第22話 翼と圭が見せたかったもの




 あれから車を走らせて、およそ4、50分。


 その間はずっと翼と圭が色々話し掛けてくれていたので、余計な事を考える暇はなかった。


 外は暗いし土地勘があるわけでもないから、どこを走ってきたのかはわからないけど、信号が無くなり道路沿いが木々に囲まれた坂道を上っている事から、今は山道を走っている事だけは何となくわかる。


 そして、その山道をしばらく走ったかと思うと、その先に駐車場が現れて翼はそこに車を停めた。


「はい、着いたよキラくん!さっ、降りて降りて!」


 そう促されて車を降りた俺に、翼と圭が俺の隣に来て・・・


「ほら、行こう!」

キラちゃん、早く行くよぉ!」

「えっ!?ちょ、ちょっと2人とも!!」


 と言って、2人とも俺の手を取って引っ張るように歩きだした。

 いきなり手を取られた俺は焦るものの、2人が手を離す様子がないため諦めて素直に引っ張られていく。


 そして・・・


「ほらっ、私が見せたかったのはこれだよ」


 2人に連れられて歩いた先に木で出来た手すりがあり、翼はそこに手を置くと先を真っ直ぐに見つめながらそう言った。


「うわっ・・・これはすごいな・・・」


 俺は目の前に広がる光景に目を奪われる。


 どうやら俺が連れて来られたのは、俺達が住む街が一望出来る山の展望台だったらしい。

 そこからは、辺り一面に光り輝く街の夜景を見ることが出来る場所だった。


「星くんは、ここに来たのは初めて?」

「うん、画像や映像では見たことあったけど・・・」


「そっか。じゃあ、初めて実際に見て・・・どう?私達が住む、この100万都市の夜景は?」

「いや、本当にすごい・・・生で見るとこんなにも綺麗なんだね」


 高い位置から見下ろした先に広がる、辺り一面の街の光は本当に綺麗だった。


 やはり画像なんかで見るのと、実際に見るのとでは大違いなんだな・・・

 俺はそう思いながら、この素晴らしい夜景にただただ見惚みとれていた。


「そうでしょう?よかった、気に入ってもらえたようで」

「星ちゃんにも喜んでもらえてよかったよねぇ!それに今日は普段と違って人が少ないから、ゆっくり見られてラッキーだよ」


 俺が夜景に感動している横で、翼と圭が俺の反応を見て嬉しそうにしていた。

 それに圭の言う通り、本当ならもっと人がいてもおかしくないのだろうけど、今日はほとんど人がいないから気兼ねなく見ていられる。


 そんな事を思いながら夜景に見惚れている俺に合わせて、翼と圭も口を噤み夜景に目を向けていた。


 そして、その状態がしばらく続いた所で・・・


「・・・こんな広大で綺麗な夜景を見たらさぁ」

「ん?」


 翼がふと口を開いた為、俺は翼の言葉に耳を貸すと・・・


「人の悩みなんて、ちっぽけに思えてくるよね」


 翼は遠くを見ながら、そう言った。


 翼はそれが言いたくて、この場所に連れてきたのかな・・・?

 確かによく聞くセリフだし、実際目にするとそういう気もしなくもないけど・・・


 俺はそう思って・・・


「うん・・・そう・・・かもね・・・」


 と、返事をしたのだが・・・


「・・・な~んてね」

「えっ!?」


 翼がいきなり自身の言葉を撤回するような事を言ったので、俺は驚いてしまった。


「そんな事はこれっぽっちも思ってないし、そんな事を言いたいが為にここに連れて来たわけじゃないからね」


 翼は俺を見てニコっと笑いながら、自分の発言を完全に否定した。

 そして再び夜景に目を向けながら・・・


「だって、人の悩みの大きさなんて人それぞれでしょ?・・・それこそ、人生を変えてしまうくらいの悩みを抱えてしまう場合だってあるわけだし・・・それを、この広大で素晴らしい景色と比べればちっぽけだとか大した事ないなんておかしいし、比べること自体が間違いなのよ。本人がそう思う分にはいいけど、他人が言うことじゃないよね・・・そもそも、ちっぽけだと思った所で問題が解決するわけじゃないし、ただの思考放棄に過ぎないと私は思うの」


 と、翼は自身の考えを語ってくれた。


 翼の言葉を聞いた俺は、正にその通りだと思った。

 でも、だからこそ・・・


「・・・じゃあ、何で言ったの?」


 と、率直に疑問に思った事を翼に尋ねた。


「・・・落ち込んでいる時にこういう景色を見せると、そのために連れてきたんじゃないかって思われてそうだから敢えて言ったんだけど、私達にはそのつもりはなかった事を伝えたくてね」


 確かに何も言われずにいた場合、俺の悩みがちっぽけだと思わせたかったのかな?と考えてしまっていたかもしれない。


 というか、ちっぽけだと言われて実際に、そうなのかな・・・

 と思ってしまったわけだし・・・


 でも、翼達にはその気は無かったらしい。


 じゃあ、俺をこの場所に連れて来てくれた理由はなんだろうと思って、再度質問をする。


「そっか・・・じゃあ、何でここに連れてきてくれたのかを聞いても?」

「うん・・・これはね、私の経験上の事だけど・・・」


 俺の質問に、自分が経験した上での考えだという事を念頭に話し始めた。


「落ち込んだ時とか悩んだ時って、1人になりたいとか1人で塞ぎ込んで部屋に閉じこもりがちになるじゃない?・・・でも、それって全くの逆効果で、思考や視野が極端に狭窄きょうさくしてしまうのよ。そうなると見えるものも見えないし、考えられる事も限られてくる上にマイナスにしか働かなくなってしまうの・・・それに付随して、更に余計な事を考えてしまったり・・・ね」


