然関係のない仕事をしていても、相談相手になってくれたら嬉しいと言われると反対なんかできなかった。
彼女はきっと成功する。その時に、隣に立てるかどうかは僕自身の努力次第だ。
彼女と共に歩いて行きたい。歩き通せるだろうか…… 僕は将来何をするか決めていない。分からない。だからこれから悩みながら探すのだ。
元旦の日からふたりでなるべく過ごすようにした。上野の国立科学博物館にもふたりで遊びに行った。
彼女の体調を含めて充分準備した。その日の夜ふたりで大人の階段を昇った。僕は
その時に夏祭りにまつわる伝説について、随分前にした質問の答えをもらった。
「あの伝説については、真仁くんに聞かれる前から知ってはいた。君に『どう思う?』と聞かれた時、あの時には答えられなかったけど『なんて馬鹿らしいんだ』とその時は思ったんだ」
彼女はうつぶせの僕の肩にあごを乗せて続けた。背中の汗ばみ暖く柔らかい重みが心地良い。
「でも印象には強く残っていた。それから時間が経ち、君のことを意識するようになって、気持ちは分かるようになってきた。昔のわたしだったら、逃げ出すと思う。今のわたしだったら命は掛けずに頑張る」
僕は仰向けになると彼女にやさしくキスをする。
「本当は人柱になった娘の気持ちなんて分かるはずはないんだ。時代も違う、環境もちがう、命の重さも違う。でも恋に命をかけられる。それは純粋な気持ちだったんだと思うよ」
捺稀さんと気持ちが通じて本当に幸せを感じた。あと数ヶ月で離れ離れになるなん考えたく無い。これからの人生の一時の時間だと我慢しよう。
今はネットを使えばいつでも顔を見れる。話もできる。距離は関係ない、超長距離恋愛に不安になっても結局は気持ちの持ちようで、努力するしかないんだから。
夏休みには捺稀さんに会いに行こう。約束通りスミソニアン博物館を案内してもらおう。よし、お母さんにアルバイトを絶対許してもらうぞ。
博物クラブも新入生が四人入部してくれた。そのうちのひとりが妹の沙夜というのがなんだかなと言う気分だけど、彼女と作ったクラブ、僕が潰してしまわないように頑張る事もふたりの想いを形にする事に違いない。
彼女とずっと逢えない訳じゃない。数年すれば戻ってくる。自分の気持ちを持ち続ける自信があるかと問われれば、あると答える自信はない。逢えない時間は辛い。恋は冷めてしまうかも知れない。でも、親友だった事実は永久に変わらないはずだ。
—— ☆ ☆ ☆ ——
日記のおまけ
わたしがアメリカ合衆国で暮すようになってひと月経つ、生活には馴れてきた。お母さんの訓練のおかげで会話には困らない。毎日いろんな人と出会っている。
やっぱり一族の人たちは余り好きになれない。でも、フレデリックは親身になって世話を焼いてくれる。親切過ぎてちょっと不気味なくらいだ。おかげで一族の集まりに定期的に出なくちゃならないのは鬱陶しいけど。
それにしても、従兄のフレデリックが合衆国博物学会の偉い人だったなんて運命だったんだな。来日した時に色々案内して、その時の話題として博物クラブのことを出したら何だかすごく気に入られてしまった。スミソニアン博物館を餌に誘いに乗って訪米してみれば一族に紹介されるは審問を受ける事になったり、今思えばあれはワナだったんだと思う。
きっと楽しくてそれなりに幸せで充実した日々を過ごす事はできただろう。でも、人生は短い、今できる事は今やらなくちゃチャンスを生かせなくなる。半年の準備で秋にはワシントンDCの大学に特別聴講生として参加すれば、私も知ってる世界的有名教授の講義が聞ける。来年には退官してしまうのだ、今でなければその講義を聞けない。千載一遇のチャンスなんだ。
大丈夫、長く別れる訳じゃない。私の計算では再来年には日本に戻れる。
……それまで真仁くんが待っていてくれるか。それは賭けだ。私の心の中には確かに彼がいる。身体にも彼の印が残っている。
だからと言って彼を縛る事はできない、誰も人の心を縛りつける事なんてできないんだ。それは本人の権利、何を感じて何を信じるか。私は信じるだけ。
それまでに彼の心が離れてしまったら、悲しいけど友人に戻ろう。
博物クラブ/恋愛音痴の彼女が好きな僕はどうすればいい? 灰色 洋鳥 @hirotori-haiiro
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