第5話 花火

 「櫻子さんから手を離せ、下衆共」


 そういう訳で、僕の記念すべき人生最初の夏休み第一日は悪者のアジトに踏み込む所から始まった。人生何がどう転がるか分からないものだ。


 「な、何だ貴様!?」

 「どうやってここに辿り着いた!」

 「ムグーッ!ムグーッ!」


 体育館の半分くらいの広さの講堂に、白い服を来た男女が数十人。その中心に手足を縛られ、装飾過多な椅子に座らされた櫻子さん。わかりやすくて大変よろしい。

 猿轡さるぐつわまで噛ませやがって、何が神子様だクソが。


 「僕の名前は逢坂右近おうさかうこん。櫻子さんの唯一の友達だ。櫻子さんの家に行って洗いざらい手掛かり攫ってここに来た。家やら道やらそこら中に痕跡残しやがってド素人共が。用件はお前ら一人残らずボコボコにして櫻子さんを連れて帰って夏休みを謳歌する、以上だ。全身血塗れになりたくなければさっさと退け」


 講堂内にいる人間一人一人をざっと走査スキャンする。

 平均的な体つきの男女が37人。残り15人が何らかの鍛錬、格闘技経験アリの体つき。だが、それほど脅威な実力者はいない。これなら殺す前提でなくて済みそうだ。


 「まあまあ、逢坂右近さん。貴方の事は既に神子様から聞き及んでおります。どうやら少々行き違いがあったようで、貴方は我々のことを誤解しておられます。どうか、お話をお聞き下さいませんか」


 群衆から一人、多少は格の高そうな男が歩み出た。戦闘力もこの男が一番高い。

最優先撃破目標がわざわざ出てきてくれるとは大変助かる。


 「へえ、行き違い。どんな行き違いがあれば女子高生を拉致監禁する理由になるんだ?」

 「まずそこが第一でございます、全く部下の躾がなっていないようで申し訳ない。おい、いつまで神子様に無礼を働いている!さっさと解いて差し上げろ!」


 一人の男が櫻子さんの拘束を解き始めるが、流れによっては人質に取る気満々だ。

 

 「ケホッケホッ……右近君、逃げて!この人達は普通じゃないの!」

 「大丈夫、普通じゃないのは僕も同じだから。少しだけ待っててね櫻子さん」


 コホンと咳払いしながら、先程のリーダー格が僕達の間に割って入る。

 いかにも芝居がかった、詐欺師の振る舞いだ。


 「我々は『神州永済神言宗しんしゅうえいざいしんごんしゅう』と申しまして、この国に真の神の言葉を伝え、民衆を救済する事を目的としております。かつては神子様の御父君と御母君であられる神奈弘邦かむなのひろくに様と神奈美智子かむなのみちこ様が――」


 「うるさいエセ宗教のおためごかしなんざ聞く気ないよ、最初から嘘しか吐いてないのは丸わかりだ。おじいさんとおばあさんにまで暴力を振るいやがって。大体、宗教者なんかいてたまるか」


 「なっ――」


 実銃かどうかは流石にちょっと自信がない。潰れた新興宗教の残党に用意できるのは、せいぜい改造モデルガンくらいのものだろうけど。


 「だっ、黙って聞いておれば餓鬼が好き放題抜かしてくれる!貴様如きに我らの貴き使命の何が分かる!全盲メクラの癖に当てずっぽう並べおって!」

 「えっ……?」


 あーあ、言いやがった。せっかく櫻子さんにバラすのを楽しみにしてたのに。


 「はいはい御名答。大方学校にでも忍び込んで転入生の資料でも見たのか?そうやって櫻子さんに近づいた人間をストーカーして回ってる訳だ。それにしてもあっさりメッキが剥げたな、なにが民衆の救済だ」


 「チッ!口の減らぬガキが。おい、お前ら。少し大人しくさせてやれ」


 男が手を挙げると、体格のある連中が数名歩み出てきた。

 本当にどこまでも分かりやすい。


 「本当に頭の足りない連中だな。監視対象が全盲者であることを突き止めたのに、そいつが白杖も介助も無しで普通に生活してることを疑問に思わなかったのか?」


 投げ掛けた問で、連中の思考に一瞬の空隙が生じる。

 この期を逃す手はない。まずは右端の男から片付ける。

 筋肉は打突系よりも投げ技系、手に持っているのは特殊警棒。

 しかし短棒術を習得しているという構えじゃない。

 大方凶器を振るい慣れたレスラー崩れか。

 なら攻めるべき箇所は決まってる。膝と足首を使う歩法で重心を崩さず滑るように回り込み、右膝を横から踏み込む。体重がそこに掛かるように。

 ゴギャリと嫌な音がして、男の右膝がくの字に曲がる。曲がってはいけない方向へだが。次は空手家、右手にナイフ。手首を取って下に振り、頭を地面に引き倒して肘と肩を極める。頭蓋への衝撃及び脱臼。次はボクサー。次は――


 「なっ、なっ、何だ貴様は!見えているのか!?」

 「見えてないよ、ただ分かるだけだ。そういう風に仕込まれた。聴覚で音の反響から位置の察知や輪郭の把握。触覚で空気の流れに触れる事でそれを補強。最後に嗅覚でより世界の認識を鮮明にする。とりわけ、分泌ホルモンの匂いを嗅ぎ分け相手の感情を察知するのは、僕の得意中の得意だ」


 非戦闘員37人は恐慌状態、戦闘員15名中14名は昏倒、失神。或いは耐え難いほどの苦痛。残りの一人、リーダー格の男は乱闘の間に櫻子さんの横に立っている。予想通り人質に取る構えだ。