 翼は自身の経験を元に話しているだけで、俺に対してそうだと言っているわけではない。

 でも翼の言葉は、正しく今の俺に当てはまると感じた。


 というのも、確かに俺も坂上に言ったように1人になって考えたいと思った。


 でも結局、家に帰るまでの間で考えられた事は、どうして・・・どうしたら・・・など、同じ考えが頭の中をグルグル回っているだけだった。

 更には緑川や坂上だけでなく、今の学校での全ての出来事までもが思い出されて、戸惑いや負の感情などが俺の頭をかき乱していく。


 そして頭の中がグチャグチャだった俺は、その混乱した気持ち悪さから逃げるようにベッドに横になったのだから。


 そんな俺の考えをよそに、翼は続きを話していく。


「だから、そういう時は思い切っていつもと違う行動をした方がいいのよ。散歩をしてみるとか、綺麗な景色や見た事のない景色を見に行ってみるとかね」

「・・・それは、どうして?」


「それはね・・・普段と違う行動をする事で、視野や思考を広げられる可能性があるからよ」

「そうなの・・・かな?」


 今まで気分が落ち込んだ時にそういう行動を取った事が無い為、いまいちピンと来ない。

 そんな俺の疑問をよそに、翼は話を続けていく。


「うん。散歩をする場合は、普段は目を向けない場所に向けてみたり見る場所・角度を変えて見たりすれば、いつも見ているはずの景色でも知らなかった事があるのに気が付くし、視点を変えれば同じものでも全く別の物に見えたりと、今まで気が付かなかった事に気付けたりするのよ・・・そうする事で考え方も同じ様に決して1つだけじゃなくて、物事の視点を変えて考えられることに気が付けたりもするんだよ。そのおかげで、意外とすんなり悩みが解決する事もあるのよね」

「うん、私も翼ちゃんと同じ考えかなぁ・・・私の場合は普段見ない景色を求めたりしているけど、新しい景色を見た時は自分が知らなかった新しい情報が得られるし、そのおかげで今まで思いつかなかった考えがふと思い浮かんだりする事があったりするんだよねぇ」


 なるほど・・・

 そういう考え方も出来るのか・・・


 翼と圭の話には実感が伴っているため、自分が悩んだり落ち込んだりした時、実際にそういう行動をしてきたのだという事が伝わってくる。


 遠くを見つめながら話す翼もそれに付随して話す圭も、きっと今まで色々な事があったのだと思う。


「まあ、そうは言っても・・・気分が落ちている時に、普段と違う行動をしようと考える事自体が難しかったりするんだけどね。だからこそ他人の力が必要な時があって、私も星くんの気持ちを考えると難しいと思いつつも誘ってみたのよ」


 さっき疑問に思ったように、確かに自分1人だったら外に出ようなんて思うことは無かったと思う。

 翼も言っていたように、1人になりたいと思ったし自分から外に出ようなんて思わなかったのだから。


「そして、ここに連れてきた理由がもう一つあって・・・少なくともこの綺麗な景色を見ている間って、それに目を奪われて他に何も考えずにいられるでしょ?」

「うん・・・」


 翼が言うように、俺はこの素晴らしい夜景を見ている間は余計な事どころか、何も考えられないほど完全に目を奪われていた。


「頭の中を一度空っぽにする事で気持ちがリセットされて、冷静な状態で物事を考えられる場合もあるからね」

「そっか・・・そうかもしれない」


 翼と圭のおかげで、俺も思っていた以上に頭がスッキリしている。

 確かにこれなら、冷静に考える事が出来るのかもしれない。


 俺がそう考えていると、翼と圭が俺に話し掛けてきた。


「ねえ、キラくん?・・・今までの君に何があったのか聞かせてくれない?もちろん、話したくない事を無理に聞こうとはしないから、話したくないならそれはそれで構わないよ。でも、吐き出してスッキリするのであれば・・・誰よりも星くん自身の為に話してくれると嬉しいかな」

「そうだね、私もキラちゃんのそんな辛そうな顔見てると、笑顔を取り戻してほしいと思っちゃうよ。だから聞かせてくれると嬉しい・・・それに、3人寄れば文殊の知恵って言うしね!何かいい事が思いつくかもしれないよ?」

「・・・・・」


 本当に翼と圭は・・・

 笑顔でそんな事を言われると、グラっと来る・・・


 俺は自分の過去を、これまで誰にも話したことがなかった。


 話した所でどうにかなるわけでもないし、そもそも打ち明けたいと思えるような人がいなかったから。


 でも今は色々とありすぎて、俺も自分1人で抱え込むのに精神的に限界かもしれないと感じている。


 それに翼も圭も、興味本位ではなくて本気で俺を心配してくれているのがわかる。

 話を聞きたいと言うよりも、話す事で俺の心を軽くしてほしいというつもりで言ってくれている。


 そんな彼女達に甘えてもいいんだろうか・・・

 頼ってもいいのだろうか・・・


 そんな事を考えつつ彼女達の笑顔を見ていると、安心感が俺を包み込む。


 だから俺は過去の出来事から現在の学校での事、今日の事などを含めて、全て打ち明ける事にしたのである。






 ―――――――――――――――



 あとがき


 お読み頂きありがとうございます。

 

 恐れ入りますが、第22話を投稿した時点ではしっかりと描きたいためストックを作ってから続きを投稿する事を考えていたのですが、諸事情により一時休載とさせていただきます。


 楽しみにして待ってくださっている方には本当に申し訳ございません。


 いつになるかはわかりませんが、必ず続きは描いて投稿致しますので、その時にまた是非ともよろしくお願い致します。


 

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俺は学校では誰も信用しない・・・そんな俺にとって大切なのは・・・ 黄色いキツネ @kitakitsune3

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