 「ち、近寄るな化物め!娘の命が惜しくないのか!」

 「察知するまでもなく曝け出してくれて助かるよ、三文役者。君は本当に分かりやすくていいな。正直、こっちに越してきてからちょっと自信が揺らいでたんだ。なんせ、一人の女の子を桜の樹と勘違いしちゃったくらいでね」


 予定時間まであと10秒。


 「それくらい君の心は人間離れして綺麗だったんだよ櫻子さん。クラスの皆もどうしていいか分からないだけで、皆君のことが好きなんだ。だから、もう少し心を開いてあげて欲しい。そうすれば毎日がもっと楽しくなるよ。そう――」


 あと3、2、1。


 「君は、好きなように笑ったり喜んだりしていいんだ」


 言うと同時に、予め仕込んでおいたブレイカーの仕掛けが作動して照明が落ちる。

 男の思考が一瞬にして恐怖に染まる。逃さず背後に回り込み裸締めを掛ける。


 「けどお前達は違う。僕にとってよく嗅ぎ慣れた匂いだ。身勝手で、傲慢で、短絡的で、人への思い遣りに驚くほど欠けている。そう、お前達は崇高な信仰に身を捧げる宗教者とは程遠い――」


 頸動脈を圧迫し、意識をブラックアウトさせる。へし折っても良かったが、櫻子さんに汚いものを見せたくはない。


 「どこにでもいる、平均的な人間クソムシだ」




 

 「あのう、右近君」

 「なに、櫻子さん」

 「流石にちょっと人目のある所まで出てきたから降ろしてほしいんだけど」

 「駄目だよ、足首挫いてるでしょ。なんなら救急車呼ぼうか?」

 「い、いいよ分かったよこのままで。……ホントに全部わかっちゃうんだね」


 背中の櫻子さんがとす、と体重を掛けてくる。軽い。やはりもっと食べるべきだ。


 「なんでもじゃないけどね。ああ、おじいさんとおばあさんは無事だよ、もうお医者さんに手当してもらったから。ついでに連中の講堂アジトも通報してあるから全員捕まる。これで、本当にハッピーエンドだ」


 ハッピーエンドから始まる夏休みか。僕の初めての夏休みとしては望外だ。

 おじいさん達の家は少し山の小高い所にあり、と言っても山中ではなく舗装されてはいるのだが、少々長い坂を歩かねばならなかった。流石にアジトを突き止めるのに時間が掛かってしまい、少し日が沈み始めている。沈み切るまでに着ければいいが。


 「ねえ。右近君の話、聞いていい?」

 「いいよ。あまり愉快な話じゃないけどね。昔々、室町と戦国の間くらいかな。そのくらいの頃に、全盲の武芸者がいたらしいんだよ。武士ではなくて、どちらかと言えば忍者に近い?って感じの。それでその人はとある村を略奪から守ったりしてて、村人に感謝され崇められてたらしいんだけど、まあ人間だから寿命が来て死んじゃったんだね。けど村人はそれじゃあ困る訳で、悩んだ結果。ことにしたんだ」

 「作るって、どうやって?」

 「まず、その年に生まれた一番元気な赤ちゃんの視力を奪ったんだ。それから、その武芸者の技を見様見真似で仕込んでいった。さっきやって見せたようなのをね。それが始まり。技量が一定に達すると、改めて最初の武芸者の名前が与えられて、僕は37代目逢坂右近なんだって」


 体に回された櫻子さんの手に、少し力が籠もる。


 「……そうなんだ」

 「うん。37代にも渡ってそんな事やってるもんだから、その集団の規模も結構大きくなっちゃってさ、時の権力者に暗殺者として仕える事で結構な身分とか財産が与えられたりして、本家と分家が出来るくらいになっちゃった。けど、それももう終わり」

 「終わりって、どうして?」

 「僕があんまりにも優秀だったもんで、僕の所有権で揉めて争ったんだよ。まあそれで見事に空中分解、古来より伝わる風習も終わって、僕が最後の逢坂右近って訳」


 手の力が緩んだと思ったら、今度は顔を押し当てられた背中がじんわり濡れてしゃくりあげるような声が聞こえてきた。

 ……申し訳ないけど、櫻子さんが僕のために泣いてくれるのはとても嬉しい。


 「右近君は、寂しくないの?」

 「全然。……正確にはまだ分からないんだ。そういうのは、教えてもらえなかったからね。そこで、櫻子さんに提案というかお願いがあるんだけど」

 「……なに?」

 「君のそばにいさせて欲しい。会って一ヶ月も経たないのに図々しいけど、僕は櫻子さんから流れてくる感情がとても好きだ。僕はこの先一生、様々なものを取り逃していく。今空を染めている夕焼けの色を見ることも、夏の夜に上るっていう花火を見ることも出来ない。だから、僕のそばにいて代わりに見て欲しい。その時の櫻子さんの気持ちを感じ取れれば、僕はそれで充分なんだ。櫻子さんが飽きるまでで構わないから。……どうかな?」


 しゃくりあげる声は止み、涙の代わりに別の温かいものが背中を染めるのを感じる。


 「ずるいじゃん。言う前に全部わかっちゃうなんて」

 「それについては、申し訳ない」

 「いいよ、助けてもらったもん。じゃあ、まずは何から見にいこうか」

 「そうだね、それはやっぱり」


 言い掛けた所で、ひゅるるるるると今まで聞いたことのない音がした。

 それから、ぱぁんと小気味良く弾ける大きな音がして――


 「あっ、右近君!アレだよ!アレが――」


 夏の華が夜空を照らす。熱と音と匂いが降り注ぐ。

 それを感じてはしゃぐ君の声が、他の何よりも嬉しかった。


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春の香りの櫻子さん 不死身バンシィ @f-tantei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